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嫌な噂と二週間ぶりの夫婦の時間
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その日、ジョナスが疲れて帰宅すると、二週間ぶりのロステルが家で待っていた。
玄関の鍵を開ける音に気付いたのか、ロステルは慌てて走って来ると勢いよくジョナスを両手で抱き込んだ。
「わっ! ロステル!?」
玄関のドアを開けるなり体を拘束されたジョナスが笑いながら顔を上げると、すぐさまロステルによって唇を塞がれた。
「ジョナス、ジョナス・・・」
自分の名前を呼びながら顔中に落とされるキスに、ジョナスは嬉しそうに笑顔を返した。
「くすぐったいよ、ロステル」
ロステルが第一騎士団に配属になると二人の時間は驚くほどに減ってしまった。二人は夫婦だし、同じ家に帰るんだからと言って嫌がるロステルを勇気づけたはずなのに、第一と第二では遠征期間も場所も、どうしてか以前にも増して異なっていたのだ。
「全然一緒にいられない・・・頭がおかしくなりそうだ」
苦しいほどにジョナスを抱きしめながらロステルがぼそぼそと呟いた。
「私も会いたかったわ。だって二週間も会えないんですもの。・・・って、それよりもロステル、少し離して。ねえ、会えない間に怪我とかしなかった?ちゃんと顔見せてよ。食事はきちんとしてたの?」
久々に会った夫の身体を心配してその肩をグイグイ押してみるも、ロステルの腕の力が緩むことはなく、まるで張り付いたようにピタリとくっ付いたままだ。
「ロステルー、せめて顔くらい見たいわ」
「・・・やだ。今は無理・・・離したくない」
その後も、くっ付いて離れないロステルを背負うようにしてジョナスは食事の準備に取り掛かった。
「食材、少し足りないかな・・・。こんなことなら帰りに買い物してくればよかったな。あっ、そうそう、お隣の奥さんにカボチャを貰ったの忘れてた。やった!ロステル、パイにしましょう。それと後は・・・」
日頃の寂しさを埋めるように妻にしがみ付いているロステルとは違い、ジョナスはこんな日でも自分の為に料理をしてくれる。大好きな妻の香りに包まれながら目を閉じれば、自分を気遣う優しい独り言が耳をくすぐった。ロステルは空っぽだった心が満たされるのを感じていた。
(幸せだ)
ジョナスを背後から抱きしめながら白い首筋にチューと吸い付くと、今日は汗をかいたからやめて!と怒られてしまった。だがロステルがそれを聞き入れることはない。久々に感じる彼女の温もりと、ほのかに香る洗濯石鹸の香りに自分でも驚くほどの安心感に包まれる。
幸せそうな声音がロステルの尖った心を落ち着かせる。
『彼ってドノワーズ侯爵家のヤソック様よね?あなたの奥さんと随分親しげな様子だったわよ』
『さっき魔法訓練場にお前の奥さんが来てたぞ。・・・ああ、最近はよく見かけるよ。なにせ第二は魔法使いがたった二人だからな。今日も二人で魔法の練習をしてたな』
それが彼女の仕事だ・・・そんなことは分かっている。けれど知りたくない事実でもあった。
ロステルの心配を他所に、今日もジョナスは夫の為に料理をする。しかも彼女の口からは夫を思いやる言葉ばかりが出てくる。
ジョナスの嬉しそうな顔がロステルの荒んだ心を消してゆくようだ。まるで、他者からもたらされた嫌な感情が彼女の水魔法によってザバザバと洗い流されていくようだ。
(ああ、俺たちは大丈夫だ)
会えない間の心配や不安が、彼女の顔を見ることで大きな安心に変わることをロステルは改めて知った。
玄関の鍵を開ける音に気付いたのか、ロステルは慌てて走って来ると勢いよくジョナスを両手で抱き込んだ。
「わっ! ロステル!?」
玄関のドアを開けるなり体を拘束されたジョナスが笑いながら顔を上げると、すぐさまロステルによって唇を塞がれた。
「ジョナス、ジョナス・・・」
自分の名前を呼びながら顔中に落とされるキスに、ジョナスは嬉しそうに笑顔を返した。
「くすぐったいよ、ロステル」
ロステルが第一騎士団に配属になると二人の時間は驚くほどに減ってしまった。二人は夫婦だし、同じ家に帰るんだからと言って嫌がるロステルを勇気づけたはずなのに、第一と第二では遠征期間も場所も、どうしてか以前にも増して異なっていたのだ。
「全然一緒にいられない・・・頭がおかしくなりそうだ」
苦しいほどにジョナスを抱きしめながらロステルがぼそぼそと呟いた。
「私も会いたかったわ。だって二週間も会えないんですもの。・・・って、それよりもロステル、少し離して。ねえ、会えない間に怪我とかしなかった?ちゃんと顔見せてよ。食事はきちんとしてたの?」
久々に会った夫の身体を心配してその肩をグイグイ押してみるも、ロステルの腕の力が緩むことはなく、まるで張り付いたようにピタリとくっ付いたままだ。
「ロステルー、せめて顔くらい見たいわ」
「・・・やだ。今は無理・・・離したくない」
その後も、くっ付いて離れないロステルを背負うようにしてジョナスは食事の準備に取り掛かった。
「食材、少し足りないかな・・・。こんなことなら帰りに買い物してくればよかったな。あっ、そうそう、お隣の奥さんにカボチャを貰ったの忘れてた。やった!ロステル、パイにしましょう。それと後は・・・」
日頃の寂しさを埋めるように妻にしがみ付いているロステルとは違い、ジョナスはこんな日でも自分の為に料理をしてくれる。大好きな妻の香りに包まれながら目を閉じれば、自分を気遣う優しい独り言が耳をくすぐった。ロステルは空っぽだった心が満たされるのを感じていた。
(幸せだ)
ジョナスを背後から抱きしめながら白い首筋にチューと吸い付くと、今日は汗をかいたからやめて!と怒られてしまった。だがロステルがそれを聞き入れることはない。久々に感じる彼女の温もりと、ほのかに香る洗濯石鹸の香りに自分でも驚くほどの安心感に包まれる。
幸せそうな声音がロステルの尖った心を落ち着かせる。
『彼ってドノワーズ侯爵家のヤソック様よね?あなたの奥さんと随分親しげな様子だったわよ』
『さっき魔法訓練場にお前の奥さんが来てたぞ。・・・ああ、最近はよく見かけるよ。なにせ第二は魔法使いがたった二人だからな。今日も二人で魔法の練習をしてたな』
それが彼女の仕事だ・・・そんなことは分かっている。けれど知りたくない事実でもあった。
ロステルの心配を他所に、今日もジョナスは夫の為に料理をする。しかも彼女の口からは夫を思いやる言葉ばかりが出てくる。
ジョナスの嬉しそうな顔がロステルの荒んだ心を消してゆくようだ。まるで、他者からもたらされた嫌な感情が彼女の水魔法によってザバザバと洗い流されていくようだ。
(ああ、俺たちは大丈夫だ)
会えない間の心配や不安が、彼女の顔を見ることで大きな安心に変わることをロステルは改めて知った。
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