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「なんだかわくわくしないわねえ」


店の奥のいつもの部屋。いつものメンバーが集まるお茶会で、エマがぽつりと呟いた。

レイラははっとする。

「ごめんなさい。そうよね、なんの準備もできてなくて…」

「いやあね、そういうことじゃないのよ」


いつものレイラ主催のゆめかわお茶会…ではなかった。


「そうよ、レイラはわたくしのコレクションが気に入らないわけ?」

「わたしもレイラに見せたくて持ってきたんだけどな」

「そんな!とっても素敵だわ!」


レイラは彼女たちが持ち込んだたくさんのキラキラしたものを前に、勢いよく首を横に振る。

リーサはきれいな香水のボトルを、イリスはかわいらしいアクセサリーを、エマはメイクセットを。各々レイラが喜びそうなものを持ち寄ってくれたのだ。


「だってね、せっかくいろいろデザインを考えても、ちっともお洋服が仕上がらないのよ」

レイラはぷうと頬を膨らませる。

「仕上がらない?」

エマがレイラの手をとって、その形のいい爪に色をのせる。めずらしい異国の品だ。


「あら素敵。きれいな色ね。…あのね、新しく雇ったお針子がみんなとっても仕事が遅いの。ことあるごとに、このデザインはいけないとか、貴重な材料を使いすぎているとか言って手を止めるのよ。これじゃちっともロイドの負担が減らないわ」

「やだ、そうなの」

「せっかくイリスに似合いそうなお洋服も考えたのに」


「まあ本当!?」

イリスがぱあっと顔を輝かせる。

「でもわたしこのお洋服も好きよ。とっても楽だもの」


イリスはざっくりとしたシャツの下でたわわな胸をきゅうと寄せる。もう無理に押さえつけたりはしていないので、魅惑の谷間が覗く。


ゆめかわお茶会の度に用意していたコスプレ衣装が追いつかず、サンプルとして作っていたメンズラインを見せたところ、ご令嬢たちにはめずらしかったようで、これはこれで喜ばれた。

イリスは彼シャツ状態だし、ゆめかわ色のパーカーを着たリーサはいつになくラフだ。エマはシンプルなTシャツにイリスが持ち込んだ大振りのネックレスをしていて、妙に様になっている。ボトムは全員黒のスキニーパンツだ。

まるで『私』の世界に近づいたようで、レイラはうふふと目を細める。


そんなレイラ自身もお得意のショートパンツにメンズシャツの組み合わせだ。すらりとした美脚がむき出しである。

ルチアーノ様には見せられないわね、とはエマの言葉だ。

侍女のマリーはレイラの趣味で耳つきフードパーカーを着ている。ロイドが見たら獣になるわね、とレイラは思った。


「それで?エマはなにが不満なの?今日のお茶会もとっても楽しいじゃない」


イリスに髪をいじられながらリーサが問いかける。

イリスはマリーに教えを乞いつつ、リーサの髪を編み込みにしているが、リーサの髪があまりにもさらさらの直毛なせいでうまくできないようだ。むう、とむくれている。

ちなみにイリスの髪はマリーが編んでいて、同じようにかわいく仕上がらないことに、リーサもまたむくれている。


「ルチアーノ様のことよ。レイラの変な噂が流れてもなんにも動かないでしょ?それどころか、ハンナとよく一緒にいるから噂に拍車をかけているじゃない」


最後の小指に筆を滑らせて、エマはふうと息を吹きかける。眉を吊り上げて。


「わかる!それわたしも思ってた!」


イリスが声をあげる。きゅっと力をいれたことでうまく三つ編みが仕上がった。

マリーが反対側も手際よくくるくると編んで、後ろでひとつにまとめ上げる。手で確かめたリーサがうれしそうにマリーを見上げた。


「わたし、最近のルチアーノ様はちょっと目に余ると思うの」


怒った声で言うのはイリス。
普段はおっとりしているが、こうと決めたら結構頑固だ。甘い見た目に反してビターなものが好きだし、怒らせると怖いタイプかもしれない。


「そうね、いつまで他の女の影に隠れてるのって感じ」


続いてエマ。彼女はいつもストレートで嘘がない。ゆえに真正面から受け止めてしまうときつい一言になることも多い。


「わたくし、やっぱりあのハンナって子が信用できないのよね。あなたたちほどいっしょにいないからでしょうけど」


リーサは貴族令嬢らしく疑り深い。
不審なものを見過ごさない観察眼はさすがだ。


「もうすこしレイラのために行動してくれてもいいのに!」

「そうね、少し的はずれよね」

「どんな理由があっても、他の女の側にいるのはわたくしなら許せないわね」


「ね、ねえちょっと、あなたたち…?」


「「「ルチアーノ様って案外ヘタレよね」」」


弟であるトマ以外から、ついにこの評価を下されてしまった。レイラは「あー」と頭を抱える。


「でもね、本当、レイラのためになにか声をあげればいいのにと思うの」

「言われっぱなしで尻尾巻いて逃げるのは男じゃないわね」

「もしくはあの子になにか入れ知恵でもされてるんじゃないかと疑うわ」


友人たちの声はどれもレイラを心配するものだ。胸が熱くなる。


「…うふふ、ありがとう」

「ちょっと!笑ってる場合じゃないでしょう」


リーサに怒られて、レイラは目元を拭った。

ルチアーノがこの場にいたら、きっと胃が痛くなっていたことだろう。


レイラの婚約者に対する不満を言い合って盛り上がっていると、なんだか店の外が騒がしいことに気づいた。


「お客さんかしら?ちょっと見てくるわね」


今日はお休みにしているのに、と立ち上がると、マリーが「お嬢様!私が行きます!」と慌てて追いかけてくる。


「やだ、大丈夫よ」

「失礼する。レイラ・モンタールド嬢はいるか?」


かららんと軽いドアベルを響かせて入ってきたのは、衛兵団の制服を着たマルセルだった。


「あらマルセル様?はい、レイラ・モンタールドはこちらにおりますが」


「!!???」


ごきげんよう、と膝を軽く曲げるレイラ。

マルセルはぎょっと目を見開いて、慌てて店に入り、勢いよくドアを閉めた。


「レ、レ、レイラ嬢はいつもそんな格好をしているのか?!」

「あ」


やだ、部屋着を見られちゃったわ、とレイラは頬を押さえる。

マリーがそっと膝まであるロングカーディガンをかけてくれた。


「マルセル様、本日はどのようなご用件で?」


マルセルが入ってくるとき、店の外に数人の衛兵団の姿が見えた。これはトラブルの予感がするわ、とレイラは肩を竦めた。
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