3 / 10
3
しおりを挟む
ぱち、と目を開けると皓の部屋だった。
もぞりと隣を見ればシーツはもぬけの殻でそこに彼の姿はない。
渓谷デートの後、泊まりにおいで、とねだる皓に『明日仕事だから』とか『着替えもないから』とか理由をつけていたが、なんだかんだほだされてしまった。
『会社はオレの部屋からの方が近いよ』とか『着替えは一度取りに戻ればいいじゃん』とか。最後は置いていかれる犬のような目で切なげに見つめられて、同棲を断った引け目で頷いてしまった。
月奈はぎしりとベッドから降りて、立ち上がった拍子に肩を滑り落ちたブラのストラップを直す。
いい匂いがする。おなかのすく匂いだ。
寝乱れた髪を手で押さえながら寝室を出て、まずは洗面所に向かった。
「おはよう」
「おはよう月奈ちゃん。そろそろ起こしに行こうと思ってたんだ」
顔を洗って、着替えて、髪を整え化粧まで済ませた月奈がダイニングを覗くと、エプロン姿の皓がフライパンを持ったままにっこりと振り返った。
「今日もすごいね」
「簡単にできるものだけだよ。さあ座って。無理して食べなくても大丈夫だからね」
テーブルに並べられたたくさんの朝ごはん。
はじめてこの光景を見たときに思わず固まった月奈を覚えていて、皓はいつもそう言う。
「あ、でもこれだけは食べてほしいな」
そう言って月奈の前に置かれたスクランブルエッグとフルーツのヨーグルトかけ。これもいつものことだ。
「…ありがとう。いただきます」
「はいどうぞ」
皓もエプロンを外して正面に座った。
彼は部屋着姿だったが、どこもくたびれた様子はなくて、今日も朝からキラキラしている。眩しい。
「皓、いつもごはん作ってくれるけど何時に起きてるの?」
「一時間前とか?気にしなくていいよ、一人のときでもこんな感じだし」
皓は二十代半ばの健康男児なので朝からよく食べる。大きな口で次々と飲み込まれていく食べ物たち。
「…そっか。うん、そうなんだ」
月奈はヨーグルトを絡めた生のパイナップルを口に運んだ。…おいしい。
「月奈ちゃんもう支度ほぼできてるね。オレも着替えてこないと」
食後、せめて食器を片そうとするが「大丈夫」と皓が手早く食洗機に皿を並べてスイッチを入れた。いつものやり方があるのだろう。月奈ができることは何もなかった。
出勤前にアイラインとリップだけ直して、時間まですこしとスマホを手に取りソファーに向かう。そしてふと、飾り棚の上に置かれたものに気づいた。
「これ……」
「あ、それね、前の旅行で買った置物だよ」
キラキライケメンがキラキラ王子様になって戻ってきた。眩しい。
皓と月奈は少し前に二人で旅行に行った。
これはそのとき売られていた、地元では神様として祀られている動物がモチーフの置物だ。かわいくないし、どうせ観光客用でしょ、と月奈が見向きもしなかったそれを彼はいつの間にか購入していた。
「買ってたんだ」
「月奈ちゃんとはじめて行った旅行の記念にね。楽しかったよね、また行こうよ」
「…うん、また今度ね」
***
―――カツカツカツカツ!
月奈は会社のバックフロアをすごい形相で歩いていた。
「おはよう、月奈…どうしたぁ?」
声をかけてきた同僚兼友人は月奈の顔を見てあんぐりと口を開ける。
「もう無理もう無理!無理だよおおお!」
「何がどうした!?」
突然泣きついてきた月奈にぎょっと肩が跳ねる。
「…皓のこと。もう、無理だよー」
爪の先まできれいに整えられた両手で顔を覆って、月奈は大きく息を吐いた。
もぞりと隣を見ればシーツはもぬけの殻でそこに彼の姿はない。
渓谷デートの後、泊まりにおいで、とねだる皓に『明日仕事だから』とか『着替えもないから』とか理由をつけていたが、なんだかんだほだされてしまった。
『会社はオレの部屋からの方が近いよ』とか『着替えは一度取りに戻ればいいじゃん』とか。最後は置いていかれる犬のような目で切なげに見つめられて、同棲を断った引け目で頷いてしまった。
月奈はぎしりとベッドから降りて、立ち上がった拍子に肩を滑り落ちたブラのストラップを直す。
いい匂いがする。おなかのすく匂いだ。
寝乱れた髪を手で押さえながら寝室を出て、まずは洗面所に向かった。
「おはよう」
「おはよう月奈ちゃん。そろそろ起こしに行こうと思ってたんだ」
顔を洗って、着替えて、髪を整え化粧まで済ませた月奈がダイニングを覗くと、エプロン姿の皓がフライパンを持ったままにっこりと振り返った。
「今日もすごいね」
「簡単にできるものだけだよ。さあ座って。無理して食べなくても大丈夫だからね」
テーブルに並べられたたくさんの朝ごはん。
はじめてこの光景を見たときに思わず固まった月奈を覚えていて、皓はいつもそう言う。
「あ、でもこれだけは食べてほしいな」
そう言って月奈の前に置かれたスクランブルエッグとフルーツのヨーグルトかけ。これもいつものことだ。
「…ありがとう。いただきます」
「はいどうぞ」
皓もエプロンを外して正面に座った。
彼は部屋着姿だったが、どこもくたびれた様子はなくて、今日も朝からキラキラしている。眩しい。
「皓、いつもごはん作ってくれるけど何時に起きてるの?」
「一時間前とか?気にしなくていいよ、一人のときでもこんな感じだし」
皓は二十代半ばの健康男児なので朝からよく食べる。大きな口で次々と飲み込まれていく食べ物たち。
「…そっか。うん、そうなんだ」
月奈はヨーグルトを絡めた生のパイナップルを口に運んだ。…おいしい。
「月奈ちゃんもう支度ほぼできてるね。オレも着替えてこないと」
食後、せめて食器を片そうとするが「大丈夫」と皓が手早く食洗機に皿を並べてスイッチを入れた。いつものやり方があるのだろう。月奈ができることは何もなかった。
出勤前にアイラインとリップだけ直して、時間まですこしとスマホを手に取りソファーに向かう。そしてふと、飾り棚の上に置かれたものに気づいた。
「これ……」
「あ、それね、前の旅行で買った置物だよ」
キラキライケメンがキラキラ王子様になって戻ってきた。眩しい。
皓と月奈は少し前に二人で旅行に行った。
これはそのとき売られていた、地元では神様として祀られている動物がモチーフの置物だ。かわいくないし、どうせ観光客用でしょ、と月奈が見向きもしなかったそれを彼はいつの間にか購入していた。
「買ってたんだ」
「月奈ちゃんとはじめて行った旅行の記念にね。楽しかったよね、また行こうよ」
「…うん、また今度ね」
***
―――カツカツカツカツ!
月奈は会社のバックフロアをすごい形相で歩いていた。
「おはよう、月奈…どうしたぁ?」
声をかけてきた同僚兼友人は月奈の顔を見てあんぐりと口を開ける。
「もう無理もう無理!無理だよおおお!」
「何がどうした!?」
突然泣きついてきた月奈にぎょっと肩が跳ねる。
「…皓のこと。もう、無理だよー」
爪の先まできれいに整えられた両手で顔を覆って、月奈は大きく息を吐いた。
2
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説

普通のOLは猛獣使いにはなれない
ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。
あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。
普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。

婚約者に嫌われているので自棄惚れ薬飲んでみました
カギカッコ「」
恋愛
フェリシア・ウェルストンとマックス・エバンズ、婚約している二人だが、ある日フェリシアはマックスから破談にしようと告げられる。不仲でも実はマックスを大好きな彼女は彼を忘れるために自分で惚れ薬を飲もうと当初は考えていたが、自分を嫌いなマックスを盲目的に追い回して嫌がらせをしてやろうと自棄になってそれを呷った。
しかし惚れ薬を飲んでからのマックスはどうした事か優しくて目論見が外れる始末。されど好きだからこそそれに乗じてと言うか甘んじてしまうフェリシアと不可解な行動を取るマックスの関係は修復されるのか、な話。
9話目以降はファンタジー強めの全13話。8話まで多少手直ししたのでもしかしたら9話以降との齟齬があるかもしれません。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

終わりにできなかった恋
明日葉
恋愛
「なあ、結婚するか?」
男友達から不意にそう言われて。
「そうだね、しようか」
と。
恋を自覚する前にあまりに友達として大事になりすぎて。終わるかもしれない恋よりも、終わりのない友達をとっていただけ。ふとそう自覚したら、今を逃したら次はないと気づいたら、そう答えていた。


大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる
月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。
小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。
お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜
Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。
結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。
ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。
気がついた時にはかけがえのない人になっていて――
表紙絵/灰田様
《エブリスタとムーンにも投稿しています》
無表情いとこの隠れた欲望
春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。
小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。
緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。
それから雪哉の態度が変わり――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる