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悪役令嬢は悪徳商人に拐われる
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「私のサラを威圧するな」
ヴィンセントは王子を見て「はあ」と溜息をついた。きゃんきゃんとうるさい犬だ。見た目はいいのにみっともない。
「とにかく公式の訪問でもないのですから、このままで失礼します」
ヴィンセントは二人の向かいに腰を据えた。
黒いシャツに黒いトラウザーズのみのラフな姿。タイすらしていない。髪も固めておらず、艶やかな黒髪をさらりと流しているだけだった。
「どのようなご用件で?」
「店に行ったら定休日だったから、こちらに来たんだ。休みだからってだらけすぎじゃないか?」
王子の言葉にヴィンセントは「ふん」と笑った。不遜だ。不遜すぎるが、黒い商人の男らしい色気が滲み出ている。
「すみませんね。こちらも結婚したばかりなもので、夜はどうしても長くなるんですよ。休みとあれば余計に…ね?」
首を傾けて微笑む。
含みを持たせた言葉にジュリアスとサラは揃って顔を赤くした。「殿下も覚えがあるでしょう?」と水を向ければ「あるものか!!」と吠えられる。
赤い顔を手で覆って、サラがちらちらとジュリアスを横目で窺っていた。
「あの、それで、奥様は……?」
「部屋で横になっていますよ。体調が優れなくて」
ヴィンセントはサラを眺める。
多少はきれいに繕っているが、どこにでもいそうな娘だった。下町の年頃の娘に王侯貴族のドレスを着せてもこの程度の仕上がりになるのではないだろうか。
妖精と謳われたメイヴェルより、このなんてことのない娘を選んだジュリアスが、ヴィンセントには本当にまったく理解ができない。
「そうか、奥方に会えるかと思ったが残念だな」
ジュリアスはヴィンセントが目を鋭く眇めていることにも気付かない。なんとまぬけな王子だ。
「ここに来たのは、商人のお前に頼みがあったからだ」
そう言ってソファーに座り直した。
「婚約パーティーのために様々な品を発注していたが、このところ王都の物流が不安定になっているらしい。なかなか揃わない。用立ててもらえないだろうか」
「――なぜ?」
ヴィンセントは顔色を変えなかった。
「お前は商人だろう!?」
「ええ、そうですが、殿下はレアード商会を頼らず直接それぞれの職人に依頼したと仰っていたじゃないですか」
「だが、それだと揃わないから頼んでいるんだ」
「でしょうね。王家が何を注文したのか、王都中に一気に広まりましたから。貴族から庶民まで、王族にあやかりたい者たちが同じものを求めて、品切が続出です。価格も暴騰しています」
「だから……!」
「無理ですよ」
ヴィンセントは無情に告げた。
「いくらレアード商会でも、ないものを手配はできません」
「…王都一の商会と言っておきながら、名折れだな」
ジュリアスは憮然と言い返す。ヴィンセントは肩を竦めた。
「はじめから我が商会に依頼していただいていたら、きちんと商品を確保していましたよ。そもそも情報流出なんてさせない」
過ぎたことを言っても仕方ないですがね、とヴィンセントは結ぶ。
「…それは、その…宮中の貴族に、レアード商会にばかり頼るのは危険だと言われたのだ」
ジュリアスは言いにくそうに告げた。
「まあ、妥当でしょうね」
ヴィンセントは意に介さない。
「当然ですよ。我が商会を当てにしてくださったらありがたいですが、一極集中は諸刃の剣にもなる。その方の言うことも正しい」
ただ、結局はその意図も失敗しているのだから意味はない。レアード商会を介そうが介さなかろうが、王都中の情報を手に出来るヴィンセントに死角はなかった。手にいれた情報を故意に広めることだって造作ない。
「このお部屋、めずらしいものでいっぱいですね」
不意にそれまで黙っていたサラが口を開いた。
「こんなに国内外のいろんなものを集められるなんてさすがですね!」
「ええまあ、輸入もしておりますしね」
ヴィンセントはゆるりと口許に笑みを描いた。グリーンの視線はじっとサラを見定めている。
「それでね、わたし思ったんですけど、すでに持っている方から譲ってもらうことはできないのかしら?」
サラの言葉に、「おお!」とジュリアスが喜びの声を上げる。
「いいアイディアだ!」
「商会の方もこれだったら出来るんじゃない?」
ヴィンセントはつうと目を細めた。
「…ご冗談を。私財を取り上げるなんて、一介の商人にはできませんよ。まあ、王家の命があったら、臣民もどう受けとるかはわかりませんがね」
ジュリアスは「そうか、王子の私が号令をとればいいのか!」と手を叩いている。
ヴィンセントはその隣でにこにこしているサラをさりげなく観察した。
「――ああそうだ。先日、劇場に公演を観に行きましたよ」
「そうか!なかなかいい舞台だったろう?宮中貴族が、ああいや、さっきの貴族とは別の者だが、私の事情を平民にも誤解なく伝えるには舞台がいいと言ってくれてな」
私が演出したんだぞ、と胸を張る。
「殿下は演出を生業になさる方が向いているのではないですか」
他国にはそんな職業があると、そういえば隣国の奇特なご令嬢が言っていたな――とヴィンセントは閉口した。
ヴィンセントは王子を見て「はあ」と溜息をついた。きゃんきゃんとうるさい犬だ。見た目はいいのにみっともない。
「とにかく公式の訪問でもないのですから、このままで失礼します」
ヴィンセントは二人の向かいに腰を据えた。
黒いシャツに黒いトラウザーズのみのラフな姿。タイすらしていない。髪も固めておらず、艶やかな黒髪をさらりと流しているだけだった。
「どのようなご用件で?」
「店に行ったら定休日だったから、こちらに来たんだ。休みだからってだらけすぎじゃないか?」
王子の言葉にヴィンセントは「ふん」と笑った。不遜だ。不遜すぎるが、黒い商人の男らしい色気が滲み出ている。
「すみませんね。こちらも結婚したばかりなもので、夜はどうしても長くなるんですよ。休みとあれば余計に…ね?」
首を傾けて微笑む。
含みを持たせた言葉にジュリアスとサラは揃って顔を赤くした。「殿下も覚えがあるでしょう?」と水を向ければ「あるものか!!」と吠えられる。
赤い顔を手で覆って、サラがちらちらとジュリアスを横目で窺っていた。
「あの、それで、奥様は……?」
「部屋で横になっていますよ。体調が優れなくて」
ヴィンセントはサラを眺める。
多少はきれいに繕っているが、どこにでもいそうな娘だった。下町の年頃の娘に王侯貴族のドレスを着せてもこの程度の仕上がりになるのではないだろうか。
妖精と謳われたメイヴェルより、このなんてことのない娘を選んだジュリアスが、ヴィンセントには本当にまったく理解ができない。
「そうか、奥方に会えるかと思ったが残念だな」
ジュリアスはヴィンセントが目を鋭く眇めていることにも気付かない。なんとまぬけな王子だ。
「ここに来たのは、商人のお前に頼みがあったからだ」
そう言ってソファーに座り直した。
「婚約パーティーのために様々な品を発注していたが、このところ王都の物流が不安定になっているらしい。なかなか揃わない。用立ててもらえないだろうか」
「――なぜ?」
ヴィンセントは顔色を変えなかった。
「お前は商人だろう!?」
「ええ、そうですが、殿下はレアード商会を頼らず直接それぞれの職人に依頼したと仰っていたじゃないですか」
「だが、それだと揃わないから頼んでいるんだ」
「でしょうね。王家が何を注文したのか、王都中に一気に広まりましたから。貴族から庶民まで、王族にあやかりたい者たちが同じものを求めて、品切が続出です。価格も暴騰しています」
「だから……!」
「無理ですよ」
ヴィンセントは無情に告げた。
「いくらレアード商会でも、ないものを手配はできません」
「…王都一の商会と言っておきながら、名折れだな」
ジュリアスは憮然と言い返す。ヴィンセントは肩を竦めた。
「はじめから我が商会に依頼していただいていたら、きちんと商品を確保していましたよ。そもそも情報流出なんてさせない」
過ぎたことを言っても仕方ないですがね、とヴィンセントは結ぶ。
「…それは、その…宮中の貴族に、レアード商会にばかり頼るのは危険だと言われたのだ」
ジュリアスは言いにくそうに告げた。
「まあ、妥当でしょうね」
ヴィンセントは意に介さない。
「当然ですよ。我が商会を当てにしてくださったらありがたいですが、一極集中は諸刃の剣にもなる。その方の言うことも正しい」
ただ、結局はその意図も失敗しているのだから意味はない。レアード商会を介そうが介さなかろうが、王都中の情報を手に出来るヴィンセントに死角はなかった。手にいれた情報を故意に広めることだって造作ない。
「このお部屋、めずらしいものでいっぱいですね」
不意にそれまで黙っていたサラが口を開いた。
「こんなに国内外のいろんなものを集められるなんてさすがですね!」
「ええまあ、輸入もしておりますしね」
ヴィンセントはゆるりと口許に笑みを描いた。グリーンの視線はじっとサラを見定めている。
「それでね、わたし思ったんですけど、すでに持っている方から譲ってもらうことはできないのかしら?」
サラの言葉に、「おお!」とジュリアスが喜びの声を上げる。
「いいアイディアだ!」
「商会の方もこれだったら出来るんじゃない?」
ヴィンセントはつうと目を細めた。
「…ご冗談を。私財を取り上げるなんて、一介の商人にはできませんよ。まあ、王家の命があったら、臣民もどう受けとるかはわかりませんがね」
ジュリアスは「そうか、王子の私が号令をとればいいのか!」と手を叩いている。
ヴィンセントはその隣でにこにこしているサラをさりげなく観察した。
「――ああそうだ。先日、劇場に公演を観に行きましたよ」
「そうか!なかなかいい舞台だったろう?宮中貴族が、ああいや、さっきの貴族とは別の者だが、私の事情を平民にも誤解なく伝えるには舞台がいいと言ってくれてな」
私が演出したんだぞ、と胸を張る。
「殿下は演出を生業になさる方が向いているのではないですか」
他国にはそんな職業があると、そういえば隣国の奇特なご令嬢が言っていたな――とヴィンセントは閉口した。
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