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妻から離れたくない理由

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「うーん、お・い・し・いっ! お肉がすっごく柔らかいわ。たいしてお高いお肉じゃなかったのに・・・私ってば料理の天才だったのね」

 半日かけて煮込んだスープをジョナスが幸せそうに頬張っている。一口食べるごとに感想を述べて返事のない夫に笑いかける。
そんな妻の姿を一つも見逃すまいと、ロステルの瞳はジョナスを映し続ける。

(美味しいな。ジョナスは可愛いし・・・幸せだ)

それらの言葉がロステルの口から出ることはないけれど、二人は本当に幸せだった。

ジョナスはベッドの中で夫に愛を囁く。

「ロステルは美人ね。男の人は美人って言わないのかな・・・。ふふっ、でも綺麗な瞳に整った顔立ち。私、あなたの顔、とても好きよ。・・・私もねー、もう少し華やかな顔立ちだったら良かったのになぁー」

(だったら困る・・・そんな美人なら俺の妻じゃなくなってしまう)

「ロステルの香りに包まれるのも好き。変よねぇ、同じ石鹸を使っているのにどうして私とは違うのかしら・・・。でも、とても安心するの。ロステル、もっと、ぎゅーって強く」

(ああ、いくらでもするよ。俺も君の香りが大好きだから)

だからロステルは知っていた。ジョナスは自分の顔と匂いが好きなことを。

だから気づいていた。何も言わなくてもロステルの上目遣いで、いつだってジョナスが微笑んでくれることを。
ロステルが抱きしめるとジョナスの怒りも苛立ちも直ぐに収まることを。



 結婚していてもジョナスを独り占めすることは難しかった。それでも騎士団で一緒の時はまだいい。周りは男ばかりだし、相変わらずジョナスの信頼と人気は高いけれど、常に自分の目の届く場所にいてくれるのだから。

問題は洗濯メイドに戻ったときだった。大量の水を操るジョナスはどうしても人々の視線を集めてしまう。王宮内でストレスの溜まった人間がなぜか彼女を見に来ることがよくある。
彼女の両手からザバザバと湧き出す水は、人の心を癒す効果もあるようだ。生き生きと働く彼女に力を貰ってから自分の仕事に戻って行く者も多かった。他のメイド達と一緒に大きな声で歌を歌い、真っ白な洗濯物を次々と干してゆく彼女は生命力に溢れとても眩しく映っていた。

終わった後は、その場で楽しそうにおしゃべりをしている。五本の指から噴水のように水を出したり、水の玉を作ってジャグリングの真似事をしたりと、まるで子供のように遊んでいたりもする。彼女が人妻になっても、水魔法使いジョナスを見に来る人間が減ることはなかった。

その中の一人に風の魔法騎士、ヤソック・ドノワーズもいた。
ジョナスがロステルと結婚したことなど皆が知っていることだ。しかし、ジョナスが結婚して他の男の妻になったと知っても、ヤソックの熱を持った視線は一心にジョナスに注がれていた。

ヤソックが自分の妻に接触してこないことは分かっているが、それでもロステルは彼の焦がれるような目を見る度に嫌な気持ちになった。少しでも隙を見せたら妻を奪われるかもしれないと気が気でなかったのだ。
ただでさえ風魔法に憧れのあるジョナスだ。自分のように魔法も使えなければ爵位も持たない人間が次期侯爵のヤソックに勝てる所など、どこにもないのだから。

だからロステルは、ヤソックの前で必ず妻に触れる。

(ジョナスは俺の妻だ)

髪に触れ、頬に触れ、そしてその体を抱き寄せる。そうすればヤソックの瞳から光が消え、悲しげにその場を立ち去ってくれるから。

そうやって毎日妻の側に張り付いていると、必然的に戦闘での呼吸も合うようになってくる。

近年、幸いにも人間同士の争いごとは起きていない。しかし魔獣が人里を襲うのは相変わらず続いていた。
虫魔獣のように大群で襲い掛かって来た場合は、彼女の水魔法で全体的に動きを止める。そこに自分達騎士が一斉に斬りかかるという方法を取るのだが、単独の魔獣が現れた場合は、ジョナスが丸ごと水に閉じ込めた後で近くにいるロステルが走り込んで行き、弱った魔獣にとどめを刺すという戦闘方法が増えた。

夫婦であるロステルとジョナス、息の合った戦いを見た周囲の者達が良いコンビだと褒めることによって、もともと名前の知れているジョナスの他に第二騎士団でのロステルの名前も知れ渡るようになった。

だが、こうして周囲に名前が知れ渡ってしまったことで第一騎士団の魔法騎士と、第二騎士団の有能な騎士を異動させるという話にロステルの名前があがってしまうのだった。


上からの辞令が下りるなり、ロステルの顔からはどんどん血の気が引いていった。そして真っ青な顔のまま帰宅すると、驚くジョナスを掻き抱き 「離れたくない」 と苦しげに言った。

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