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恐怖 多足魔獣

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「でもね、そうやって魔法の有り無しでいくら人を見下したところで、世の中には魔法が使えない人の方が多いの。いつまでも魔法使いが偉い、魔法使い相手でないと駄目なんて言っていたら婚期を逃すことくらいあの人達だって分かっているのよ。戦闘だってそう。いくら魔法で一気にたくさんの敵を倒せたとしても、それには膨大な魔力が必要よ。そして本当に魔力量の高い人間なんて第一騎士団でも数人しかいないはず。そして魔力を使い果たした彼らの戦闘力は、きっとその辺のおばさんにも敵わないでしょう?」

魔法騎士とは、魔法の訓練に一日の大半を奪われるものだ。なので彼らは剣で戦う技術もなければ、その場から逃げ切れるほどの運動能力も持ち合わせていない。しかも魔力を使い切っているのであれば残された体力は、ほぼゼロに近い。したがって、魔法の使えない彼らなどその辺を歩いている子供よりも弱いだろう。

「だから慣れるまではチクチク嫌な言葉が聞こえてくると思うけど、剣の技術と自身の強さに誇りを持って何を言われても堂々としていればいいのよ。第一騎士団にはあなたのようなエリートの騎士もいるでしょう?彼らは魔法を使えなくても馬鹿になどされないわ。だから悪口を言いながらも彼らはちゃんと分かっているのよ。魔法だけでは力不足だって」

ジョナスの話を黙って聞いていたロステルは、その変わらぬ表情の下で心が温かくなるのを感じていた。ジョナスがこれほどまでに自分の心配をしてくれていたことがとても嬉しかった。大切な妻をヤソックに奪われるかもしれないと不安に苛まれている間に、ジョナスはこれほどまでに自分のことを考えてくれていたのだ。ロステルは愛する妻に深く感謝しながらも、こんなに自分のことを心配してくれる心優しいジョナスをこれから先も絶対に失う訳にはいかないと改めて思った。

「お腹がすいたよー」

情けない顔をしているジョナスをひょいっと抱き上げたロステルは、溢れる愛情を抑えきれないとばかりに、ふっくらした妻の頬にゆっくりと吸い付いた。
そして食事にしようと訴える彼女を無視して、今日もまた深い愛情を刻み込むために妻を寝室に運ぶのだった。








 その日、南方の小さな村で魔獣との戦闘を終えた第二騎士団は、発生源と思われる近くの森に向かって進んでいた。
森の奥深くまで足を踏み入れた彼らは、突如群れを成してこちらに向かって来たコウモリ型の魔獣と戦っていた。異常な数の飛行型魔獣相手にジョナスは手のひらサイズの水の玉を大量に放った。

まるでシャボン玉のような無数の水で魔獣を覆っていく中、ヤソックの手からは鋭い風の刃が現れ次々と魔獣を斬り裂いてゆく。二人の連係魔法のおかげで群れを成して襲い掛かって来る敵にも難なく対応できるようになった。ジョナスは自分の魔力をコントロールしながら風魔法の攻撃力の高さに感心していたが、突然団長の大声によって引き戻された。

「ジョナス、後ろだ!」

その緊迫した声にすぐに反応した彼女は 「任せて!」 と、振り向きざまに両手を前にかざした。しかし、突如目の前にゴソゴソと現れた巨大なムカデのような魔獣を見るなり、顔を引き攣らせて悲鳴を上げた。

「ギャーーー!! 長い足がいっぱい!! いやっ、いやあああぁーー!!」

「あっ! おい、ジョナス!!」

本当であれば水で覆った魔獣に剣を構えた仲間達が斬りかかるのが彼らの戦術であったが、恐怖に支配されたジョナスが大量の水を放出してしまった為、水で押し流された五匹ほどの巨大ムカデを騎士達が走って追いかける羽目になってしまった。

森の中だったからまだ良かったが、これが街や村の中であれば人や家畜、建物はもちろん農作物にまで被害が及んだであろう。


その晩、大きな鍋が掛けられた焚火の前では、地面に正座させられたジョナスが永遠と続く団長の説教を受けていた。
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