優しい風に背を向けて水の鳩は飛び立つ (面倒くさがりの君に切なさは似合わない)

岬 空弥

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伝わらない夫の気持ち

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 その日の晩、ロステルは帰って来るなりジョナスに抱きついて離れなくなった。

「ロステル、もう食べよう? お腹すいたよー」

どうしたの・・・第一騎士団で何かあった?誰かに何か言われた?仕事で何か問題でも起きたの?何か嫌な思いでもした?
いつもと違う夫を心配したジョナスがどんな質問をしても一切答えようとしないロステルは、後ろからジョナスを抱きかかえてソファーに座ったまま、こうして長い時間じっとしている。

時折り何かを思い出したかのように抱きしめる力を強めたり、窺うようにジョナスの横顔をじっと見つめて頬やこめかみに何度もキスをするのだ。
せっかく作った料理もすっかり冷めてしまった。このままではいつまでも解放されないと思ったジョナスは、自分にはなんの心当たりもなかったがとりあえず聞いてみることにした。

「私のことで・・・何か心配なことがある?」

「・・・・」

「・・・大丈夫よ、ロステル。私、ちゃんとあなたを愛してるわ」

「っ!!」

耳のすぐ横で息を呑む音が聞こえたかと思うと今度は痛いほどに強く抱きしめられた。

(やっぱり私のことだったのね・・・でも・・・)

相手の気持ちを理解してあげられるような気の利いた性格ではないことを家族や友人から散々言われて来たジョナスはちゃんと自覚していた。だからこそ、ただでさえ口数の少ないロステルにはハッキリと言ってもらわなくては困る。でなければ彼が何を思っているのかなんて本当に分からない。

「ロステルお願い。私では分かってあげられない。ちゃんと言って?」

「・・・・」

「ねえ、ロステル」

「・・・あいつ」

「ん? あいつって?」

「侯爵家の風魔法・・・あいつと組むのか?」

「ああ、ドノワーズ侯爵家の・・・。今日、団長に紹介を受けたわよ」

ジョナスがチラっと顔を横に向けると眉間に深い皺を寄せてはいるが、どこか不安そうに瞳を揺らすロステルと目が合った。

「嫌だ」

ロステルの腕に力が入る。

「ああ、そっか・・・やっと分かった。もしかしてロステルは私と同じ心配してる?・・・もしそうなら私にもあなたの気持ちが分かるかも・・・」

「・・・・」

「実は私ね、第一騎士団に行った夫をいつか誰かに奪われるんじゃないかって・・・少し心配してる」

「!! 俺が愛してるのはジョナスだけだ」

ジョナスの言葉にかぶせる様に言ったロステルは、真剣な顔で彼女の頬に手を当てて自分の方を向かせた。

「うん・・・でも、今までと違って第一には女性も多いでしょう?それに―――」

「あいつらは魔法を使えない奴を馬鹿にしている」

(ああ・・・やっぱり未だにそうなんだ・・・)

学生時代に感じたあの嫌な環境の中で、自分の夫が不当な扱いを受けると思うとジョナスの表情も曇った。でも、だからと言ってここで夫婦そろって落ち込むわけにもいかない。
ジョナスが今できることは、いらない心配事を失くして夫のロステルに元気になってもらうことだ。

(だったら、ここは・・・)

あなたよりも私の心配の方が大きいという流れに持って行こうと考えた。

「だってロステルは素敵だもの・・・心配するなって方が無理だわ。それに騎士として認められたから異動になったわけだし。それって実力者ってことでしょう?だったら・・・そんなあなたを他の女性が放っておくなんて思えないわ」

ジョナスは瞳を伏せると、少し頬を膨らませて怒ったように呟いた。

「俺はジョナスを裏切らない」

そう言うなり、ロステルは彼女の頬に勢いよく口を押し付け、ふて腐れた頬の膨らみを潰した。

ブシュっと音を立てて頬を潰されたジョナスは、吹き出すように笑った。

「くふふっ、だったら私もあなたを裏切らないわ。というより・・・知っての通り、私ってば全然モテないんだから心配ご無用よ。私のことよりも自分に近付いてくる女性に注意してほしいくらいだわ」

「・・・・」

(くそっ、ジョナスは全然分かっていない)

ムッとしたロステルは、彼女を鋭く睨むと痛いほどに抱きしめギリリと歯噛みした。

確かにジョナスはあまり隙を見せない。その上、面と向かって好きだと言わない限りいくら好意的に話しかけようと、じっとりと熱っぽく見つめようと自分が好かれているなどと気づくこともない。
だが現にヤソックを始め、結婚してもなお彼女の虜になっている男は間違いなく存在している。

人がこんなに不安に押し潰されそうになっているというのに本人には全くその自覚がない。
ロステルは無自覚なジョナスに苛立ちながら、本人から 「痛い!」 と怒られるまで強い力で締め続けた。

力任せに締め上げられたせいで痛む腕を擦るジョナスだったが、やり過ぎたと肩を落として反省しているロステルに真面目な顔を向けてきた。そして、
あなたも十分に分かっていることだと思うけど・・・と前置きし、自分が学生時代に見て来た魔法使いの本性を話始めた。
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