地平線のかなたで

羽月蒔ノ零

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第五章

富士のふもと

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「まさか、あんなにすぐに解決するとは思わなかったね!」

「実行犯の方はずっと罪の意識に苛まれて自首したがってたけど、館長が止めていたらしいね。何気なくニュース見てたらいきなりあの館長が出てきたからわたしもびっくりしちゃったよ」

「盗んだ絵は他にも数点あって、すべて持ち主に返還される予定だって聞いたけど、井上さんのおばあちゃんの家には本物の絵があるから、なんかややこしいことになっちゃったなあ。一応俺から井上さんに連絡入れとこうかな」

「やはりあの一件には皆さんが関わってたんですね。胸がスッとしましたよ」

「自首した理由は『天の声が聞こえたから』って言ってて笑っちゃった。私の声なんだけどね」

 遂に樹海へ行く日がやってきた。待ち合わせ場所へ集合した5人は、館長逮捕のニュースについて話していた。
 

 樹海へは、玲子さんの務める日本感染症研究所の方々が用意してくれた車で行くこととなっている。車は、待ち合わせ場所から歩いて2、3分ほどのところにある駐車場に停めてあるらしい。

「あ、あった。あの車だよ」
 玲子さんが指差す先に、大きめの車と小さめの車が停まっているのが見えた。俺たちが乗せてもらうのは大きめの車の方で、小さめの車の方には感染防止のための様々な道具が積まれているらしい。

「はじめまして。本日はよろしくお願いいたします」
 玲子さんの同僚の伊澤光太郎いざわこうたろうさんと峰岸愛子みねぎしあいこさんが、俺たちを暖かく迎えてくれた。


 俺たちは順番に車へと乗り込んだ。運転席には伊澤さん、助手席に玲子さん、二列目にミューと誠志郎、三列目に俺と優莉が座った。もう1台の車は峰岸さんが運転してくれるらしい。
 
「遂にこの時がやってきたね。死の薔薇は無事に見つかるかな?」不安そうな表情を浮かべた優莉にそう尋ねられた。
「大丈夫だよ。心配ない。絶対に見つかる」俺はそう答えた。
 
「それでは、出発します」
 
 遂に樹海への旅が始まった。俺たちは今日、無事に死の薔薇を見つけ、これから地球上で起ころうとしている惨劇を防がなければならない。

 車に揺られながら、俺は『あること』を考えていた。前々から考えていたものの、なかなかみんなに言い出せずにいたことだ。今更になってしまったが、今言わないと絶対に後悔する。俺は思い切って、自分の考えを正直にみんなに伝えることにした。

「わざわざみんなにも来てもらって申し訳ないんだけど、樹海の中へは俺1人で行くよ。危険はできる限り抑えたい。みんなを危険に巻き込みたくない」

「駄目だ。私も一緒に行く。未来が見えても、時間を止められなければ危機を回避できない可能性があるだろ」

「あなたたち2人だけに行かせるわけにはいかないわ。感染症の専門家として、私も同行させてもらいます」

「もし土砂崩れや落石やがあったとしても、わたしの能力があれば土砂も石も浮かべることができるから、わたしも行くよ!」

「地盤の過去を読み取ることで、危険な場所を事前に察知できるかもしれません。お役に立てるかわかりませんが、僕も連れて行ってください」

「……わかった。みんなありがとう。絶対に無事に帰ってこよう」

 車は樹海を目指して順調に進んでいた。車窓からは、なんてことない日常の風景が見える。このなんてことない日常を、何としても守り抜かねばならない。


 途中でサービスエリアに寄り、何か食べることにした。
「今何時だろう……あ、そうだ! 今何時か予想して、一番近かった人にご飯をおごってあげるっていうのやらない?」急に思いついたので、『今何時でしょうゲーム』をやろうとみんなに提案してみた。

「お、いいね! やってみよう! じゃあ私は10時!」
「んー、じゃあわたしは10時20分!」
「じゃあ僕は、10時40分!」
「私は10時15分!」
「じゃあ俺は、10時半! さて正解は……? お! 10時5分。ということは?」

「やったー! 私の勝ちだー!」
 ということで、優莉にオムライスをおごってあげることとなった。

 他にも色々なメニューがあり、どれもおいしそうだったので迷いに迷ったが、俺はかつ丼を食べた。誠志郎は天丼、ミューはカレー、玲子さんはざるそば、峰岸さんは天ぷらそば、伊澤さんはみそラーメンを食べていた。

「だーっははっ、咲翔、グリンピースすみっこに避けてる! 嫌いなの?」
「うん。そうなんだよ~。というか、むしろ好きな人なんているのかな? 『好きな食べ物はグリンピースです』なんて聞いたことないよ」


 食事を済ませ、一行は再び樹海への道を進み始めた。
 しばらく進むと、富士山が見えてきた。雪化粧をし、悠然と佇んでいる。やはりとても綺麗だ。近くから見るとその大きさに圧倒される。優莉が窓に張り付くようにしてその最高峰を凝視していた。

「おおー。やっぱ富士山は雪が積もってる方が綺麗だねえ。写真撮っとこ」

「確かにそうだね。俺は小学二年生の夏休みに家族旅行で富士山に来たことがあったんだけど、夏だったからまったく雪がなくて。雪のある富士山しか見たことがなかったから、あれが富士山だと言われてもなかなか信じることができなかった。夏は雪がないと知ってればまだよかったんだけどね。当時の俺はそのことを全然知らなかったから、ちょっとがっかりしたよ」


 幸い、渋滞などに巻き込まれることはなかったため、ほぼ予定どおりに樹海へ到着した。

 早速俺たち5人は、研究所の方々が用意してくれた防護服に身を包んだ。
「宇宙服みたいだね。月に行けそうだ」
 優莉が月面を歩く宇宙飛行士の真似をして、ぴょんぴょん跳ねたり、ゆっくり歩いたりしている。

 樹海には遊歩道、登山道が整備されており、遊歩道と登山道以外の場所へ入るには入山許可証が必要らしいが、そのあたりの手続きはすべて研究所の方々がやってくれた。これで思う存分死の薔薇を探せる。

 樹海へ入る前に、死の薔薇の正確な位置を確認しておきたいが、自分の力だけでは難しかった。

「みんな、ちょっと力を貸してほしい。死の薔薇の正確な位置を確認しておきたいんだけど、やっぱり能力を増強させないと具体的な在り処がわかりそうにない」

 4人の力を借り、俺は未来を見た。未来空間は一気に広がり、まるで衛星写真のように上から見下ろすことができた。

 これならわかりそうだ。今俺たちがいるのがここで、死の薔薇が咲いているのはここ、そうなると……よし、わかった。

「みんなありがとう。ここから北東の方角へまっすぐだ。そこに、死の薔薇が咲いている」

 俺たちは、遂に樹海へと足を踏み入れた。
「北東北東っと。あっちだね」
 優莉に方位磁針で方向を確認してもらいながら、まっすぐ北東へと進む。そういえば、樹海では方位磁針が狂うという噂を聞いたことがあるが、あれはやはり嘘だったようだ。しっかりと正しい方角を指し続けてくれている。

「ミューは取材とかで樹海来たことある?」
「いや、わたしも初めて。山形さんがプライベートで何度か行ったことがあるって言ってたけど」
「出た! 山形さん。何者なんだ一体。レーコさんはどう? 樹海来たことある?」
「いや、私も初めてだよ。けど、実は一度来てみたかったんだよね」
「へえー! そうなんだあ。あ、そういえば、ツキノワグマがいるらしいから気をつけないとね。現れたら時間を止めて、ミューの力で遠くへ移そう」

「了解! あ、見て!」ミューが指さす方向に、突然カモシカが現れた。

「おお!なんか神々こうごうしい。もののけ姫みたいだ。神様っぽい。名峰富士のふもとに住んでる動物はみんな神々しく見えるのかな。あ、そういえば、ぶどうで巨峰ってあるよね。あれって富士山のことなんだって」優莉がそう言った。

「え! そうなんだ!」誰も知らなかったようで、みんな驚いていた。けれど、言われてみれば確かに漢字がそんな感じだ。

「うん。なんか、ヨーロッパのブドウとアメリカのブドウを掛け合わせて作られた品種が突然変異することで生まれた『石原なんとか』っていう品種と、『センテなんとか』っていうヨーロッパのブドウを掛け合わせて日本で作られたらしいよ。研究所から富士山が見えたから『巨峰』っていう名前になったんだって。ちなみに『巨峰』は元々商品名で、品種名は『石原センテなんとか』っていうらしい。大きめのぶどうのことを巨峰って言うんだと思ってたけど、違うみたい」

 俺もてっきり大きめのぶどうのことを全部巨峰と言うのだと思っていた。しかも日本で作られたとは。全然知らなかった。

「いつか富士山も登ってみたいなあ。誰か登ったことある?」優莉がみんなに尋ねた。

「俺は五合目までならあるよ」

「なんじゃそりゃ。咲翔、五合目までじゃ富士山に登ったとは認定されないぞ」

「わたし、登ったことあるよ! 頂上まで!」

「へえー! やっぱりミューはすごいなあ。空飛ばずに歩いて登ったの?」

「うん! ちゃんと歩いて登ったよ」ミューがニコニコといつものニャンちゅう顔で答えた。

「おおー。いいねえ。私もいつか登ろ!」

 そんなこんなでひたすら北東を目指して歩き続けることおよそ1時間。ようやくその場所が見えてきた。
「あれだ。あの木の根本のあたりに、死の薔薇が咲いているはず……」
 いよいよだ。緊張が空間を支配する。


 やがて5人は、遂にその場所へと辿たどいた。
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