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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる
28 終
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「ヴィンセントっていろんな顔があるじゃないですか」
「そうね?」
レアード商会の本店にお邪魔してレース編みを楽しんでいると、新会頭のラニーが言った。メイヴィスはきょとんと頷く。彼は相変わらずだ。
「セクシーでかっこいい貴族のヴィンセント様」
「素敵ね」
「仕事のできる男前な商人、レアードさん」
「すごいわ」
「やんちゃでやらしいヴィンスくん」
「…まあ」
メイヴィスがちょっと頬を赤くして睨む。
ラニーは「ははっ」と笑った。
「どのヴィンセントが好きですか?とか聞こうと思ったけど、必要なかったですね」
ヴィンスくんが一番だって、とメイヴィスの背後に向けて告げる。――まさか。
「がお」
耳元で低く吠えられ、メイヴィスは慌てて耳を押さえて振り返った。もちろんそこにはとろりと甘く目を細めるヴィンセントが。ぷうと頬を膨らませて小さく睨む。
「かわいいな、メル」
大きな身体でどさりと横に腰を下ろして、長い脚を組む。
続いてジャレットが訊ねた。
「ヴィンセントは?どのお姫様が一番好きなんですか?」
「うーん?」
男は首を傾げて。
「メイヴェルもメイヴィスも愛しているけど、一番かわいいのはメルかもな」
悪戯っぽく笑った。
***
なにも奪いたくないし、辛い思いはさせたくない。ほしいものはすべて与えてやりたい。彼女が望むすべてを応援したい――。
「コリーンは立派な女騎士になっているかしら」
メイヴィスがそう言うから、東の騎士団は存続した方がいいと王国に進言した。
レアード軍は無傷で一団をクインシー領に返した。恩を仇で返して報復されたくなければ、せいぜい尽力すればいい。逃げることは許さない。
西の伯爵が議会に復帰して、王宮も変わった。
旧宮廷貴族の多くは爵位の降格または剥奪処分となり、力を失った。彼らに追随していた貴族たちも同様。
しかし王妃は変わらず健在だ。
国王に毒入りの茶を手配したと疑われた王妃だが、処分は下されなかった。
それもこれも、国王陛下が第二王子の生みの母を王宮に招き入れることを良しとしなかったからだ。王妃は産んでもいない王子の母となり、今度は自身が傀儡の妃として、発言権がないまま地位だけが与えられる。
「嬉しいだろう?」
王はそう言って笑った。
貴族たちの動向に目を光らせる国王陛下だが、自身はほとんど表に出てこようとはしない。国王代理として第一王子のジュリアスが奔走することとなる。
ジュリアスがどれだけ懸命に努力しても所詮は中継ぎ。恋人に刺された哀れな王子として、醜聞は利用され、罪人は幽閉されたまま生かされ続ける。
「王族への凶行とはいえ、愛の悲劇、いつか赦せる日がくるかもしれませんよ?」
西の伯爵はそう言うが、ジュリアスの心はすっかりサラから離れていた。
悲しそうな、非難がましい目が忘れられない。
ジュリアスはサラの屈託のない愛らしい笑顔が好きだったのであって、あんな幽鬼のような顔は見たくない。
傀儡の王子として育てられたジュリアスの歪さが、少女を煽て、追い詰めたということに気付かないまま。
『国王の忠実なる臣下』たるバーネット卿が復権して、レスターとジゼルの離縁は白紙に戻された。彼らの間には後継の問題が浮上する。
長女を失い、次女を騎士団に送り出して――さてどうするか。妾を取るか、養子を迎えるか。彼はもはや妻に愛を抱けない。
レスターへの愛を自覚したジゼルは嘆く。だが、残念ながら結果がすべてだ。彼女は夫に見放された。
「――結局、最後はまた候爵の一人勝ちじゃないですか?」
「そうかな?私は何もしてないよ?」
ヴィンセントの言葉にモンタールド候爵が笑う。
長く続いた冷戦の終結をきっかけに、王弟の亡命を受け入れ、各国に影響のある商会を育てて、辺境領を独立に走らせる。
結果、隣国は婉曲的に王国を操ることに成功した。
すべて彼の掌で転がされていたのでは、と思うときもあるが今更だ。ヴィンセントは目を瞑る。
「欲しいものは手に入りましたから、もはや構いませんけどね」
レアード公国はその後、山脈を越えた海側の王国領と併合してレアード大公国となった。
ロレンスは初代公主として、父と弟たちと共に国を治める。
レアードの民たちは陽気で明るい。近隣諸国と友好関係を築いた後は、美しい海と自然を生かし、観光産業に力を入れることになる。
陣頭指揮を執るのは公国の黒い宰相だ。
緑の濃い美しい景色の中で、全身黒を纏った背の高い男が鮮やかに立っている。
「メル」
声をかけると、その視線の先で白金色の髪の麗しい淑女が振り返った。
妖精のように美しい顔を花のように綻ばせ、宝石のような青い瞳を輝かせて。さらりと短い髪が揺れる。
「ヴィンス」
煌めくグリーンガーネットの瞳を光らせ、黒い獣がほくそ笑む。
「…美しい花は美しく堅牢な宝石箱に閉じ込めておかないと、な」
―――彼が手に入れたかったのは、何よりも大切で誰よりも愛おしい、白金色の至宝だった。
おしまい
「そうね?」
レアード商会の本店にお邪魔してレース編みを楽しんでいると、新会頭のラニーが言った。メイヴィスはきょとんと頷く。彼は相変わらずだ。
「セクシーでかっこいい貴族のヴィンセント様」
「素敵ね」
「仕事のできる男前な商人、レアードさん」
「すごいわ」
「やんちゃでやらしいヴィンスくん」
「…まあ」
メイヴィスがちょっと頬を赤くして睨む。
ラニーは「ははっ」と笑った。
「どのヴィンセントが好きですか?とか聞こうと思ったけど、必要なかったですね」
ヴィンスくんが一番だって、とメイヴィスの背後に向けて告げる。――まさか。
「がお」
耳元で低く吠えられ、メイヴィスは慌てて耳を押さえて振り返った。もちろんそこにはとろりと甘く目を細めるヴィンセントが。ぷうと頬を膨らませて小さく睨む。
「かわいいな、メル」
大きな身体でどさりと横に腰を下ろして、長い脚を組む。
続いてジャレットが訊ねた。
「ヴィンセントは?どのお姫様が一番好きなんですか?」
「うーん?」
男は首を傾げて。
「メイヴェルもメイヴィスも愛しているけど、一番かわいいのはメルかもな」
悪戯っぽく笑った。
***
なにも奪いたくないし、辛い思いはさせたくない。ほしいものはすべて与えてやりたい。彼女が望むすべてを応援したい――。
「コリーンは立派な女騎士になっているかしら」
メイヴィスがそう言うから、東の騎士団は存続した方がいいと王国に進言した。
レアード軍は無傷で一団をクインシー領に返した。恩を仇で返して報復されたくなければ、せいぜい尽力すればいい。逃げることは許さない。
西の伯爵が議会に復帰して、王宮も変わった。
旧宮廷貴族の多くは爵位の降格または剥奪処分となり、力を失った。彼らに追随していた貴族たちも同様。
しかし王妃は変わらず健在だ。
国王に毒入りの茶を手配したと疑われた王妃だが、処分は下されなかった。
それもこれも、国王陛下が第二王子の生みの母を王宮に招き入れることを良しとしなかったからだ。王妃は産んでもいない王子の母となり、今度は自身が傀儡の妃として、発言権がないまま地位だけが与えられる。
「嬉しいだろう?」
王はそう言って笑った。
貴族たちの動向に目を光らせる国王陛下だが、自身はほとんど表に出てこようとはしない。国王代理として第一王子のジュリアスが奔走することとなる。
ジュリアスがどれだけ懸命に努力しても所詮は中継ぎ。恋人に刺された哀れな王子として、醜聞は利用され、罪人は幽閉されたまま生かされ続ける。
「王族への凶行とはいえ、愛の悲劇、いつか赦せる日がくるかもしれませんよ?」
西の伯爵はそう言うが、ジュリアスの心はすっかりサラから離れていた。
悲しそうな、非難がましい目が忘れられない。
ジュリアスはサラの屈託のない愛らしい笑顔が好きだったのであって、あんな幽鬼のような顔は見たくない。
傀儡の王子として育てられたジュリアスの歪さが、少女を煽て、追い詰めたということに気付かないまま。
『国王の忠実なる臣下』たるバーネット卿が復権して、レスターとジゼルの離縁は白紙に戻された。彼らの間には後継の問題が浮上する。
長女を失い、次女を騎士団に送り出して――さてどうするか。妾を取るか、養子を迎えるか。彼はもはや妻に愛を抱けない。
レスターへの愛を自覚したジゼルは嘆く。だが、残念ながら結果がすべてだ。彼女は夫に見放された。
「――結局、最後はまた候爵の一人勝ちじゃないですか?」
「そうかな?私は何もしてないよ?」
ヴィンセントの言葉にモンタールド候爵が笑う。
長く続いた冷戦の終結をきっかけに、王弟の亡命を受け入れ、各国に影響のある商会を育てて、辺境領を独立に走らせる。
結果、隣国は婉曲的に王国を操ることに成功した。
すべて彼の掌で転がされていたのでは、と思うときもあるが今更だ。ヴィンセントは目を瞑る。
「欲しいものは手に入りましたから、もはや構いませんけどね」
レアード公国はその後、山脈を越えた海側の王国領と併合してレアード大公国となった。
ロレンスは初代公主として、父と弟たちと共に国を治める。
レアードの民たちは陽気で明るい。近隣諸国と友好関係を築いた後は、美しい海と自然を生かし、観光産業に力を入れることになる。
陣頭指揮を執るのは公国の黒い宰相だ。
緑の濃い美しい景色の中で、全身黒を纏った背の高い男が鮮やかに立っている。
「メル」
声をかけると、その視線の先で白金色の髪の麗しい淑女が振り返った。
妖精のように美しい顔を花のように綻ばせ、宝石のような青い瞳を輝かせて。さらりと短い髪が揺れる。
「ヴィンス」
煌めくグリーンガーネットの瞳を光らせ、黒い獣がほくそ笑む。
「…美しい花は美しく堅牢な宝石箱に閉じ込めておかないと、な」
―――彼が手に入れたかったのは、何よりも大切で誰よりも愛おしい、白金色の至宝だった。
おしまい
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