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密かな好意は伝わらない
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「では・・・相手が人間でないなら・・・、いえ、人が相手だったとしても私が直接手を下さなくていいのでしたら・・・まぁ、その・・・足止め程度でしたら」
強すぎる騎士団長の視線があまりにも恐ろしくて、ついそんなことを口走ってしまった彼女は、案の定第二騎士団へと引っ張られて行った。
ジョナスを知らない人間は、おそらく王宮内には存在しない。
洗濯メイドとして王宮に雇われたこの男爵家の娘は、仕事初日に魔法のコントロールに失敗してかなりの広範囲を水浸しにしてしまった。王宮内を騒然とさせた過去を持つ有名人なのだ。
本来であれば魔法省に入れるくらいの膨大な魔力の保持者であったが、残念なことに本人には全くその気がなかった。
ならば実戦でと、魔法を戦力とする第一騎士団に何度も勧誘されるものの 『人を殺めることはできない』 と、絶対に頭を縦に振らなかった。
ならばなぜ第二騎士団だったら、「まあ、それなら・・・」と、渋々返事をしたかと言えば、戦闘時以外は今まで通り洗濯メイドで構わないと言われたこと、あくまでも戦力は求めずただの足止めでいいと言われたこと、そして何より彼女の気持ちを動かしたのは、
「第二騎士団には魔法を使える者がいない。だから君がサポートしてくれることによって団員の死傷者数が格段に減る」
きっとその言葉が、嫌々ながらも彼女に決断させたのだろう。
実際、彼女が協力してくれるようになってから第二騎士団の死傷者はかなり減った。
空飛ぶ生き物は水に絡めとられ動けなくなり、地上を走る大抵の生き物は、その水量に押し流されてしまう。
当初の約束通りジョナスがとどめを刺す必要はない。だが彼女の魔法によって敵をかなり弱らせることができるのだ。
そして何より助かっていたのは、彼女がいてくれる限り団員が水に困ることがなくなったということだった。
それは料理や水分補給だけでなく、怪我の治療や体の清潔を保つことにも役立っていた。
自分ができることであればと、どんなお願いも嫌な顔一つせず協力していたジョナスであったが、だからと言って何でも彼らの言いなりという訳ではない。なので水をくれと目の前で若い団員が裸になるようなふざけた真似をされれば当然怒る。
「ギャー!! 前を隠しなさい!!」
そして怒鳴りながらかざした手からは、普段の数倍の水が噴射し、全裸の男達を数人まとめて吹き飛ばしたりもする。
男ばかりの第二騎士団に若い女性が一人だったこともあり、ジョナスの周りは常に賑やかだった。
ジョナスは貴族の娘であったが、基本的に面倒くさいことは嫌いなようで、細かなことはあまり気にしない大雑把な性格の持ち主だった。そんな彼女は相手が誰であろうと特別態度をかえることもなく相手の身になって物事を考えることのできる女性でもあった。
ただし、彼女の中にある中途半端な正義に少しでも違反した場合、それがどのような作戦であっても絶対言うことを聞かない頑固な面も持ち合わせていた。
騎士団からも洗濯メイドとしても皆から慕われていたジョナスであったが、そんな彼女が結婚相手に選んだ男性は爵位も持たない第二騎士団のロステルであった。
モンテナス伯爵家の三男であった彼は、貴族令息らしく見た目こそ整ってはいたが、とにかく喋らない男だった。
一日一緒にいても必要最低限の会話を一言二言するかどうかの、あまりに無口な男だ。しかも仮面のように表情も変わらない為、一体何を考えて生きているのか周りの人間にはさっぱり理解することが出来なかった。
感情など持ち合わせていないように見えたロステルだったが、気づくとジョナスの近くにいるのが常であった。
何を話しかける訳でもないが、ただ黙ってジョナスを見ているのだ。
これはきっとロステルの好意なのだろうと団員の誰もが気づいていたが、彼がどれほどジョナスに近付こうと、どれほど見つめようと、残念ながらそんな些細なことに気づくようなジョナスではなかった。
「ロステル、そこのお皿取ってくれない?」
「あらロステル、腕に切り傷があるわよ?」
「大変よロステル、川に魚がたくさんいるって! 釣りよ、ほら早く行こう!」
何も考えていないジョナスは、ただ近くにいると言う理由でよくロステルに話しかけていた。
常に彼の表情が変わらないことも、何を言っても返事が返ってこないことも全て承知の上で話しかける。
彼と目が合っていることで彼女は返事をもらった気でいたし、なによりジョナスという人間はいつだって一人で勝手に話し、怒ったり笑ったりと、とても自由で楽天的な性格だ。
そんな彼女の顔をじっと見つめながらロステルが何を考えているのかなんて誰も知ることはできない。
ただ、ジョナスが他の男性と二人になるような場面には、必ずロステルがどこからともなく現れるのは間違いなかった。
強すぎる騎士団長の視線があまりにも恐ろしくて、ついそんなことを口走ってしまった彼女は、案の定第二騎士団へと引っ張られて行った。
ジョナスを知らない人間は、おそらく王宮内には存在しない。
洗濯メイドとして王宮に雇われたこの男爵家の娘は、仕事初日に魔法のコントロールに失敗してかなりの広範囲を水浸しにしてしまった。王宮内を騒然とさせた過去を持つ有名人なのだ。
本来であれば魔法省に入れるくらいの膨大な魔力の保持者であったが、残念なことに本人には全くその気がなかった。
ならば実戦でと、魔法を戦力とする第一騎士団に何度も勧誘されるものの 『人を殺めることはできない』 と、絶対に頭を縦に振らなかった。
ならばなぜ第二騎士団だったら、「まあ、それなら・・・」と、渋々返事をしたかと言えば、戦闘時以外は今まで通り洗濯メイドで構わないと言われたこと、あくまでも戦力は求めずただの足止めでいいと言われたこと、そして何より彼女の気持ちを動かしたのは、
「第二騎士団には魔法を使える者がいない。だから君がサポートしてくれることによって団員の死傷者数が格段に減る」
きっとその言葉が、嫌々ながらも彼女に決断させたのだろう。
実際、彼女が協力してくれるようになってから第二騎士団の死傷者はかなり減った。
空飛ぶ生き物は水に絡めとられ動けなくなり、地上を走る大抵の生き物は、その水量に押し流されてしまう。
当初の約束通りジョナスがとどめを刺す必要はない。だが彼女の魔法によって敵をかなり弱らせることができるのだ。
そして何より助かっていたのは、彼女がいてくれる限り団員が水に困ることがなくなったということだった。
それは料理や水分補給だけでなく、怪我の治療や体の清潔を保つことにも役立っていた。
自分ができることであればと、どんなお願いも嫌な顔一つせず協力していたジョナスであったが、だからと言って何でも彼らの言いなりという訳ではない。なので水をくれと目の前で若い団員が裸になるようなふざけた真似をされれば当然怒る。
「ギャー!! 前を隠しなさい!!」
そして怒鳴りながらかざした手からは、普段の数倍の水が噴射し、全裸の男達を数人まとめて吹き飛ばしたりもする。
男ばかりの第二騎士団に若い女性が一人だったこともあり、ジョナスの周りは常に賑やかだった。
ジョナスは貴族の娘であったが、基本的に面倒くさいことは嫌いなようで、細かなことはあまり気にしない大雑把な性格の持ち主だった。そんな彼女は相手が誰であろうと特別態度をかえることもなく相手の身になって物事を考えることのできる女性でもあった。
ただし、彼女の中にある中途半端な正義に少しでも違反した場合、それがどのような作戦であっても絶対言うことを聞かない頑固な面も持ち合わせていた。
騎士団からも洗濯メイドとしても皆から慕われていたジョナスであったが、そんな彼女が結婚相手に選んだ男性は爵位も持たない第二騎士団のロステルであった。
モンテナス伯爵家の三男であった彼は、貴族令息らしく見た目こそ整ってはいたが、とにかく喋らない男だった。
一日一緒にいても必要最低限の会話を一言二言するかどうかの、あまりに無口な男だ。しかも仮面のように表情も変わらない為、一体何を考えて生きているのか周りの人間にはさっぱり理解することが出来なかった。
感情など持ち合わせていないように見えたロステルだったが、気づくとジョナスの近くにいるのが常であった。
何を話しかける訳でもないが、ただ黙ってジョナスを見ているのだ。
これはきっとロステルの好意なのだろうと団員の誰もが気づいていたが、彼がどれほどジョナスに近付こうと、どれほど見つめようと、残念ながらそんな些細なことに気づくようなジョナスではなかった。
「ロステル、そこのお皿取ってくれない?」
「あらロステル、腕に切り傷があるわよ?」
「大変よロステル、川に魚がたくさんいるって! 釣りよ、ほら早く行こう!」
何も考えていないジョナスは、ただ近くにいると言う理由でよくロステルに話しかけていた。
常に彼の表情が変わらないことも、何を言っても返事が返ってこないことも全て承知の上で話しかける。
彼と目が合っていることで彼女は返事をもらった気でいたし、なによりジョナスという人間はいつだって一人で勝手に話し、怒ったり笑ったりと、とても自由で楽天的な性格だ。
そんな彼女の顔をじっと見つめながらロステルが何を考えているのかなんて誰も知ることはできない。
ただ、ジョナスが他の男性と二人になるような場面には、必ずロステルがどこからともなく現れるのは間違いなかった。
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