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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

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「――ジュリアス、お前が次の王です」


王妃に呼び出されたジュリアスは突然そう言われて面食らった。


「私は第一王子ですので」


胸に手を当てて答えると満足そうに頷かれる。


「そうよな」



***
レスターは侯爵としての後始末を済ませると、ベルナルドに言われた通り、レアード商会を訪ねて西の伯爵の元へと向かった。

黒馬は足が早い。快調に進む道程に感嘆するがあまりにも順調すぎると訝しむ。街並みは整然とし、人々も穏やかだ。

結局、西の伯爵領には二日程度で辿り着いた。


「ようこそいらっしゃいました、バーネット卿」

「伯爵」


腑に落ちない顔のレスターを見て、好々爺が快闊に笑う。


「レアードの慧眼は恐ろしいですな」


聞けば、レアード領と協力体制を結ぶ各地はレアード商会が抱える組合傘下の職人たちを自領で受け入れて、その上さらに応援と称してそれぞれにレアード軍の部隊が配備され、治安維持に努めている。

支店のある街はもっと大きな部隊が駐留しているそうだ。


「レアードは本気で開戦する気でしょうか?」

「いやそれはない。レアードは守るためにしか牙を剥きませんよ」

そして、守る必要のないものには背を向ける。

「さてバーネット卿、あなたがここに来てくれて大変ありがたい。是非お目通り願いたいのだ。『国王の忠実なる臣下』であるあなたに」

「伯爵、その称号はすでに失っております」

「どうでしょう。捨てたくても捨てられないものだってありますよ」



***
王宮は議会の決定として、東の騎士団の派兵を指示した。

騎士の装具を身につけたコリーンは緊張に顔を白くさせる。実力の伴わない自分までも騎士として出陣するとは思わなかった。
けれど行けないなどと言えない。周囲の熱量に鼓舞され、コリーンも気合いを入れる。

青い顔をして倒れそうなのはジゼルの方だった。

向かう先は南のレアードではなく、各地に散らばる関係先だ。意表を突いたつもりの騎士団は、ところがすでに逗留していたレアード軍に呆気なく捕縛される。


「無力な一般人を狙うなんて武人を名乗る価値もない」


騎士団に与えられた指示はレアードに寝返った各地への威圧行為だった。


「私たちをどうする気だ!」

「どうにもしない。我々は軍律にも信念にも背かない」


長く国を守るために最前線で戦っていたレアード軍にとって、安全な場所で培養された女騎士など話にならない。



***
「……どうせこんなことだろうと思ったが」


国王陛下は不協和音を奏でた。


「陛下、どうされました!?」


今まで一度も訪れのなかった王が議場に現れ、宮廷貴族たちがぎょっとする。


「どうもせぬ。我がいるとなにか不都合が?」

「滅相もございません」


王は上段の玉座に腰を下ろして宮廷貴族たちを睥睨する。常日頃、茫洋として傀儡の王に甘んじている国王が不愉快そうに目を眇めている。


「聞きたいことがあってな。東の騎士団を使ったのか?」


王の問いかけを貴族たちが認める。


「我はそのような指示は出しておらぬ」

「恐れながら、議会で決定いたしましたゆえ」

「我は許可しておらぬ」


「どういたしました、陛下。いつもなら私どもに意見を委ねていただけるではありませんか」


国王は声を上げた貴族に視線を向ける。


「意見ならな」

「ですから…」

「意見だけだ。いつからお前たちは我の許可なく武力を行使する権を得たのだ」


議場がざわつく。


「王意に反して出兵したな?」


「とんでもございません!!」


貴族たちが叫ぶ。


「お待ちください、陛下。そうではございません。反乱分子の芽を押さえることは、国のため、ひいては王のためです」

「王のため、か」

「そうでございます」


「誰が王ぞ?」


その問いに議場が一瞬無言になった。


「誰が王ぞ。誰だ、なあ?」

「…国王陛下、あなた様でございます」

「そうだ、我だ。我が王ぞ。なぜ我に反する」

「反するなどと…!私どもは国のためを思って動いております!どうされたんです、いつもは臣下の言葉にもっと耳を傾けていただけるじゃありませんか」


玉座で足を組んだ王がくつりと笑う。


「お前らのやり方にはほとほと嫌気が差したのだ」


ぐるりと眼下の貴族たちの顔を見回す。
全員、昔からよく王の側をうろついていた。


「この結果はすべて自業自得であろう?既得権益に縋って、邪魔になる者を排除した結果だ。我の派閥は愚図の集まりだったということ」


「な……っ!?」

「私どもをそんな風にお思いでしたか!」

「おや、違ったか?」

「落ち着いてください、陛下。言葉が過ぎます。今回の件は議会にも非があります。なので、どうかその辺りでお治めを…」


年嵩の貴族が頭を下げる。国王は笑った。


「何を言う、非しかないであろう?」


ぐっと言葉に詰まったその貴族は「…恐れながら」と続ける。


「恐れながら、陛下、あなたには背信行為の疑念がございます」

「ほう?なぜ?」

「議会を愚弄し、国から独立しようとするレアードとその協力者たちを肯定されておりますので」

「我はレアードの独立を認めているからな」

「国としては大きな損失です。認められません」

「レアードはどうせ止めても止まらぬぞ。ならば、よき隣人として友好を深めよう」

「それが背信に値すると言っているんです!」


「――それで我を害そうとしたのか」


国王は艶然と微笑んだ。


「何、不思議でな。今日は茶が不味くて仕方がない。侍女に茶葉を変えたのかと聞いたらそうだと言うから、戻してくれと言ったらできないと言うんだ。王が茶ひとつ選べない。おかしいだろう?」


議場が凍りつく。


「そういえば、あれも昔、茶が不味くて仕方がないと嘆いていた。我は今日まで不味いと思ったことがなかったからわからなかったんだが」


生活感のない高貴な面でくすくすと笑う。


「この沈みかけた泥舟でどこまで行けるか試してみようと思ったが、それもここまでよな」


「陛下、それは……」


国王陛下はにっこりと微笑んだ。


「反乱分子や造反組には対処せねば、だろ?」
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