上 下
6 / 59
◇◇◇

6 閑話

しおりを挟む
「マリー、わたくしはゆめかわいいものが好きなの」

「はい、お嬢様。ところでゆめかわいいとはどういったものでしょう?」

「そうね、少し定義が難しいのだけど、共通するものがあるわ」

「それはなんですか?」


「わたくしがときめくかどうかよ!マリー、この部屋はゆめかわいくないわ!模様替えをしましょう!」


レイラは自室を見渡して宣言した。
侍女のマリーは「かしこまりました」と了承する。


「まずは壁紙を変えたわ。基本のピンクよ!最高!」

「さすがお嬢様、仕事が早いです」

「それから床ね。お父様におねだ…いいえ、お願いして、毛足の長い白のラグを用意してもらったわ」

「素晴らしい手触りですね」

「次にカーテンよ。お母様に相談して、ピンク系のものを探してもらったの」

「ローズピンクですね。金糸の織りが美しいです」

「すこし渋いのよね、もう少し淡い色がよかったわ」

「こちらも素敵ですよ、お嬢様」

「それからベッド。天蓋もベッドカバーもライラック色に染めさせたわ。なかなかでしょう?それから、これよ」

「これはなんですか?」

「ガーランドよ。このビジューをこうしてぶら下げるの」

「っ、お嬢様!きらきらしています!」

「ふふ、マリーもようやくわかってくれたみたいね」

「この大きな花輪は…?」

「生花を編んだのよ。壁にかけるの。花瓶に生けた花より素敵じゃない?」

「素晴らしいです!お嬢様!」

「それから仕上げにこのランプを……」

「お嬢様、これは……!!」



「レイラ、いるー?」

ノックをして、姉の部屋の扉を開いたトマは目を見開いた。

「なんだこの部屋、目がチカチカする…!!」




「マリー、わたくしはゆめかわいいものが好きなの」

「はい。存じております」

「フルーツ柄もかわいいわよねえ」

「お嬢様、御令嬢の嗜みといえば刺繍です。刺繍のモチーフにするのはいかがですか?」

「いいわね!さっそく先生をお呼びして!」

「かしこまりました」


侍女マリーの手配で、レイラの元にすぐさま刺繍の先生がやってきた。


「よろしくお願いしますね、レイラさん」

「はい、先生。このハンカチに刺繍すればいいのかしら?糸の種類が少ないわね」

「レイラさんはなにを刺すのでしょうか?」

「まずはいちごね」

「まあかわいらしいピンクのいちご」

「次はぶどうよ」

「水色のぶどうですか」

「次はオレンジ」

「薄緑と薄い黄色の…ライムかしら」

「どうですか?先生」

「うーん…」

「先生?」

「ええ、決してうまくはないのですが…。なんでしょう、歪みまで計算されたようなこの仕上がりは!」

「自分でいうのもあれだけど、へたうまってやつね!」

「素晴らしいです!お嬢様!」

「やめてちょうだいマリー、照れるわ」



「最近みんなエプロンやハンカチーフに刺繍を入れてるんだけど…」

トマは屋敷の使用人たちに流行っている刺繍のモチーフに首を傾げた。

「なんで果物があんなへんてこな色合いなんだ!?そして絶妙に下手!」




「ふつうの刺繍も飽きたわね。もっとかわいいのがいいわ。ビーズ刺繍にしましょう」

「ビーズ刺繍…ですか?」

「あら?ビーズはないのかしら?じゃあ小さなビジューを縫いつけて…でもこれ…やだちょっと…」 

「お嬢様、新作ですか?いちごの種がきらきらしていますね、とても素敵です!」

「あらロイド。でもちがうの、本当はビーズ刺繍がしたかったのよ。でもわたくしには難しくて…これをね、こうして…」

「ほう、ほうほうほう!なるほど!創作意欲が沸き立つようです!」


その後ロイドが作り上げた大作を見て、刺繍の先生は目を回した。


「なんでしょうこの芸術は!素晴らしいです!ええぇ、これが刺繍なんですか!?これは必ず流行りますよ!旦那様!奥様ぁー!!」

「きゃあああ!これ本当に素敵、次の夜会用のドレスに採り入れたいわ!」

「お母様、いくら小さいとはいえビジューですから、ドレスにこれだけの量を縫いつけたら重たくて動けません。だから夜空のように散らばる程度にしましょう」

「まあああ、素敵!レイラ素敵!」

「お父様、今後のために軽量化したものを作りましょう。ガラスでいいのです。けれど極小のものがいいですわ」

「簡単に言うけど、相当な技術が要るよね。まあいいか。あてがないわけじゃない、聞いてみよう」



「お母様の先日の夜会のドレス、きらきらしていてきれいだったなあ…」

トマは侯爵邸の廊下に飾られたロイドの大作絵画を見上げる。

「このモザイク画も見事だよなー。これを描けるすごい人がなんで姉様、ごほん、レイラに一目置くんだろう?」




「マリー、わたくしはゆめかわいいものが好きなの」

「はい。ビーズ刺繍はもうされないんですか?」

「ビジューね。ええ、あれはどちらかというとゴージャスかわいいで、わたくしが求めているものとは違うわ」

「そうでしたか。さて今度はなにを?」

「すこし気分転換してみようと思って」

「その心は?」

「マリー、ヘアアレンジよ!」


レイラとマリーは次から次へと新しい髪型に挑戦していた。ロイドの髪で。


「うーん、お嬢様むずかしいです」

「ここはもう少しゆるく結った方がいいわね」

「…あの、お嬢さん方?なぜ私が練習台になっているんですかね?」

「もちろんお嬢様のためです!!」

「あのね、マリー」

「いいじゃない。ロイドも似合ってるわよ」

「お嬢様までそんな、いてててて」

「あ、失礼しました。すこし加減がわからなくて。お嬢様の御髪でなくてよかったです」

「ちょっとマリー!?」

「ふふ。ロイドもマリーも仲良しね」



「おはようレイラ。今日も凝った髪型だなあ。夜会用かよ?早くない?」


毎朝顔を合わせる度にトマにそう言われ、レイラはついに爆発した。


「ちがうのよ!わたくしが追い求めているのはゆめかわいいであって、ゴージャスかわいいじゃないのよおおおお!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。 エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。 しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。 ――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。 安心してください、ハピエンです――

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...