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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

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王宮の中心部から異国の音色が響いていた。


「いつもながら見事な腕前ですね」


腰高の出窓で膝を立てて座り、弦を操っていた男が突然の闖入者に驚きもせず密かに笑う。


「すばらしいだろう、年代物の胡琴だ。弦絹を張り直してみた。どうだ?」

「美しい音色でございます」

「レアードの輸入品よ。あれはすごいな、他国の品を易々と扱う」


独特な音が鳴り続けている。


「あれの後ろには何がいると思う?」

「さあ。存じ上げません」


くっ、と短く笑い、男は弦楽器を横に置いた。
薄茶色の髪が流れて、生活感のない高貴な面が上げられる。


「何用よ、王家の忠臣が」

「陛下は政務をされていたのではないのですか」

「うん?我の政務はこれよ」


バーネット侯爵へ向けて、国王陛下はくすくすと笑った。


「我は玉座に座る操り人形。知っているであろう?」

「力及ばず、誠に申し訳ございませんでした」

「よい。我は臣下の意見を尊重する。何事も翻したりはせぬ。それで、お前の用向きはなんぞ」


レスターは両膝をついて臣下の礼を取る。それだけで国王はまた笑った。


「ほう、忠臣が爵位と称号を捨てるか?」

「…大変申し訳ございません」

「よいよい。言っただろう、我は臣下の意見を尊重する。何事も翻したりはせぬ」


一筆認めればいいのか、と国王はその辺に散らかしていた五線譜の裏にさらさらとペンを走らせる。


「レスター」


乱雑な、しかし、この国で最も尊い署名の入った紙を差し出して言う。


「悪かったな、いろいろと」

「…いえ。こちらこそ至らぬ忠臣だったのです」


国王はふんと笑って、今度は壁にかけられた別の弦楽器を手にした。


「あれは花。我は楽器。大した違いはなかったはずなのに、この結果はなんだろうな」


先程とは違う弦を振り上げる。


「餞別だ、一曲聞いていけ」


「ジェラルド陛下」


レスターは跪いたまま問いかけた。


「西には何があるんですか?」


振り返った国王は壮絶に微笑んだが何も答えず、ただ美しく提琴を奏でた。



***
ようやく登宮したバーネット侯爵が正式に議会からの離脱を表明した。さらにその後、国王陛下に爵位返上を申し入れたという。


その噂が事実だと認められるや、社交界は騒然となった。


「バーネット家といえば古くからの王族信奉派の筆頭だ。その侯爵が爵位を手放したと言うことは、本気で王家を見限ったということか」

「それはそうだ。いくら侯爵でもあれだけのことをされて黙っているはずがない。むしろ遅すぎるくらいだ」

「バーネット卿はさてどうするのか。今後の身の振り方が見物だな」

「爵位を返上したんだ、卿はもう貴族ではない。自ら舞台から降りたんだぞ、彼にもう影響力はない」

「そうだ、掌を返しておいて何が王族信奉派だ。これからは我らが新しく王を支えようじゃないか」


宮廷貴族のパワーゲームは混迷を極めた。混乱は王宮の外にも広がっていく。王都が揺れる。


その一報はレアードの地にも届いた。


「お父様が……!?」


メイヴィスは息を飲んで顔色を無くす。

ベルナルドが「ふむ」と唸った。


「そうか。バーネット卿がついに決断したか」

「そろそろだな」


ヴィンセントも笑みを深める。


―――レアードからやり取りされる手紙には白い星形の花が刻まれていた。それこそが独立肯定派の象徴だ。


辺境領からの根回しが進むにつれ、噂が噂を呼び、事態が表面化しはじめる。

乗り遅れた貴族たちは慌てて情報をかき集め出す。
『白い星の花』――どうやらそれが重要な手がかりのようだと判明しても、彼らには見当もつかない。なのに平民街の末端の貧民ですら『白い星の花』を知っていると聞けば、ますます狼狽する。

中には「私も白い星の花を知っているぞ!」と嘯く者も現れ、それどころか偽物の印が出回る始末。もちろんそんな嘘はすぐにばれる。そして警戒される。
商人たちの情報秘匿に対する意識はまるで隠密のように徹底されていた。


宮廷貴族たちは何もできず、ただ指を咥えて眺めるばかり。


その間、王は何もしなかった。


どれだけ貴族たちが惑乱し、民たちが動揺しようとも、不穏な動きがあろうとも、何も行動しなかった。

そして白い星形の花の話を聞くや、玉座で漫然と笑む。


「へえ、懐かしいな」


仰天したのは宮廷貴族たちだ。

なんと王はその意味を知っている。慌てて詰め寄っても、「知らないのか?」と微笑むばかりで何も言わない。

煮えきらない態度に苛立ちを覚える者も出る。王はくすりと笑った。


「よいよい。我は臣下の意見を尊重するぞ?」

「いいえ、陛下。それには及びません。早まりなさるな」


年嵩の貴族が跪いて場を取り成し、王はつまらなさそうに頬杖をつく。


「――なんだ、残念だな」


それからほどなく、南の辺境領が独立の宣言を発令した。

同時に、志を同じくする各地がレアードに賛同し、同盟を結んだことを発表する。その中には西の伯爵領も含まれていた。遠くない未来、彼らもまた王国からの独立を選択するだろうことは明らかだった。


新生レアードが表明した書面には、白い星形の花の刻印が刻まれていた。
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