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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる
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「……あ、」
ベラの大きな腹に手を当てていたメイヴィスは、ぴくんと波打つ感触に青い瞳をぱっと丸くさせる。
「いま動きました!」
「うふふ、そうねえ」
おなかの子の躍動よりもメイヴィスの反応の方がかわいらしくて、ベラはにこにこと笑った。
「メイヴィス、ここはどうするの?」
隣のソファーに腰かけていたアミラが編みかけのレース片手に問いかける。
「一度ここで糸を留めて、こちらからまた編みはじめます」
「まあ、そうなのね」
メイヴィスが考えたデザインのレースを編んでもらっていた。アミラは器用ですいすいと針を進める。
「そうじゃないの、こうよ。こうするの」
「えええ、どう違うかわかんないよ」
「わたしもー!」
「もう…。ごめんなさいメルちゃん、ちょっとお手本を見せてもらっていいかしら?」
近くのテーブルでは、ケイトが二人の子相手にお茶会マナーを教えていた。
笑顔で了承したメイヴィスはすっと立ち上がると淑女らしく一礼し、美しい所作で見本となってみせる。メイヴィスのマナーは王家直伝だ。子供たちから歓声が上がる。
「おや。これは麗しい集いだな」
「よし、一番かわいい子を捕まえてこよう」
部屋を訪れたロレンスが目を丸くし、にっこり笑ったファレルが子供たちを追いかける振りをして、ベラを捕まえる。
一気に賑やかになった室内をにこにこと眺めていると、メイヴィスの隣に大きくて黒い男がするりとやって来た。柔らかい声が告げる。
「美しいお嬢様、おひとりですか?」
「いいえ。旦那様を待っていたの」
「へえ、それは妬けるな」
メイヴィスとヴィンセントは顔を見合わせて、くすくすと笑った。
***
マヤが客間に王弟殿下の花を飾ってくれた。
メイヴィスは白い絹糸を使って、なんとかレースのデザインに起こせないかと悪戦苦闘している。
白い星形の花は桔梗というらしい。はじめて聞く名前だった。
メイヴェルが子供の頃、王宮にあった王弟殿下の花園で目にしたときも不思議な花だと思った。
母が育ててくれていた華やかな花たちとは違い、素朴で、でも凜としてかわいらしい。
バルコニーのカーテンがそよいでいる。
外は雨が降っているらしく、湿気と潮と濃い緑の匂いが風に乗ってメイヴィスの元まで届く。
―――あの日、幼いメイヴェルは父とはぐれてしまった。けれど夢中で白い星形の花に見入っていた。しゃがみこんで、花に顔を近づけて。
『何て名前なのかしら…』
『――誰の?』
ぽつりと呟いた言葉に返事があって、メイヴェルはぱっと顔を上げた。長い白金色の髪がさらりと流れる。
見上げた先には、波打つ黒髪に大きな緑の瞳の少年がきょとんと立っている。
どこを通って来たのか、きれいな顔が土で汚れていて、メイヴェルはぱちと目を瞬かせた後、ふふっと零れるように笑ってしまった。
その後すぐに探しに来た父に声をかけられたのだけれど――。
「――…メル、メル起きて」
肩を揺すられて、メイヴィスははっと目を覚ます。
いつのまにか意識が落ちていたようだ。
顔を上げると、にこと微笑むヴィンセントの姿。
肩に置かれたままの手が持ち上がって、耳の後ろを滑り、短い白金色の髪をくしゃりと撫でる。
緩く波打つ艶やかな黒髪に、煌めくグリーンガーネットの瞳。ああ…。
ぼんやりとヴィンセントを見上げるメイヴィスがまだ眠気と戦っていると思ったのだろう。メイヴィスの膝から編みかけのレースを取り上げて、そのまま逞しい胸に引き寄せられる。
「ねえ、ヴィンス…」
「ん?」
胸腔を通して、低くて心地のいい声が返る。
「わたくし、あなたと会ったことがあるわ」
ヴィンセントは不思議そうにきょとんと目を丸くした。メイヴィスは思わず笑ってしまう。
案外滑らかな頬を両手で包み、密やかに告げる。
「あなた、頬に泥をつけていた。どんな悪戯をしていたの?」
「…まいったな、そんな情けないところを見られていたのか?」
難しい顔をしていないときのヴィンセントは、意外にもころころと表情が変わる。
大きな口を開けて声を出して笑うし、気に入らないことがあればすぐに眉間に皺を寄せる。何を言わなくたって、企みがあるときは緑の瞳を煌めかせているからすぐわかる。
そして、メイヴィスを見つめる瞳はいつもとろりと甘やかだ。
それは胸の底をくすぐられているような心地で、メイヴィスはついつられて笑ってしまう。うれしい。楽しい。ヴィンセントと一緒にいると安心する。くっついていると幸せだ。
「ヴィンス」
気付けば、もうずっとヴィンセントのことが。
「――好きよ」
メイヴィスは細い腕を伸ばして、ヴィンセントの頭を引き寄せるように抱き締めた。
ベラの大きな腹に手を当てていたメイヴィスは、ぴくんと波打つ感触に青い瞳をぱっと丸くさせる。
「いま動きました!」
「うふふ、そうねえ」
おなかの子の躍動よりもメイヴィスの反応の方がかわいらしくて、ベラはにこにこと笑った。
「メイヴィス、ここはどうするの?」
隣のソファーに腰かけていたアミラが編みかけのレース片手に問いかける。
「一度ここで糸を留めて、こちらからまた編みはじめます」
「まあ、そうなのね」
メイヴィスが考えたデザインのレースを編んでもらっていた。アミラは器用ですいすいと針を進める。
「そうじゃないの、こうよ。こうするの」
「えええ、どう違うかわかんないよ」
「わたしもー!」
「もう…。ごめんなさいメルちゃん、ちょっとお手本を見せてもらっていいかしら?」
近くのテーブルでは、ケイトが二人の子相手にお茶会マナーを教えていた。
笑顔で了承したメイヴィスはすっと立ち上がると淑女らしく一礼し、美しい所作で見本となってみせる。メイヴィスのマナーは王家直伝だ。子供たちから歓声が上がる。
「おや。これは麗しい集いだな」
「よし、一番かわいい子を捕まえてこよう」
部屋を訪れたロレンスが目を丸くし、にっこり笑ったファレルが子供たちを追いかける振りをして、ベラを捕まえる。
一気に賑やかになった室内をにこにこと眺めていると、メイヴィスの隣に大きくて黒い男がするりとやって来た。柔らかい声が告げる。
「美しいお嬢様、おひとりですか?」
「いいえ。旦那様を待っていたの」
「へえ、それは妬けるな」
メイヴィスとヴィンセントは顔を見合わせて、くすくすと笑った。
***
マヤが客間に王弟殿下の花を飾ってくれた。
メイヴィスは白い絹糸を使って、なんとかレースのデザインに起こせないかと悪戦苦闘している。
白い星形の花は桔梗というらしい。はじめて聞く名前だった。
メイヴェルが子供の頃、王宮にあった王弟殿下の花園で目にしたときも不思議な花だと思った。
母が育ててくれていた華やかな花たちとは違い、素朴で、でも凜としてかわいらしい。
バルコニーのカーテンがそよいでいる。
外は雨が降っているらしく、湿気と潮と濃い緑の匂いが風に乗ってメイヴィスの元まで届く。
―――あの日、幼いメイヴェルは父とはぐれてしまった。けれど夢中で白い星形の花に見入っていた。しゃがみこんで、花に顔を近づけて。
『何て名前なのかしら…』
『――誰の?』
ぽつりと呟いた言葉に返事があって、メイヴェルはぱっと顔を上げた。長い白金色の髪がさらりと流れる。
見上げた先には、波打つ黒髪に大きな緑の瞳の少年がきょとんと立っている。
どこを通って来たのか、きれいな顔が土で汚れていて、メイヴェルはぱちと目を瞬かせた後、ふふっと零れるように笑ってしまった。
その後すぐに探しに来た父に声をかけられたのだけれど――。
「――…メル、メル起きて」
肩を揺すられて、メイヴィスははっと目を覚ます。
いつのまにか意識が落ちていたようだ。
顔を上げると、にこと微笑むヴィンセントの姿。
肩に置かれたままの手が持ち上がって、耳の後ろを滑り、短い白金色の髪をくしゃりと撫でる。
緩く波打つ艶やかな黒髪に、煌めくグリーンガーネットの瞳。ああ…。
ぼんやりとヴィンセントを見上げるメイヴィスがまだ眠気と戦っていると思ったのだろう。メイヴィスの膝から編みかけのレースを取り上げて、そのまま逞しい胸に引き寄せられる。
「ねえ、ヴィンス…」
「ん?」
胸腔を通して、低くて心地のいい声が返る。
「わたくし、あなたと会ったことがあるわ」
ヴィンセントは不思議そうにきょとんと目を丸くした。メイヴィスは思わず笑ってしまう。
案外滑らかな頬を両手で包み、密やかに告げる。
「あなた、頬に泥をつけていた。どんな悪戯をしていたの?」
「…まいったな、そんな情けないところを見られていたのか?」
難しい顔をしていないときのヴィンセントは、意外にもころころと表情が変わる。
大きな口を開けて声を出して笑うし、気に入らないことがあればすぐに眉間に皺を寄せる。何を言わなくたって、企みがあるときは緑の瞳を煌めかせているからすぐわかる。
そして、メイヴィスを見つめる瞳はいつもとろりと甘やかだ。
それは胸の底をくすぐられているような心地で、メイヴィスはついつられて笑ってしまう。うれしい。楽しい。ヴィンセントと一緒にいると安心する。くっついていると幸せだ。
「ヴィンス」
気付けば、もうずっとヴィンセントのことが。
「――好きよ」
メイヴィスは細い腕を伸ばして、ヴィンセントの頭を引き寄せるように抱き締めた。
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