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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

26 ヴィンス

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「おや、お姫様はどうした?」

「少しやり過ぎてしまいました」

「ふうん?」


モンタールド外務大臣はにやにや笑う。
ヴィンセントがすすっと彼から離れると、ぽんと肩を叩かれた。

「仲が良くてなによりだ」

てっきりからかわれるかと思っていたヴィンセントは拍子抜けだ。

「…ありがとうございます」


「王都に残った組合員に援助金を融通していたって?」


葉巻を一本差し出される。


「増税の還付分だけです。王都を出た職人たちには原則増税はしない手筈でしたし」


受け取った葉巻をとんとんと叩いて、吸い口を切り、火をつける。

大臣の好む葉巻はスパイシーで味がきつい。彼から葉巻を教わったヴィンセントも同じようなタイプを好むようになってしまった。


「やりすぎじゃないか?慈善事業じゃないんだぞ」

「商会が抱える組合員ですから。身分や国籍によって違いがあったらだめでしょう」

「王国もなあ、正直そこまでお膳立てする必要もなかったと思うが」

「なるべくしてなった結果です。西の伯爵も善意だけで第二王子を擁していたわけではないだろうし、どうせなら恩を売っておきたい」

「それはレアードのためか?」

「いえ、自分のためです。メイヴィスを守れるだけの力がないと困る」

「こっちに来ればどうとでもしてやるのに、レイ殿下のように」

「それじゃあだめです。欲しいものは自分で手に入れるからこそ意味がある」


「…お前のその妙な自己犠牲精神はなんだろうね。普段ふてぶてしいくせに、変なところで健気だから困る。軍育ちだからか?それとも私の育て方が間違った?」


モンタールド外務大臣が煙を吐き出す素振りで溜息をついて、ヴィンセントは小さく笑った。



***
レアードは海に面した街だ。
戦禍もあったが、交易の恩恵も受けていた。
特に隣国との戦いが終結した後は取引量も増え――当時のレアードは戦後の逼迫した時期で、足元ばかり見られる。異国の商人たちに売りつけられる方が圧倒的に多かった。


レアードは軍需産業の名残で鉄工業を営む者も多く、そこから派生して、硝子や陶器を扱う窯業も発展した。幼いヴィンセントはそこに目をつけた。

職人たちが作る美しい品々を買い上げ、港で行商人たちに売りつける。

見よう見まねの商いなんてうまくはいかない。
門前払いばかり食らっても、ヴィンセントは持ち前の悪童精神でめげずに突撃を繰り返し、中にはおもしろがって買い上げる商人もいた。

売れ残って在庫ばかり抱えても、ヴィンセントは決して職人たちに下げ戻したりはしなかった。それを見て、領主様の三男坊が何をやってるんだ、と力になってくれる領民も増えていく。


『品はいいんだよ、品はね』


商人たちと喧嘩して、職人たちに宥められたヴィンセントは港でふてくされていた。そこに声をかけてきたのが、一等大きな船で乗りつける身なりのいい男だ。

ヴィンセントは彼を知っていた。隣国の貴族だ。


『これを二束三文で買って、商人たちはどうすると思う?付加価値をつけてもっと高い値段で売るんだよ。もしくは量を集める。百とか千とかね』

『っ、そうか…!!』

『うんうん、子供のくせに賢いね』


それがモンタールド侯爵との出会いだ。
彼の無理難題を職人たちと協力し合って応え、扱う商品の質が上がる毎に他の行商人との関係も改善されていった。


『え、うそでしょ。辺境伯の三男だったの?』


あるとき領主のところに用があると言うから、令息として出迎えたら驚愕された。

当時のヴィンセントは窯元に頻繁に出入りするせいでどこか薄汚れていて、しかもずっと城下の軍部で過ごしていた。その変貌ぶりに驚くのも無理はない。

このサプライズがお気に召したらしい。
侯爵はヴィンセントをお抱えの御用聞きとして重用した。


ヴィンセントは同じ年頃のラニーとジャレットを誘って商会を立ち上げた。
彼らは先の内乱で親を失った孤児だ。軍に携わるのもいいが、他の選択肢があってもいいと思った。

商売の幅が広がり、他国から仕入れたものも売るようになると、貴族や裕福な者を相手にすることも増えた。ヴィンセントは辺境伯の三男だ、縁はいくつもあった。

貴族らしく上品で、悪童の小生意気さがあるヴィンセントは、年上のマダムたちからよく可愛がられた。そのうち、贔屓にしてやるから閨に来い、と誘われようになり、ヴィンセントは『約束は破らないでくださいよ』と念を押して応じた。


けれどラニーとジャレットには呆れられ、侯爵には怒られた。


『あのね、その方法もないとは言わないけど、使い所を間違っちゃいけないよ。餌を撒くなら別のやり方がある。雌の相手なんて他に任せればいい』


ヴィンセントにとっては自分も商品のひとつだった。そんなことで商会が大きくなるのなら容易いと思っていた。
それにヴィンセントの中にはメイヴェルという女神がいる。他の女なんてどれも同じだ。


『ちょうど来年進学だろう?こっちの国に留学においで。貴族としても、商人としても、たくさん学べばいい。他国との繋ぎを作るのもいいよね、お膳立てしてあげる。もちろんレアードには定期的に帰ってくればいい。船は出すよ』


侯爵の誘いに乗り三年間隣国に留学した。
その間、商会はラニーとジャレットに任せ、ヴィンセントは隣国で伝手を広げた。

侯爵からの教えは多岐に渡り、さらに侯爵の娘からもヴィンセントは商才を刺激された。

また、侯爵からレイモンドを紹介され、元王弟と辺境伯の橋渡しをすることになる。国内外の情勢を知ることで貴族としての力も磨かれ、ヴィンセントにとって大きな三年間となった。


王国に戻ったヴィンセントは、すぐさま王都への攻略をはじめる。国内の対立する商会を尽く吸収するか潰すかして、王都への足掛かりとした。行商ルート確保のため、ポイント地点には支店や重要施設を配置した。

商会の打診に個人的な要望を擦りつけてくるマダムたちは適当に利用させてもらった。寝台の上の振る舞いも隣国での経験が役に立つ。


商会との繋がりを強固にするため、貴重な技術を守るため、めぼしい職人には商業組合に参加してもらった。
南の地では好意的だったこの制度も、中央に向かうにつれ、理解されないことも増えていった。職人の囲い込みだ、商品の買い占めだ、と声高に叫ばれて、その通りだと笑う。

南の地では自領の品を他国に売ってきたが、王都では他国の品がよく売れた。レアード商会が影響力を増す毎に、ヴィンセントは悪徳商人と言われることが増えていった。

その通りだ、決して善行などしていない。


ヴィンセントの目標はメイヴェルだ。
もう一度メイヴェルに相見えるためだけに力をつける。

妖精のように美しかった少女はひとつも色褪せないまま立派に成長していた。隣国で、王都で、影からその姿を見る度に惚れ惚れとした。彼女のすべてが美しい。

けれどもその表情はいつも悲しみに満ちていた。


何に憂いているのか。
どうしたらその心が晴れるのか。

あのときあの花園ですぐにでも彼女を捕まえていたら、あのまま笑っていたんじゃないか――。


考えても詮無いことが心を過り、ヴィンセントはずっとざわめく胸中を抱えてきた。
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