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抑えられない苛立ち
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「美味しい?」
そう言ってどうにか振り向いたジョナスだったが、顔の見えない夫が頷いたかどうかは確認できなかった。
「食べづらいわ・・・」
その言葉に、背後から回された左腕の力が強まるのを感じた。
「椅子も壊れそうで心配。せっかく一緒の食事なのに・・・顔を見て食べたいし―――」
「駄目だ、絶対離さない」
後ろから、ぎゅーっと抱きしめられるジョナスは食事中も離れないロステルの膝の上に座っていた。二人そろって非常に食べにくい上に、少し動く度にギシギシと音を立てる足の細い椅子に怯えながらの食事だった。
「ふふふ」
困ったなと思いながらもジョナスの顔は嬉しさを隠せない。
いらぬ情報でロステルが不安を感じていたのと同じように、実は彼女の方にも気分の悪くなる情報が入っていたのだ。
『いや、でも、仕事だし話くらい―――』
『違うのよ!! 笑ってたって言うの、あの彼が! いつもの無表情だったら誰も話題にもしないでしょう?それが、あなた以外の人と楽しそうに笑ってたって。だから変な噂になってるみたいなの』
ロステルに限って浮気なんてありえない。もちろんジョナスは夫を信じている。
・・・ただ、他の女性を相手に彼が表情を崩すことは想像できなかった。
もちろん笑ったっていい。同僚と楽しく会話して何が悪い。そんなものは不倫でもなければ浮気でもない。そんなことで夫を責めるなんて絶対おかしいことだ。
でも・・・普段の彼を思うと・・・どうしても胸がモヤモヤとした嫌なものに支配されてしまう。
「ジョナス、俺のこと好きか?」
唐突なロステルの言葉にジョナスは目を瞠った。
「え?なんでそんなこと・・・好きに決まってるじゃない」
「本当に?」
「そんなの当たりまえよ!」
「俺が一番?」
「ロステル・・・どうして?」
「・・・・・」
「私は誰よりもあなたを愛してるわ」
「・・・うん」
「あの・・・それで・・・あなたは?」
(なんで・・・そんなことを聞く)
「・・・俺もだよ」
「うん、そっか・・・うん・・・そうだよね・・・良かった」
「・・・・・」
会話のなくなったジョナスとロステルの間に嫌な沈黙が下りた。そんな空気の中、どこか棘のある冷たい口調でロステルが口を開いた。
「・・・なんであいつと魔法の練習をしてるんだ?」
「あいつって、ヤソックのこと?」
「名前で呼んでるのか?」
「うん。だって、第二はみんな名前を呼び捨てでしょう?だから・・・」
「くそっ、なんで!」
食事どころではなくなったロステルが背後からギリギリとジョナスを締め付けた。
「ロステル、ちょっと力が強すぎる!」
「あいつとはもう話すな」
「痛いって、ロステル!そんな無理なこと言わないで。それに、そんなのお互い様でしょう!?」
「!? どういう意味だ」
声を荒げて強引に自分の方を向かせたロステルに、ジョナスは視線を合わせないように下を向いて口をつぐんだ。
(なによっ、自分なんて噂になるくらい他の女性と仲良くしてるくせに)
「ジョナス、なんのことだ、ちゃんと言え」
痛いほどの力で自分の肩を掴み、俯いた顔を覗き込んで来るが、ジョナスは目を合わすことなく首を振った。
チッ!
静かな部屋に苛立ったロステルの舌打ちが響いた。
ジョナスは下を向いたまま目を見開いた。
こんな些細なことで二人の関係は壊れるのだろうか・・・。夫婦の絆とはこれほど脆いものだったのか。少し会えない時間があったとしても自分たちは絶対に大丈夫だと疑わなかった。いつだってお互いを大切に思っているし、ちゃんと愛し合っている。そう思っていたのに・・・全ては自分の思い込みだったのだろうか。
俯いたジョナスの瞳に涙が滲んだ。悔しいのか悲しいのか勝手に浮かんだ涙の理由はジョナスにも分からない。
そんな彼女の涙にロステルは直ぐに気が付いた。自分はジョナスを疑ったりしていない。彼女はそんな女性ではない。そして自分も絶対にジョナスを裏切ることはない。彼女が不安になるようなことなんて絶対にしない。それでもくだらない心配や嫉妬がどうしても沸き上がってしまい、せっかくの二人の時間を嫌なものに変えてしまった。
ロステルは抱きしめる力を緩めると自分の愚かさを反省した。
気落ちした彼女の背中をそっと擦る。
どんなに苛立って気持ちに余裕がなくなってしまっても、こうしてジョナスを自分の胸に抱いてしまえば、その温もりに心は癒されるし、愛おしさで胸は熱くなる。
ジョナスの涙の原因が思い過ごしによる嫉妬であっても、それによって最悪な空気になってしまったとしても、それがお互いの愛情からくるものだと気づけたなら、それは間違いなく幸せと同等の価値があるだろう。
「ごめん・・・君を愛してるんだ」
それが全てだった。
顔を上げたジョナスの瞳から堪えていた涙がこぼれた。けれど、その口元は幸せいっぱいに綻び、その愛しさに耐えられなくなったロステルは噛みつくように彼女の唇を奪った。
熱いキスを交わしながら寝室に運ばれたジョナスは、その後せっかく作ったカボチャのパイを一口も食べることなく朝を迎えることになってしまった。
そう言ってどうにか振り向いたジョナスだったが、顔の見えない夫が頷いたかどうかは確認できなかった。
「食べづらいわ・・・」
その言葉に、背後から回された左腕の力が強まるのを感じた。
「椅子も壊れそうで心配。せっかく一緒の食事なのに・・・顔を見て食べたいし―――」
「駄目だ、絶対離さない」
後ろから、ぎゅーっと抱きしめられるジョナスは食事中も離れないロステルの膝の上に座っていた。二人そろって非常に食べにくい上に、少し動く度にギシギシと音を立てる足の細い椅子に怯えながらの食事だった。
「ふふふ」
困ったなと思いながらもジョナスの顔は嬉しさを隠せない。
いらぬ情報でロステルが不安を感じていたのと同じように、実は彼女の方にも気分の悪くなる情報が入っていたのだ。
『いや、でも、仕事だし話くらい―――』
『違うのよ!! 笑ってたって言うの、あの彼が! いつもの無表情だったら誰も話題にもしないでしょう?それが、あなた以外の人と楽しそうに笑ってたって。だから変な噂になってるみたいなの』
ロステルに限って浮気なんてありえない。もちろんジョナスは夫を信じている。
・・・ただ、他の女性を相手に彼が表情を崩すことは想像できなかった。
もちろん笑ったっていい。同僚と楽しく会話して何が悪い。そんなものは不倫でもなければ浮気でもない。そんなことで夫を責めるなんて絶対おかしいことだ。
でも・・・普段の彼を思うと・・・どうしても胸がモヤモヤとした嫌なものに支配されてしまう。
「ジョナス、俺のこと好きか?」
唐突なロステルの言葉にジョナスは目を瞠った。
「え?なんでそんなこと・・・好きに決まってるじゃない」
「本当に?」
「そんなの当たりまえよ!」
「俺が一番?」
「ロステル・・・どうして?」
「・・・・・」
「私は誰よりもあなたを愛してるわ」
「・・・うん」
「あの・・・それで・・・あなたは?」
(なんで・・・そんなことを聞く)
「・・・俺もだよ」
「うん、そっか・・・うん・・・そうだよね・・・良かった」
「・・・・・」
会話のなくなったジョナスとロステルの間に嫌な沈黙が下りた。そんな空気の中、どこか棘のある冷たい口調でロステルが口を開いた。
「・・・なんであいつと魔法の練習をしてるんだ?」
「あいつって、ヤソックのこと?」
「名前で呼んでるのか?」
「うん。だって、第二はみんな名前を呼び捨てでしょう?だから・・・」
「くそっ、なんで!」
食事どころではなくなったロステルが背後からギリギリとジョナスを締め付けた。
「ロステル、ちょっと力が強すぎる!」
「あいつとはもう話すな」
「痛いって、ロステル!そんな無理なこと言わないで。それに、そんなのお互い様でしょう!?」
「!? どういう意味だ」
声を荒げて強引に自分の方を向かせたロステルに、ジョナスは視線を合わせないように下を向いて口をつぐんだ。
(なによっ、自分なんて噂になるくらい他の女性と仲良くしてるくせに)
「ジョナス、なんのことだ、ちゃんと言え」
痛いほどの力で自分の肩を掴み、俯いた顔を覗き込んで来るが、ジョナスは目を合わすことなく首を振った。
チッ!
静かな部屋に苛立ったロステルの舌打ちが響いた。
ジョナスは下を向いたまま目を見開いた。
こんな些細なことで二人の関係は壊れるのだろうか・・・。夫婦の絆とはこれほど脆いものだったのか。少し会えない時間があったとしても自分たちは絶対に大丈夫だと疑わなかった。いつだってお互いを大切に思っているし、ちゃんと愛し合っている。そう思っていたのに・・・全ては自分の思い込みだったのだろうか。
俯いたジョナスの瞳に涙が滲んだ。悔しいのか悲しいのか勝手に浮かんだ涙の理由はジョナスにも分からない。
そんな彼女の涙にロステルは直ぐに気が付いた。自分はジョナスを疑ったりしていない。彼女はそんな女性ではない。そして自分も絶対にジョナスを裏切ることはない。彼女が不安になるようなことなんて絶対にしない。それでもくだらない心配や嫉妬がどうしても沸き上がってしまい、せっかくの二人の時間を嫌なものに変えてしまった。
ロステルは抱きしめる力を緩めると自分の愚かさを反省した。
気落ちした彼女の背中をそっと擦る。
どんなに苛立って気持ちに余裕がなくなってしまっても、こうしてジョナスを自分の胸に抱いてしまえば、その温もりに心は癒されるし、愛おしさで胸は熱くなる。
ジョナスの涙の原因が思い過ごしによる嫉妬であっても、それによって最悪な空気になってしまったとしても、それがお互いの愛情からくるものだと気づけたなら、それは間違いなく幸せと同等の価値があるだろう。
「ごめん・・・君を愛してるんだ」
それが全てだった。
顔を上げたジョナスの瞳から堪えていた涙がこぼれた。けれど、その口元は幸せいっぱいに綻び、その愛しさに耐えられなくなったロステルは噛みつくように彼女の唇を奪った。
熱いキスを交わしながら寝室に運ばれたジョナスは、その後せっかく作ったカボチャのパイを一口も食べることなく朝を迎えることになってしまった。
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