銀河のかなたより

羽月蒔ノ零

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とある銀河のとある星より

天邪鬼

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 とある銀河のとある星、『タティアエルム』
 
 この星には、周りと同じことをすることを好む者が多く住んでいる。
 彼らは、周りが遊んでいれば共に遊び、周りが働いていれば共に働き、周りが右へ進めば右へ進み、左へ進めば左へ進む。

 ただ、この星に住むすべての者がこのように周りに合わせて生きているわけではない。なかには、そうすることを好まない者もいる。
 
 とある町に住む『ロット』という者もそのひとりで、彼は多くの者とは違い、周りとは正反対の選択ばかりしながら生きている。
 
 そんな彼のことを、町の住民たちは『天邪鬼《あまのじゃく》』と呼んでいる。


「俺は、周りに合わせて生きるのなんてまっぴらごめんだ。俺はもっと、自由に生きたいんだ。周りのことばかり気にしながら生きるなんて、あまりにも窮屈すぎる。俺は、周りが遊んでいれば働き、周りが働いていれば遊び、周りが右へ進めば左へ進む。俺は、個性あふれる、自由な存在なんだ」
 
 多くの者が町に住んでいるため、彼は山に住んでいる。
 この日も彼は、山のてっぺんにあるお気に入りの木に登り、のんびりと過ごしていた。

「ここからは、美しい町の景色が一望できる。俺は、この町を高いところから眺めるのが大好きだ。町で一番高いあのタワーの展望台にも一度だけ行ったことがあるが、展望台からの景色も、とても美しいものだった。けれど、長い階段をひたすら上り続けるのがとても大変だった。あれさえなければ、もっと……」

 町の景色を眺めながら、ひとり静かに過ごしていると、見慣れない通行人が現れ、ロットに話しかけてきた。
「おや、こんなところにおひとりで。ここに住んでいらっしゃるのですか?」
「ええ。町は騒がしいので、僕は静かな山に住んでいるんです」
「ほお。珍しいですなあ」
「ええ。僕は、町の方々とは違うんです。常に周りとは別の選択をしながら生きています。僕は、個性あふれる、自由な存在なんです」

「ほう。そうでしたか。けれど、それが果たして、本当に個性や自由と言えますかな?」
「え?」
「だってあなた、周りとは別の選択をしながら生きているとおっしゃったでしょう?」
「ええ。そうですが……」
「では、周りに誰もいない場合、あるいは周りがどんな選択をしたか知る方法がない場合、どうやって生きていくのですか?」

「え……、それは……」

「町の皆さんは、『〇を選び』、あなたは『×を選ぶ』。このように、異なるのは選んだ選択肢だけ。確かに町の皆さんは、周りがどういう選択をしているかということを基準にして生きていますが、それはあなたも同じではありませんか?」

「そう言われてみれば、たしかに……」

「本当に個性あふれた自由な生き方というのは、たとえ周りがどんなふうに過ごしていようと、そんなのは一切気にせずに、自分のしたいことをする。ということだと思います。たとえその結果、周りと同じことをすることになったとしても、それが周りに左右されず、自分の意思に基づいて行われたものならば、それはあなたの個性であり、自由な生き方と言えるのではないでしょうか。もちろん、周りに迷惑をかけない程度にですがね。いくら自分がしたいことだからといって、周りに迷惑をかけてしまうようなら、それは自由ではなく、単なる『わがまま』です。周りに左右されることなく、周りに迷惑をかけることなく、まっすぐに、自分のしたいことをする。これこそが、個性的で、自由な生き方だと思うのですが、どうでしょう?」

「……たしかに、そうかもしれません。……あなたは、どんな風に生きているのですか?」

「私ですか? 私はそれこそ、自由に生きているつもりです。町を歩くこともあれば、こうして山に来ることもある。海に行くこともあれば、別の町に住む友人に会いに行くこともある。たとえ周りが何をしていようが、それに合わせることはない。かといって、無理にそれに反対することもない。まっすぐ、自分の意思が示す方向へ進んでゆくだけです。あなたにもきっと、本当にしたいこと、あるんじゃないですか? けれど、常に周りとは違う生き方をしていないと、個性を失ってしまうような気がして、それが怖いのではないですか?」

「……おっしゃるとおりかもしれません。僕は、周りとは違う、特別な存在になりたいんだと思います。けれど、そんな風になれる自信なんて全然なくて……、だからせめて、周りと違う生き方をすることで、自分は周りとは違う、特別な存在なんだと自分に言い聞かせながら、自尊心を保っていた。ただそれだけなのかもしれまん」

「一度、自分としっかり向き合ってみてはいかかでしょう? あなたが本当にしたいこととは一体何なのか。じっくりとお考えになってみては?」

「僕が……、本当にしたいこと……」

「おっと、もうこんな時間だ。実はこれから、山のふもとに住んでいる友人に会いに行く予定なんです。日が暮れる前には着きたいので、そろそろ、行くことにします。では、どうかお達者で……。それでは……。」

「ええ。ありがとうございます……」


「俺が……、本当にしたいこと……、俺の個性……、自由……」

 ロアはしばらく考え込んだあと、山を下り、町へとやって来た。
 そして、周りに左右されることなく、本当に自分がしたかったことを実行することにした。

「おや、天邪鬼のロットさん! 珍しいですなあ。こんなに人が多いところに来るなんて」
「ええ。ある方とお話して、考え方が変わったんです」
「ほお。さようですか。ならば、今後はお付き合いが増えそうですなあ」

「実は僕、ずっとやりたいと思っていたことがあったんです。けれど、それは一人じゃできなくて……。でも、皆さんの力があればきっとできるはずなんです。ぜひ、協力していただけないでしょうか?」
 
 ロットは、自分の胸に秘めていた計画を町の住民たちに話し始めた。
「うーむ。果たして本当にそんなことできますかなあ?」
「いや、きっとできるよ。ロットさんのやろうとしていることは素晴らしい! ロットさん、ぜひ俺を仲間に入れてくれ!」
「んー、もう少し考えてみたいなあ」
「私も賛成です。とにかく、やってみましょう!」

 ロットの突拍子もない計画を聞き、懐疑的になる者も少なからずいたが、すぐに賛同してくれる者もいた。その後も一人、また一人と賛同者は増えてゆき、
「天邪鬼のロットさんが、なにやらすごいことを始めたらしい。皆そのプロジェクトに参加しているらしいから、僕たちも参加しよう」
 こうしてあっという間に、町の皆がロアムの計画に協力してくれることになった。
 
 ロットは町の住民たちと共に働き、共に食事をし、共に励まし合いながら、同じ目標へ向けて、『皆と共に』、一生懸命に進んでいった。


 そして、いよいよ、それは完成の時を迎えた。


「本日、皆さんのおかげで、ようやく完成いたしました! ご覧ください。これが、『エレベーター』です!」
「おおー!」住民たちの歓声が響いた。
「本当にこれに乗れば、自動で最上階まで行けるのですか?」
「はい。実際にご覧に入れましょう」
 
 まずはお客さん第一号として、ロットがエレベーターに乗った。そして数十秒後、最上階の展望台からロットが手を振る姿が見えた。

「へえ~、もうあんなところまで。凄いですなあ」

 町のシンボルである、『ユノナミメ・スタータワー』。
 最上階は立派な展望台となっているのだが、このタワーには階段しかないため、足腰の悪い者や、怪我や障害を抱えている者などは、展望台に上ることができなかった。しかし、ロットはそのすべてを解決した。皆の力を借りて。

「ロットさん、ありがとう。僕は足が悪くて車いすに乗って暮らしているんですが、展望台には、ずっと上ってみたかったんです。ロットさんのおかげで夢が叶いました。これからも、もっともっとたくさん展望台に上って、この町のいろんな姿を見てみたいです」

「ロットさん、ありがとう。私は足腰が弱ってきてて。二階くらいまでなら上れるんだけど、さすがに最上階はねえ。諦めてたけど、やっと私も展望台に上れました。本当に、ありがとうございます」

「いえいえ、エレベーターを作れたのは、この町の皆さんのおかげです。僕からもお礼を言わせてください。皆さん、本当にありがとうございます」

 この美しい町の景色を、誰もが一望できる。そんな世界がやってきた。


「あれ、もしかして、あなたは……」
「あ、おやおや、あの時以来で……」
「あれから、すっかり考え方が変わりまして……」
「その表情……。どうやら、本当にしたかったこと、見つかったようですな」
「ええ。ご覧のとおりです。僕は、この町に住むすべての方々に、この町がこんなに美しいんだということを、ぜひ知ってほしかったんです」

「ほお。ということは、ロットさんとは、あなたのことでしたか。エレベーター、とても快適でしたよ」
「それはなによりです。これからどちらへ?」
「これから、海の近くに住んでいる友人に会いに行ってきます」
「そうでしたか。またいつか、会えますでしょうか?」
「ええ。この町にはよく来ますので。きっと、また会えるでしょう。それでは、私はこれで」
「はい。本当に、ありがとうございました」

 するとそこへ、展望台から帰ってきたひとりの住民がやって来た。
「いやあ、ロットさん。驚きました。まさかこんなものが作れるなんて。本当にすごいお方だ。エレベーターなんて、あなたが言い出すまで、誰も考え着きませんでしたよ。周りの皆が考えないようなことを考えられるなんて、すごいですなあ」

 するとロットは、
「ええ。僕は、天邪鬼ですから」

 そう言って、笑った。
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