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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

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「ヴィンスはどこに住むんだ?もうずっとこっちにいるんだろう?」


ファレルの質問に「ああ、そうだ」とヴィンセントがジャレットを見る。


「ジャレット、すぐに住居の手配を頼みたい」


「なぜだ?ここに住めばいいだろう、お前の部屋はまだ残っているし」

「夫婦で住むなら新しい部屋を用意しよう。この宮にも部屋はたくさんあるし――」


「いや、東の館があるだろう。そこを使えばいい」


三兄弟のやり取りをベルナルドが一刀した。


「暮らしやすいよう好きなだけ改装していい。手配はできるだろう、ジャレット?」

「もちろんです」


ジャレットが即答する。
戸惑ったのはヴィンセントだ。


「待ってください、父上。東の館は辺境伯の所有ですよ」

「ああ。私はお前に辺境伯の爵位を譲ろうと考えている」


父の言葉にヴィンセントは息を飲んだ。メイヴィスもだ。


「爵位は領主の権とともにロンに継承されるはずでは…?」


困惑した視線をロレンスに向けるが、長兄は黙ったまま何も言わない。沈黙が満ちる。


「私は辺境伯であり、レアード領の領主であり、軍の総司令官だった」


ベルナルドの深い声が響いた。

南の国境を守るレアード卿は、貴族であり、領主でありながら、軍人としてその頂に立ってきた。長い間ずっとそれが慣例だった。


「しかし私には息子が三人いる。領主をロレンスに、総司令官という地位をファレルに譲った今、爵位はヴィンセントに譲るのが筋だろう」

「…………」


ヴィンセントは顔を険しくする。
その手にそっと細い手が触れた。横を見れば、顔色の悪いメイヴィスが。


「父上、それは受け入れられない」

「なぜだ?」

「爵位は無用だ。オレはメルに負担をかけたくない」


ベルナルドはメイヴィスに目を向けた。


「確かに、メイヴィスの事情を省みれば厄介だろうが、お前の商売には役立つだろう?」

「どうだかな」

ヴィンセントが吐き捨てる。


「あの」


メイヴィスが悲壮な顔をして声を上げた。
ゆらゆらと揺れる視線が二人の幼子たちとベラの大きなお腹を往復する。


「ヴィンスが辺境伯を継承するなら、わたくしでは、その……っ」


小さな桜色の唇がむにっと塞がれた。

ヴィンセントの大きな手で顎を掴まれ、親指で愛でるようにむにむにと潰される。突然の暴挙にメイヴィスは目を剥いて、「あら仲良しね」とアミラが微笑む。


「父上。この件も含めて、後で話がしたい」


ヴィンセントが鋭い声で言った。



***
晩餐会はなんとか穏やかなまま無事に終わった。


「――それで?」


鋭い双眸と目尻に刻まれた皺がテーブルランプの光に浮かび上がる。ベルナルドは重い声で問いかけた。


「話とはなんだ」


場所を変え、ベルナルドとヴィンセントは領主の書斎で向かい合っていた。

タイを抜いて襟元を寛げたヴィンセントが小さく息を吐く。


「まず、メイヴェルは第一王子から一方的に婚約破棄されている」

「ああ、知っている」


ベルナルドが認める。


「オレは王子も王家も許すつもりはない。王家から賜った爵位など業腹だ。継承したとしてすぐに返上するぞ」

「それでは子供の癇癪ではないか」

ヴィンセントは一度瞼を閉じて、それから真っ直ぐ父を見上げた。

「…メルは王妃教育の過度な心労で、女性機能に不安がある。本人は子ができないと思っているんだ。わざわざ余計な負担をかけるようなことはしたくない」


予想もしていなかった告白に、ベルナルドはぎょっと目を剥いた。


「なんとそれは…希望もないのか?」

「わからない。けどオレ個人としては、子がいようがいまいがどちらでもいいんだ。でもメルは違うだろう。せっかく自由になったのに、後継のことで煩わせたくはない」

「そうか……」


沈黙が落ちた。しばらくの後、辺境伯は腕を組んだ。


「そういった事情ならば、爵位については考え直す」


目を瞑り、ぐっと眉を顰める。


「――…王家か」


「父上」


ヴィンセントが居ずまいを正した。


「何度も言うが、オレは王子も王家も許せない。報いてやりたいと思うし、そのためにすでに手を回している。だから、オレを王家に仇なす者とするならば、いますぐここで処断してくれ」

「…お前は何を言っているんだ」


ベルナルドが唸る。


「そうおかしなことでもないだろう?オレはレアードを名乗ってはいたが、領や貴族のことは何も関わってこなかった放蕩息子だ」

「だからそれが馬鹿げたことだと言っている!」


ベルナルドは顔を上げて声を張った。


「でかいの二匹もそこにいるんだろう、入ってこい!」


書斎の扉が開いて、のそりとロレンスとファレルが顔を覗かせる。


「おいヴィンス、オレも爵位はいらねえぞ」

開口一番そう言ったのはロレンスだ。


「ほらみろ、ヴィンスのお願いなんてろくなもんじゃない」

続いてファレルが笑う。


「盗み聞きか?」


しかしヴィンセントは兄二人がどこかで話を聞いているだろうと予想していた。驚きはない。


「だが確かにヴィンスはバカだな。父上がそんなこと了承するわけがないだろう?」


ヴィンセントの座るソファーの背凭れに手を乗せて、酷薄に笑むファレルが高いところから見下ろす。


「ずっと大切に見守ってきた子がひどい扱いを受けたんだ、腹が立つよな。お前のことだ。もう他の貴族も巻き込んでいるんだろう?」

「なあ、父上。オレたちはガキだったけどあの頃のことを忘れてねえぞ?」


空いたソファーにどかりと腰を下ろして、ロレンスが肘をついて低い位置から獰猛に笑う。


「――独立しようぜ、いいだろ?あんな王家もう付き合いきれねぇよ」


レアードの獣たちが牙を剥いて強請る様を、末の黒い獣は黙って眺めた。


三兄弟の父親は目を閉じてしばらく考え込む。


「――合議を」


そして告げた。


「合議を開け、状況を整理し策を詰める。用意しておけ」


瞼が上がり、鋭く煌めくグリーンガーネットの瞳がヴィンセントを射抜いた。


「ヴィンセント、これがお前の望みか?」


ヴィンセントは思わず笑った。舌舐りするように。

「いや」

―――さすが父だ。

ベルナルドは気付いている。はじめから三兄弟の着地点がここだったことに。


「頼みたいことは他にある。バーネット卿と連絡を取ってほしいんだ」


その内容に父は訝しげに眉を寄せた。


「なぜだ?卿とは直接やり取りしていたんだろう?今更じゃないか」

「そうなんだが、実は、侯爵にはオレがメルと結婚したことも、そもそもメルが生きていることもまだ伝えていないんだ」


「………なんだと?」


ベルナルドは唖然とした。
兄たちが爆発したように笑いだす。

そしてその夜、獣たちの親玉は久方ぶりに特大の雷を落とした。
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