6 / 67
悪役令嬢は悪徳商人に娶られる
6
しおりを挟む
メイヴェルが学園を卒業してすぐに式が挙げられるかと思われたが、ジュリアスが学園を卒業することが優先され延期になった。
国王は世継ぎを望んでいたのでひどくがっかりしていた。婚約者とはいえ、さすがに婚姻前に子を産ませることはできない。王妃は当然の判断だと言った。
メイヴェルが18歳、ジュリアスが16歳。もう子供ではなかった。
ジュリアスは学生生活を満喫しているようだ。
後は式を挙げるだけだとばかりにメイヴェルの王妃教育は一段落していた。婚約者としての公務があるかと思っていたが、王宮から呼び出しがかかることも少なくなっていた。
メイヴェルは久しぶりに実家である侯爵家でゆっくりと過ごしていた。
「エステル」
「はい、メイヴェル様」
呼び掛ければ側付きの侍女がすぐに反応する。
エステルはメイヴェルが婚約者に選ばれた8歳の頃から付き従ってくれている。もう10年の付き合いだ。
―――10年か、とても長かった。
メイヴェルは長い睫毛を伏せてほうと息を漏らす。憂いた姿は神々しいほど美しい。妖精と謳われた容姿は10年経っても褪せていない。
メイヴェルは黙々とレースを編む。
王妃教育の一貫として習ったレース編みだったが、手遊びとしては丁度よく、メイヴェルは夢中になった。
一本の糸が複雑に絡まり合ってひとつの織になるのが美しい。小さなものならすぐに編み上げてしまえる。もっと高度なものをとオリジナルのデザインにも挑んだ。
レースを編んでいる間は何も考えなくて済む。
「――姉様」
その知らせはまずコリーンからもたらされた。
「わたくしの友人が殿下と親しくなったの。二人はとても幸せそうなのよ。お願い姉様、彼女に婚約者の地位を譲ってくれないかしら。そうしたらわたくしも女騎士の夢を諦めないでいられる」
「…え?」
次は王妃から言われた。
「あの小娘は貴族としての地位も低く、お前ほど賢くもないが、儚く細いばかりのお前よりよっぽど女として逞しい。どうだ。お前も望んでなった身分じゃないだろう?引いてみないか」
「…え?」
極めつけは第一王子であるジュリアスからだった。
「サラを新しい婚約者に迎えることにした。10年も縛り付けて悪かったな。もういいぞ」
「…え?」
ジュリアスは学園の公式行事で、メイヴェルとの婚約を破棄し、新しくサラを迎えることを公言したらしい。メイヴェルは呼ばれておらず、その場にすらいなかった。預かり知らぬところで勝手に婚約を破棄されていた。
「え、え?」
混乱して戸惑い、メイヴェルは立ち竦んだ。
突然の出来事にバーネット邸は騒然となった。
「なんてことだ。一体どうして…」
混乱しきった父の言葉。
「ぽっと出の女に負けるなんてなんて情けない。だから出来ることを全うしなさいと言ったでしょう」
切り捨てるような母の言葉。
「なんてことを言うんだ、ジゼル!」
「結果がすべてじゃない!この子は捨てられたのよ!」
「ああもう、とにかく王宮に事の次第を問い合わせて…」
父と母が言い合う声も耳を通り抜けていく。
「姉様、殿下との結婚がなくなったんだもの、侯爵家を継いでもらえるわよね?そうしたらわたくしは伯爵家に養女に出るわ。ああよかった!」
はしゃぐような妹の声も通り抜けていく。
「メイヴェル様、なんてお労しい…!」
侍女のすすり泣く声が聞こえる。
―――なにこれ、どうしてこんなことに。
ジュリアスとの婚約は望んでなったものではなかった。王家からの嘆願でバーネット家は断る術もなかった。
メイヴェルはジュリアスを愛してはいなかった。けれど第一王子の婚約者となってしまった以上、後ろ楯として依存していた。
王妃教育は厳しく辛かった。何度もやめたいと思ったが、やめられるものでもなかった。メイヴェルの負担は大きかった。
10年だ。とても長くて、辛かった。
10年間、メイヴェルには『第一王子の婚約者』としての価値しかなかった。それを奪われていったい何が残るのか。…何も残らない。
「ふふっ」
メイヴェルの唇から声が漏れる。
ジュリアスは次の相手――サラのために、王弟殿下の花園に新しい花を植えたらしい。似合いの花だよとそう言って、白薔薇を抜いて、今度は白い百合を。
「うふふっ、ははっ、あはははは!!」
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
国王は世継ぎを望んでいたのでひどくがっかりしていた。婚約者とはいえ、さすがに婚姻前に子を産ませることはできない。王妃は当然の判断だと言った。
メイヴェルが18歳、ジュリアスが16歳。もう子供ではなかった。
ジュリアスは学生生活を満喫しているようだ。
後は式を挙げるだけだとばかりにメイヴェルの王妃教育は一段落していた。婚約者としての公務があるかと思っていたが、王宮から呼び出しがかかることも少なくなっていた。
メイヴェルは久しぶりに実家である侯爵家でゆっくりと過ごしていた。
「エステル」
「はい、メイヴェル様」
呼び掛ければ側付きの侍女がすぐに反応する。
エステルはメイヴェルが婚約者に選ばれた8歳の頃から付き従ってくれている。もう10年の付き合いだ。
―――10年か、とても長かった。
メイヴェルは長い睫毛を伏せてほうと息を漏らす。憂いた姿は神々しいほど美しい。妖精と謳われた容姿は10年経っても褪せていない。
メイヴェルは黙々とレースを編む。
王妃教育の一貫として習ったレース編みだったが、手遊びとしては丁度よく、メイヴェルは夢中になった。
一本の糸が複雑に絡まり合ってひとつの織になるのが美しい。小さなものならすぐに編み上げてしまえる。もっと高度なものをとオリジナルのデザインにも挑んだ。
レースを編んでいる間は何も考えなくて済む。
「――姉様」
その知らせはまずコリーンからもたらされた。
「わたくしの友人が殿下と親しくなったの。二人はとても幸せそうなのよ。お願い姉様、彼女に婚約者の地位を譲ってくれないかしら。そうしたらわたくしも女騎士の夢を諦めないでいられる」
「…え?」
次は王妃から言われた。
「あの小娘は貴族としての地位も低く、お前ほど賢くもないが、儚く細いばかりのお前よりよっぽど女として逞しい。どうだ。お前も望んでなった身分じゃないだろう?引いてみないか」
「…え?」
極めつけは第一王子であるジュリアスからだった。
「サラを新しい婚約者に迎えることにした。10年も縛り付けて悪かったな。もういいぞ」
「…え?」
ジュリアスは学園の公式行事で、メイヴェルとの婚約を破棄し、新しくサラを迎えることを公言したらしい。メイヴェルは呼ばれておらず、その場にすらいなかった。預かり知らぬところで勝手に婚約を破棄されていた。
「え、え?」
混乱して戸惑い、メイヴェルは立ち竦んだ。
突然の出来事にバーネット邸は騒然となった。
「なんてことだ。一体どうして…」
混乱しきった父の言葉。
「ぽっと出の女に負けるなんてなんて情けない。だから出来ることを全うしなさいと言ったでしょう」
切り捨てるような母の言葉。
「なんてことを言うんだ、ジゼル!」
「結果がすべてじゃない!この子は捨てられたのよ!」
「ああもう、とにかく王宮に事の次第を問い合わせて…」
父と母が言い合う声も耳を通り抜けていく。
「姉様、殿下との結婚がなくなったんだもの、侯爵家を継いでもらえるわよね?そうしたらわたくしは伯爵家に養女に出るわ。ああよかった!」
はしゃぐような妹の声も通り抜けていく。
「メイヴェル様、なんてお労しい…!」
侍女のすすり泣く声が聞こえる。
―――なにこれ、どうしてこんなことに。
ジュリアスとの婚約は望んでなったものではなかった。王家からの嘆願でバーネット家は断る術もなかった。
メイヴェルはジュリアスを愛してはいなかった。けれど第一王子の婚約者となってしまった以上、後ろ楯として依存していた。
王妃教育は厳しく辛かった。何度もやめたいと思ったが、やめられるものでもなかった。メイヴェルの負担は大きかった。
10年だ。とても長くて、辛かった。
10年間、メイヴェルには『第一王子の婚約者』としての価値しかなかった。それを奪われていったい何が残るのか。…何も残らない。
「ふふっ」
メイヴェルの唇から声が漏れる。
ジュリアスは次の相手――サラのために、王弟殿下の花園に新しい花を植えたらしい。似合いの花だよとそう言って、白薔薇を抜いて、今度は白い百合を。
「うふふっ、ははっ、あはははは!!」
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
0
お気に入りに追加
923
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
何故婚約解消してくれないのか分かりません
yumemidori
恋愛
結婚まで後2年。
なんとかサーシャを手に入れようとあれこれ使って仕掛けていくが全然振り向いてくれない日々、ある1人の人物の登場で歯車が回り出す、、、
逃がす気は更々ない
棗
恋愛
前世、友人に勧められた小説の世界に転生した。それも、病に苦しむ皇太子を見捨て侯爵家を追放されたリナリア=ヘヴンズゲートに。
リナリアの末路を知っているが故に皇太子の病を癒せる花を手に入れても聖域に留まり、神官であり管理者でもあるユナンと過ごそうと思っていたのだが……。
※なろうさんにも公開中。
竜の手綱を握るには 〜不遇の姫が冷酷無情の竜王陛下の寵妃となるまで〜
hyakka
恋愛
罪の子として、皇国で虐げられ続けた姫は……
ある日、前世の記憶が蘇り、ここが小説の世界だと気づきます。
おまけに自分が、小説の序盤で斬り殺され、大陸戦争の小さなきっかけとなった端役だということも……。
運命を変えようと必死に抵抗するも虚しく、魔物討伐の見返りとして、竜人族の支配する王国に送られた姫は……
物語の通りに老王に斬り殺されることもなく、なぜか、竜王に溺愛されて……。
やがて、彼女を慕う騎士に拐われて……幼少の頃から、彼女に非道の限りを尽くしてきた皇太子も加わって……それぞれ、持てる知略・権力・能力を最大限奮って彼女を囲い込もうとします。
そんな大変な目に遭いながらも……必死に足掻き続けて……やがて最後には、彼女自身で『幸せ』を掴み取るお話しです。
⚫️
儚げで弱そうに見えるけど、芯は強くて優しいヒロイン。
普段は凶暴だけど、ヒロインには純デレで激甘なヒーロー。
外面は優等生だけど、ヒロインにはドSで残忍!なヤンデレサブキャラを、1人称濃いめ心理描写で描いていきたいです。
⚫️
08- までは『世界観』 『伏線』 『過去のトラウマ』などでデレ要素不足します;;
09- から『竜王様登場』で、『姫と竜王の出会いの伏線回収』。
『デレ』 は第3章{竜王編}から 『ヤンデレ』は第4章{騎士編}{皇太子編}からです。
⚫️
ヤンデレ不足解消用に自分都合に綴っていた箇所が多く、また初めての執筆のため、不慣れな点がありましたら申し訳ありません。
⚫️
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
ラスボス魔王の悪役令嬢、モブを目指します?
みおな
恋愛
気が付いたら、そこは前世でプレイした乙女ゲームを盛り込んだ攻略ゲーム『純白の百合、漆黒の薔薇』の世界だった。
しかも、この漆黒の髪と瞳、そしてローズマリア・オズワルドという名。
転生先は、最後に勇者と聖女に倒されるラスボス魔王となる悪役令嬢?
ラスボスになる未来なんて、絶対に嫌。私、いっそモブになります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる