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 来る日も来る日も退屈な日々。
  血腥ちなまぐさい戦場を駆け抜けてきた日々とは違い、平和ボケした東の小国での諜報活動という名の空虚な生活は、平坦で単調を体現したかのようになんの刺激もない。
 ビャクこと、本名ブラン・グエストルは、大国ヴィネージュの王弟に当たるラディアス公爵の息子であり、隣国バロアニア王女だった母方の血筋より 撃剣げっけんの類稀なる才を引き継いだ。
 戦争によってその領土を拡大して来たヴィネージュは、その国の成り立ちから国内の様々な場所で反乱分子が内乱を起こしこれを鎮圧する、そうした闘いの中でビャクは頭角を表した。
 そしてビャクはこれらの内乱鎮圧による戦において、己の剣の腕のみで歴戦の猛者である 一叢ひとむらを圧倒し、若くして誉高き栄誉騎士の称号を授かる。
 さらに内乱が頻発するヴィネージュは諸外国に攻め入る隙を与え、時はまさに乱世の時期を迎え、ビャクは血腥い戦場で 勇往邁進ゆうおうまいしんして剣を振るい、若くして将軍にまで上り詰めた。
 だがそこに来て、これを是としなかった軍部上層部の古参連中が暗躍し賊を 嗾けしかけ、ビャクはその際に用いられた禁呪によって、右半身の五感や筋力などを七割方奪われた。
 それは日常生活に支障はないものの、武人としては致命的な見えない傷を負わされた形になり、将軍という表舞台から引き摺り下ろされ、諜報機関〈キマイラ〉への移動を余儀なくされた。
「……また随分と寝覚めの悪い」
 ビャクは頭を抱えてゆっくりと体を起こすと、開いた手のひらの先の指をぱらぱらと動かして、情けない顔で苦笑する。
 剣を握る手を左に持ち替えて戦うことは造作もなかっが、半身が言う通りに動かないとこは様々な場所で支障をきたした。
 そしてそんな甥に対し、次は命を狙われると危惧した王からの勅命により、ビャクは将軍という肩書を捨てるより他ならなかった。
「……禁呪か」
 サイドテーブルに置いてあったボザット酒をグラスに注ぐと、ヤスナ入りした目的を思い浮かべる。
 諜報機関〈キマイラ〉に所属することとなったビャクは、東大陸を掌握する帝国アズナビアの動向を探るという名目とは別に、その身にかけられた禁呪の解呪方法を探るために国を出た。
 潜入先のヤスナには古く 蛇蝎だかつ呪術というものが存在し、ビャクの身にかけられた禁呪との関係性と、その詳細や術者を調査する目的が含まれていた。
 そしてハルやダキ、アザミを中心に、ヤスナに潜伏する関係者たちの暗躍により、蛇蝎呪術についての情報が集まって来て、 回生師かいせいしと呼ばれる術者にようやく接触を図ることが出来たのだ。
「ブラン様、宜しいでしょうか」
「構わん、入れ」
 部屋のドアをノックする音と共に、ビャクの元に一人の男が顔を出した。
「お休みのところ失礼致します。お連れ様が先ほどお目覚めになりました」
「そうか。分かった」
 ビャクは酒を飲み干してからボトルを掴んで立ち上がると、呼びに来た男に人払いを頼み、揺れの少ない船内の通路を進んでシグレが待つ部屋に向かう。
 ヴィネージュを目指して、まずは西大陸の南西部にあるドゥリッサという国から大陸入りするため、この船旅は大陸を大きく迂回する。
 そのため今回乗り込んだ貿易船は、物資を運ぶ貨物の貯蔵室以外にも、長い航海に耐え得るように、多くの乗組員がゆっくりと休むことが出来る船員室が多く設えられた大型船だ。
「入るぞ」
 返事を待たずにドアを開けると、寝台に寝そべって天井を仰ぐシグレの足元に腰を下ろす。
「気分はどうだ、シグレ」
「良いように見えるか? 無理やり気を失わせて拉致するって、どういう神経してんだよお前」
「ついて来ないなんて、つれないこと言うからだ」
「だからって暴力で解決すんなよ」
 シグレはまだ鳩尾の辺りに痛みがあるのか、起き上がる様子はなく、不快そうに顔を歪めている。
「問答してる猶予がなかったからな。起き上がれるなら酒を飲みながら話さないか。ヴィネージュの酒だ、飲んでみたいだろ」
「今度は物で釣ろうってか」
「船の長旅など初めてだろう。またすぐに眠れるように酒は飲んでおいた方が良い」
 シグレを抱き起こして腕の中に抱き留めると、愛しげに名を呼んで寝乱れた髪に口付けてから、すまなかったと詫びる言葉を続ける。
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