優しい風に背を向けて水の鳩は飛び立つ (面倒くさがりの君に切なさは似合わない)

岬 空弥

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星空の公園で

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 ロステルはジョナスとの戦闘が好きだった。
騎士達の動きをよく見ている彼女は、指示を出さなくても自分達が有利に動けるように魔法を放ってくれる。それはただ攻撃しやすいように誘導するだけではなく、味方が怪我をしないように防御にも配慮されていた。

確かにロステルは優れた剣の使い手である。しかし、彼の力を存分に引き出していたのは間違いなくジョナスの補助があってこそだ。それはロステルも十分に理解している。
離れたくない理由はそれだけではない。彼は妻を一人にするのが不安で仕方なかった。

ジョナスを信じていない訳ではない。責任感や正義感の強い彼女が自分を裏切るなど想像もできない。戦闘での危険性に関しても、相手が魔獣であれ人間であれ、嫌なことをされた瞬間に問答無用で大量の水が相手をふっ飛ばすことだろう。

彼の本当の心配は、どうしてもジョナスを欲している人間にあった。
彼女の魔法価値はもちろん、女性として意識されていることだってあるだろう。
どんな理由だったとしても、本当に彼女を欲する人間ならばおそらくどんな手を使ってでも手に入れようと画策してくるはずだ。

だからロステルはいつだって彼女から目を離せないでいる。もし自分が彼らと同じ立場にいたならば、それがいかに卑怯な方法だったとしても必ず奪いに行くだろう。
自分はジョナス以外何もいらないのだから。
自分と同じように考える人間をロステルは酷く恐れていた。

「そうだったのね・・・ロステルが側にいてくれないと少し心細いな・・・。戦闘になっても今までのように守ってもらえないし、助けてあげられない・・・」

話を聞いたジョナスは、ロステルの予想以上に残念だという気持ちを伝えた。

「・・・一緒の時間が減る」

「そうね、第一と第二では訓練場も遠征場所も違うものね」

そんなの嫌だというようにロステルの抱きしめる力が強まった。

「でも、もしかしたらいいこともあるかもしれないわよ?第一騎士団には魔法使いがたくさんいるわ。彼らはとても強いし戦闘に長けている。回復魔法を使う人だっているし、今なんかよりずっと安全が保障されているわ。それにロステルの剣の腕前なら第一でも十分通用するでしょうし、そこで名を上げればさらなる―――」

「ジョナスは平気なのか?」

その言葉にジョナスは口ごもる。

(平気じゃないよぉ・・・)

寂しいに決まっている。ロステルはいつだって自分の隣にいたのだ。今ではどんな時も一緒にいることが当たり前になってしまっている。離れて何日も会えないなんて想像もできない。
でも、だからと言って自分達がどうにかできるものでもない。だったら・・・

「ねぇ、ロステル。少し散歩に行かない?」

自分の顔をじっと見ているロステルの表情は変わらないが、いきなり何を言い出すのだろうと機嫌を損ねたのかもしれない。なぜなら、その瞳はジョナスからひとつも離れようとしない。

「行こうよ」

けれどジョナスがロステルの手を引いたなら、彼がジョナスを拒むことはない。


 夜の住宅街を二人は腕を組んで歩いていた。こんなに落ち込んでいるというのにジョナスと体を寄せ合って道を歩くだけで、どうしても嬉しさを感じてしまう。
二人が向かうのは住宅街の端にある大きな公園だ。綺麗に整備されている園内には小川も流れており、日中などはお弁当を持った家族連れなどが林道を散歩したり、ピクニックを楽しんだりしている。
ロステルとジョナスは、よくこうして夜の散歩を楽しんでいた。

園内にあるいつものベンチに座ると二人は空を見上げた。満天の星空に小川のせせらぎが二人の不安定な心を静める。
ジョナスはいつも星空を見上げながら自分は幸せだと言う。普段お喋りな彼女が、ここに来ると急に静かになるのだ。
黙って空を見上げる彼女の瞳は、好奇心にあふれキラキラと輝いて見える。ロステルはそんな彼女を隣で黙って見ているのが好きだった。そして気持ちを静めて自分もその幸せに浸るのだ。

だが今夜のジョナスは、星空を少し眺めると直ぐに持ってきた手提げバッグの中から何やらゴソゴソと取り出し始めた。
何事かと思って見ていると、バッグから出てきたのは大きなパンとナイフだった。薄明りの中で器用にパンを薄切りにすると、切ったパンをロステルに渡した。ロステルの手をお皿の代わりにすると、パンの上に具材をのせてゆく。厚切りのハムにチーズ、最後に野菜をたっぷり挟んだら少しの塩とコショーを振った。

「まずは食べましょうよ。お腹がすいてるでしょう?帰ったら温かいシチューもあるのよ」

どうりで大きなバッグを持って来たはずだと思いながら、ロステルはその大きなサンドイッチにかぶりついた。

「うん、美味しいね。こんな素敵な星空の下で、隣には大好きなロステルがいるわ。少し味気ないかもしれないけれど、このサンドイッチこんなに大きいわよ。ロステル、私たち幸せよね」

夜空を見上げながらそう言ったジョナスは、チラリとロステルを横目に見て幸せそうに微笑んだ。

星空を背にしたジョナスをじっと見つめていたロステルは、瞳を細めてコクンと頷いた。

「・・・働く場所が少し離れるだけよ。だって私達は夫婦よ?どこにいたって私の帰って来る場所はあの家なの。そして、あなたが帰って来る場所も同じ。 ロステル、愛してるわ。あなたも私を愛してくれてるでしょう?」

にっこりと口角を上げているが、ロステルを見つめるジョナスの瞳は真剣だった。

「愛してる」

考えるまでもないとはっきりと言い切ったロステルに一瞬目を見開いたジョナスは、ふっと顔を綻ばせた。


そして、それが二人の出した答えであった。


数日後、ロステルは第一騎士団へ異動となった。
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