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ヤソックとの気まずい挨拶
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洗い終わった洗濯物を干していると、横の回廊を第二騎士団の団長が一人の男性を引き連れて歩いているのが目に入った。
たまたま目が合ってしまったので、ジョナスが慌てて頭を下げると団長は軽く手を上げた後、こちらに向かって歩いて来た。
いつもは目が合っても手を上げるだけでそのまま行ってしまう団長だったが、今日は自分に用事でもあるのだろうか・・・。
ジョナスは 「お疲れ様です」 と頭を下げた。
頭を上げたジョナスと目が合ったのは目の前の団長ではなく、なぜかその後ろに立つ青年の方であった。ジョナスと目が合うなり軽く頭を下げた彼は、よくここのベンチに座っているヤソック・ドノワーズ侯爵令息であった。
頭を下げられたからと言って爵位の高い彼に簡単に話しかける訳にはいかない。ジョナスは下位貴族である男爵家の娘であったが、ロステルと結婚したことによって今は平民に位置付けられている。本当だったら目を合わせる事すら許されない関係だ。ジョナスは困ったように俯くと団長からの言葉を待った。
「おうジョナス、ちょうど良かった。お前に新しい団員を紹介したい。お前も知っているとは思うが、これからは第二騎士団も魔法使いが二人になるぞ」
団長の後ろにいた彼は、ジョナスと視線を合わせたまま一歩前に出ると団長の横に並んだ。
「ヤソック、彼女がジョナスだ。先ほど話した通り、かなりの水魔法の使い手だ。きっとお前の戦闘も力強く援護してくれるはずだ。 そしてジョナス、こちらがヤソック・ドノワーズだ。知っているかと思うが彼も相当な魔力を持っている。風を操る魔法騎士だ。二人が組むことで今までの何倍もの戦力が期待できる。協力して第二騎士団を導いてもらいたい」
団長の言葉に頷いたヤソックがジョナスの前に出て右手を差し出した。
「本日より第二騎士団に配属になりましたヤソック・ドノワーズです。同じ魔法使いとしてこれから宜しくお願いします」
まさか握手を求められるとは思っていなかったジョナスは戸惑いながらもその手を取った。
「ジョナスと申します。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します。普段は洗濯メイドとして働いておりますので、御用の際はこちらに来ていただければ・・・大抵はここにおりますので」
握手をしながらジョナスがなんとか笑顔を作ると、ヤソックは困ったように眉を下げて視線を逸らし小さな声で呟いた。
「はい・・・存じています」
二人の堅苦しい挨拶を見ていた団長が呆れたように大きな溜息を吐いた。
「おいおい、頼むからお前らは早めに親睦を深めてくれ。分かっていると思うが戦場で敬語なんてやめてくれよ?第一は知らんが第二騎士団に爵位は存在しないぞ。上下関係はあくまでも実力のあるなしでやってくれ」
学生の頃を思い出してしまったせいか確かに少し身構えてしまっていたのかもしれない・・・。それに、目の前のヤソックからは人を見下したような嫌な感じもしない。そう思ったジョナスは相手が魔法使いだからといって変な先入観に囚われてしまったことを素直に反省した。
「あの、では、名前で呼ばせていただいてもいいですか?」
「あ、はい、ジョナスと。呼び捨てで構いません。皆、そう呼びますから」
「はい。でしたら、私のこともヤソックと呼び捨てで」
「いえ・・・、あの、それは呼びにくいと申しますか・・・せめて様付けで」
さすがに第一騎士団にいた侯爵家のエリート相手に、初対面でいきなり馴れ馴れしくしろと言われても困る・・・せめてもう少し親しくなってからにしてほしいとジョナスが返事に困っていると、隣で二人を睨むように見ていた団長に一喝される。
「ジョナス、同じことを何回言わせるんだ! 俺は今、身分を気にするなと言ったぞ?本人がいいって言ってるんだ、遠慮なく呼び捨てろ!!」
「あ・・・はい。では、これから宜しくお願いします、ヤソック」
「はい、宜しくお願いします、ジョナス」
強引に仲良くさせようとする団長のせいで、気まずいような恥ずかしいような複雑な気持ちで苦笑いするジョナスの前では、視線を逸らしながら薄っすらと顔を赤くしているヤソックが困ったように頭を掻いていた。
(団長ってば、きっと今日一日、他の団員相手にもこうして強引に仲良くさせようとしたのね。新人でもないのに可哀想に・・・。ただでさえ第二になんて来たくなかったでしょうに・・・)
高位貴族であるヤソックが思ったよりも嫌な人間ではなかった安心感からか、顔を赤くして気まずさに耐えている彼の姿に気づくと、ジョナスは心の底から気の毒に思った。
たまたま目が合ってしまったので、ジョナスが慌てて頭を下げると団長は軽く手を上げた後、こちらに向かって歩いて来た。
いつもは目が合っても手を上げるだけでそのまま行ってしまう団長だったが、今日は自分に用事でもあるのだろうか・・・。
ジョナスは 「お疲れ様です」 と頭を下げた。
頭を上げたジョナスと目が合ったのは目の前の団長ではなく、なぜかその後ろに立つ青年の方であった。ジョナスと目が合うなり軽く頭を下げた彼は、よくここのベンチに座っているヤソック・ドノワーズ侯爵令息であった。
頭を下げられたからと言って爵位の高い彼に簡単に話しかける訳にはいかない。ジョナスは下位貴族である男爵家の娘であったが、ロステルと結婚したことによって今は平民に位置付けられている。本当だったら目を合わせる事すら許されない関係だ。ジョナスは困ったように俯くと団長からの言葉を待った。
「おうジョナス、ちょうど良かった。お前に新しい団員を紹介したい。お前も知っているとは思うが、これからは第二騎士団も魔法使いが二人になるぞ」
団長の後ろにいた彼は、ジョナスと視線を合わせたまま一歩前に出ると団長の横に並んだ。
「ヤソック、彼女がジョナスだ。先ほど話した通り、かなりの水魔法の使い手だ。きっとお前の戦闘も力強く援護してくれるはずだ。 そしてジョナス、こちらがヤソック・ドノワーズだ。知っているかと思うが彼も相当な魔力を持っている。風を操る魔法騎士だ。二人が組むことで今までの何倍もの戦力が期待できる。協力して第二騎士団を導いてもらいたい」
団長の言葉に頷いたヤソックがジョナスの前に出て右手を差し出した。
「本日より第二騎士団に配属になりましたヤソック・ドノワーズです。同じ魔法使いとしてこれから宜しくお願いします」
まさか握手を求められるとは思っていなかったジョナスは戸惑いながらもその手を取った。
「ジョナスと申します。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します。普段は洗濯メイドとして働いておりますので、御用の際はこちらに来ていただければ・・・大抵はここにおりますので」
握手をしながらジョナスがなんとか笑顔を作ると、ヤソックは困ったように眉を下げて視線を逸らし小さな声で呟いた。
「はい・・・存じています」
二人の堅苦しい挨拶を見ていた団長が呆れたように大きな溜息を吐いた。
「おいおい、頼むからお前らは早めに親睦を深めてくれ。分かっていると思うが戦場で敬語なんてやめてくれよ?第一は知らんが第二騎士団に爵位は存在しないぞ。上下関係はあくまでも実力のあるなしでやってくれ」
学生の頃を思い出してしまったせいか確かに少し身構えてしまっていたのかもしれない・・・。それに、目の前のヤソックからは人を見下したような嫌な感じもしない。そう思ったジョナスは相手が魔法使いだからといって変な先入観に囚われてしまったことを素直に反省した。
「あの、では、名前で呼ばせていただいてもいいですか?」
「あ、はい、ジョナスと。呼び捨てで構いません。皆、そう呼びますから」
「はい。でしたら、私のこともヤソックと呼び捨てで」
「いえ・・・、あの、それは呼びにくいと申しますか・・・せめて様付けで」
さすがに第一騎士団にいた侯爵家のエリート相手に、初対面でいきなり馴れ馴れしくしろと言われても困る・・・せめてもう少し親しくなってからにしてほしいとジョナスが返事に困っていると、隣で二人を睨むように見ていた団長に一喝される。
「ジョナス、同じことを何回言わせるんだ! 俺は今、身分を気にするなと言ったぞ?本人がいいって言ってるんだ、遠慮なく呼び捨てろ!!」
「あ・・・はい。では、これから宜しくお願いします、ヤソック」
「はい、宜しくお願いします、ジョナス」
強引に仲良くさせようとする団長のせいで、気まずいような恥ずかしいような複雑な気持ちで苦笑いするジョナスの前では、視線を逸らしながら薄っすらと顔を赤くしているヤソックが困ったように頭を掻いていた。
(団長ってば、きっと今日一日、他の団員相手にもこうして強引に仲良くさせようとしたのね。新人でもないのに可哀想に・・・。ただでさえ第二になんて来たくなかったでしょうに・・・)
高位貴族であるヤソックが思ったよりも嫌な人間ではなかった安心感からか、顔を赤くして気まずさに耐えている彼の姿に気づくと、ジョナスは心の底から気の毒に思った。
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