上 下
22 / 75

ヤソックの思惑

しおりを挟む
「昨日さぁ、・・・旦那さん帰って来たの?」

そんなこと聞いてどうする。・・・なのに、分かっていても聞いてしまった。分かっているのにどうしても確かめたくなってしまったのだ。
そして、ふふっ、と嬉しそうに微笑むジョナスにヤソックの心は凍りつく。

(なんでだよ、どうして! 俺があんなに二人を引き離す為に動いたのに)

第一騎士団と第二騎士団。自分が第二に加わることによって、開き過ぎていたパワーバランスをかなり縮めることができたはずだ。さすがに大型の魔獣相手では無理があるけれど、それ以外ならば地方と王都周辺を第一と第二が交代で守れるように、騎士団の上層部に話を持って行ったのはヤソックだった。
そうすることでジョナスとロステルをなるべく一緒にしないように画策したというのに、やはりそれだけでは上手く事は運ばなかった。

そんなのは分かっている。街でなんの事件も起こらない日だってあれば、魔獣の出ない平和な日だってあるだろう。訓練のない日もあれば、第一、第二がそろって王都に留まることだってある。だが完璧でないなりにも最近はそこそこ上手くいっていた。

苛立ちを抑えながらヤソックは心の中で毒を吐いた。

(ほんの少しの時間しかないくせに、それでもまだ彼女にしがみ付くのか)




「残念なことに僕はそんなにモテないんだよ」

歩きながらチラリと視線をよこしたジョナスに、ヤソックは困ったように微笑んだ。

「まさか!」

「いや、本当に。僕はこう見えて愛想がないからね。冷たいってよく言われるよ」

「えーと、誰の話?」

「だから僕のこと!僕は決まった相手にしか話しかけないし、感じの悪い男なのかもしれない。 だから君が言うほど僕は人気者ではないんだよ」

そうなんだ・・・。と難しい顔をしながらも、どこか納得しているようなジョナスの横顔を見て、ヤソックの脳裏に浮かんだのは魔法訓練場で会ったスカイであった。
スカイとのこれまでの関係を思えば魔法訓練場で会ったあの時、ジョナスは何か良くないことを聞かされたのだろうと簡単に推測できる。
つい不機嫌な顔を見せてしまいそうになるが、今はそんなことに腹を立てている場合ではない。

「本当の人気者ってさ、案外君の旦那さんみたいなタイプじゃないかと思うけどね・・・」

それまで話しながらも決して止まることのなかったジョナスの足がピタリと止まった。

「・・・どうして?」

いくら自分の話をしても立ち止まることのなかったジョナスが、ロステルの話になった途端に真顔で立ち止まった。先ほど感じた喜びが一気に失望に変わる。だがそれを今、態度に表すわけにはいかない。

「ごめん・・・話を聞いてしまったから」

「話って、どんな?」

珍しくジョナスからはピリピリとした苛立ちのようなものを感じる。

「普段誰とも話さない不愛想な彼が、自分にだけは笑顔で話しかけて来るって。だから・・・自分が特別に扱われていることが分かるって―――」

「そんなはずないわっ!!」

いきなり大きな声を出したジョナスが自分でも驚いたように手で口を押えた。

「やだ、私ったら・・・ごめんなさい、ヤソック」

想像以上のジョナスの反応に俯いたヤソックがほくそ笑む。そしてこれ以上ないくらいの優しい顔を張り付けて顔を上げた。

「やっぱりなにかあったんだね?」

「いやっ、あの、違うの。ただ、私も仕事仲間から聞いただけだから・・・別にたいしたことでもないし、昨日も特に変わった様子もなかったわ。私とヤソックだってこうして二人で話したりするでしょう?だから、それと同じことだと思うの。仕事だもの仕方ないじゃない・・・って、・・・私、ほんと、なに言って・・・。ごめんヤソック。ごめんね、今の話はなかったことにしてもらってもいいかな?」

苦しそうに瞳を揺らすジョナスを見て、さすがにヤソックの胸も痛みを感じた。本当だったらここでもう一押ししたいところではあったが、彼女のこんな辛そうな顔を見ているとその気も失せてしまう。

「うん、わかったよ。この話はもうやめよう。でもジョナス、一つだけ言わせて。何かあったら絶対僕に相談してほしい。ほら、さっきも言った通り、僕は普段感じの悪い冷たい男だけど大切な人にはとっても優しい男になれるからね」

ね? と、ヤソックは微笑みながらジョナスの背中に軽く手を当てた。

(俺がジョナスを痛めつける必要はない。自分が何もしなくても、あちらが勝手に壊しに来てくれるだろうから。 ふっ、なにせ向こうも必死だろうからな)

ヤソックはジョナスの背を擦りながら、自分と同じ歪んだ愛情に支配された一人の女性騎士を思い出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...