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**sideブノワト**

地方の貧乏貴族の四女なんて出自としては最低だ。 


父は代々受け継がれてきた伯爵位という、カビの生えた称号に縋るだけの無能で、商才もなければ民からの信頼もない。
母は母で、美しさだけを求めて娶られた元平民で、着飾ることとちやほやされることにしか興味がなかった。

おかげで一番上の姉は苦労しっぱなしだった。
きれいな顔をしているのに、父の代わりに領を治めることに没頭して自分の幸せを見失っている。けれど辛うじて領民の生活が成り立っているのは、この姉のおかげだろう。

二番目の姉は、そんな上の姉に学がないとだめだと言い張り、無理をして王都の中央学園に進学した。そして出奔した。王都に出るための膨大な借金を残して。

三番目の姉はもう諦めたのだろう。母と一緒になって化粧とおしゃれに夢中だ。男関係にも奔放ですでに子供が2人いる。


広い領地はのどかな牧草地帯で畜産業を営んでいたが、財政が悪化するごとに民が減り、人手が足りなくなれば、土地も管理が行き届かずどんどん荒れていった。
家畜も減っていく。
他領に出荷する前に自領で消費されるからだ。

善良な民はどうにかしようと努力を続けたが、無能な父はその努力を自分の欲と見栄のために使ってしまった。元々なかった信用をさらに失ったのも納得だ。

王宮からは何度も政務官の派遣打診があったようだが、父がすべて断っていた。愚かだ。

そんな環境で一体どうすればよかったのか。


四番目の娘として考えたのは、どこかの貴族に嫁ぐこと。幸い美しさと令嬢としてのふるまいは惜しみなく与えられていたから。

…地方の田舎では必要のないものだったが。


王都に出ると伝えたとき家族は反対した。
当然だろう、前例があるのだ。特に一番上の姉は猛反発した。たしかに王都に出る金の余裕なんてなかった。
ならばなりふりかまわず誰かに縋るしかない。
中央学園に行くには金が要る。だから侍女になりたいと言って、執事学校を希望した。正直、王都に出られるならどこでもよかった。


そして垂らした釣竿に引っ掛かったのは、まさかの大貴族モンタールド侯爵家。


けれど擬似餌に引っ掛けられたのはこちらの方だったのだろう。


モンタールド邸は素晴らしい屋敷だった。
どこもかしこも洗練されていて、使用人たちも余裕がある。執事学校で聞いた話では、モンタールド邸の待遇は別格らしい。他の貴族屋敷では使用人を奴隷のように扱うところもあるのだとか。

しかし学校に通っていてもそんな悲惨な者は見かけなかった。雨が降れば屋敷から迎えが来るのだ。伯爵令嬢なのに農具用の幌馬車しか知らなかった自分とは雲泥の差だ。


はじめは大人しく使用人として仕えようと思ったけれど、駄目だった。欲が出た。

最初はマリー。侯爵令嬢の専属侍女として仕える彼女が羨ましくて、なんとか蹴落としてやろうと思った。けれど侍女としての仕事は案外細かく作法が決まっていて、当然失敗ばかり。

劣等感に苛まれているときに、マリーが男爵令嬢ということを知った。
これなら勝てる。自分は伯爵令嬢だもの。
学校で公言すれば、貴族に仕えることに慣れている生徒たちは主のように扱ってくれた。


夢のような心地だった。
そうしたら、今度はレイラ嬢が羨ましくてたまらなくなった。

かわいい侍女がいて、何不自由なく暮らしている年下の令嬢。彼女の周りには将来有望な少年たちが何人もいる。すでに決まった婚約者がいるというのに。


そんなとき侯爵様に呼び出されて娘の愚痴を聞かされた。不可解な内容もあったが、これだ、と思った。


レイラ嬢の悪い噂を流して、あわよくば彼女の取り巻きの一人くらい捕まえたい――。


けれど結果はご覧の通り。
私はマリーに危害を加えたことで、実家の爵位すら剥奪されることになった。


なんだそれ。仕事が早すぎる、と思って理解した。はじめから罠だったのだ。モンタールド邸に受け入れられたときから。


まあ父には重い爵位だったし、ちょうどいい。
領民には降って沸いた幸運となるだろう。一番上の姉にいい縁があればいいし、三番目の姉はともかくその子供たちに苦労はさせたくない。



「でも本当、レイラ嬢が羨ましいわ」

「それさあ、話を聞いてると他所の家を羨む子供の発想だよね。あの家の子だったらよかったのに~!って」

「そうね、違いないわ」


名も知らない紺色の髪の少年に頷く。


はじめから実家に戻るつもりなどなく、王都の外れで馬車を降りたところで彼に見つかったのだ。

「あ」と知ってる風に声を上げられ、その上、衛兵団の制服を着ているからどきりと心臓が跳ねたが、よくよく見れば同世代かむしろ年下。
胸を撫で下ろしていたら、懐っこく話しかけられてしまった。


「次はもっと策を練っていくわ」

「次?あてがあるわけ?」

「執事学校では常に求人募集が出ているのよ」

「あ~、なるほど」


別れの挨拶もそこそこに新しい屋敷へと向かう。

近年爵位を賜った新興貴族のひとつだ。
格としては平民に近く、細かい作法も求められないはず。

モンタールド邸に比べたら随分こじんまりとした屋敷の入り口でベルを鳴らす。リンゴンとやたら重厚な音がして少し笑ってしまった。


「はあい?」


レイラ嬢と同じくらいの年頃の、ピンク色の髪の女の子がドアを開ける。


「――はじめまして。ブノワトと申します」
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