46 / 50
重い口
しおりを挟む
それっきり虎豪さんは何も言わず、なんだかおれも照れてしまって、少し無言の時間が続いてしまった。互いの体温だけを確かめあったまま、しばしの時を過ごした。
虎豪さんはおれを抱きしめながら動くことはなかった。萎れた背中に腕を回すと、感謝を表するようにぎゅっと抱き返される。
ああ、甘えているんだと、おれは理解した。心にわだかまっていた弱点を穿たれ、精神が困憊しきってしまっていたのだ。おれを抱くことでそれが解消されるなら、いつまでだってこの体を預けておこう。
ややあって、虎豪さんはつぶやく。感情を極力潰したような声音は、とても疲れきっていた。
「また、甘えちまったな……」
「いいんですよ、それが虎豪さんの為になるなら」
毛皮の下は硬く、男らしさを感じられる。おれはこれだけで満足だと伝えたつもりだった。
「……頼むから、もっと言ってくれ」
予想に反してつぶやかれた、小さい声。おれに聞かせるためでなく、ただ本音のひとかけらが漏れたようなそれは、ひどく憔悴しきっていた。
「俺ばかりお前に甘えてるじゃねえか。ああ、そうだよ。あいつの言った通りだ。俺はお前を潰しそうだ。俺のことをこんなに好いてくれてるお前に、ただただ甘えてんだ」
さらに力を込めて、そのまま抱きしめる虎の巨体。でも、包み込むような抱き方じゃなくて、体重を乗せるような抱き方。おれよりずっと大きい虎豪さんの重みが、ずしりとのしかかる。
この重みはそのまま甘えべたである虎豪さんの疲れだ。誰かに寄り掛かることを良しとせず、一人で立とうとする大人の疲れ。その肩に陽さんのことや店のことが重くのしかかっていても、この人はまだ立とうとしている。
「疲れてどうしようもないときにお前がいると、どうしても甘えちまう。この重みをそのままのせちまうんだ。だから、嫌なら言ってほしい、甘えたいなら言ってほしい」
あの獅子が傷つけた心から溢れた膿が、本音となってぽろぽろ零れていく。陽さんがいなくなって開いた穴に、おれを入れてしまうことをとても恐れているのか。
「陽の燕尾がないと店が続けられないのだって、俺があいつにまだ甘えてるからなんだ。店主なんて俺にできるわけがないって思うから、あいつの燕尾を着ればそんなおれでもうまくできるんじゃねえかって。うまく、笑えることができるんじゃねえかって思うからなんだ」
大柄な虎の体重がおれの肩にのしかかる。疲れや不安が具現化した重みに、虎豪さんはもう自分を支えることも難しくなっていた。
だから、弱音が漏れてしまう。
「そう思うことが、もう甘えなんだ。わかってる。けど、この店を無くしたら、あいつになんて言われるかわかんねえ。あいつの兄でいられねえ」
責任感、罪悪感。そういった物がずっと虎豪さんの肩に乗っていて、それを引きずりながら歩いてきた。
おれとのいざこざがなくたって、きっと、限界は近かったのだろう。そう思わせるほど、今の虎豪さんは弱々しい。律しようと思っても、口が勝手に開いてしまうほどに。
「……ああ、なんてざまだ。お前にこんな情けねえ姿見せちまって。お前より年が上なだけで、中身はなんてことねえ子供なんだ。幻滅するだろう?」
「おれがそう言うと思います?」
「思わねえから、こうして言ってるんだろうな。お前には本当に世話になってる」
「甘えてる、なんて言わないでくださいね。おれが好きでしてるんですから」
虎豪さんの鼻面がおれの首筋に埋まる。鼻をすする音が聞こえて、静かな夜におれらの鼓動が響いていく。
「あの晩にお前を抱いた時、思ったんだ。こんな小さい体で、精一杯受け止めてくれようとしていたんだなって。俺の腕にすっぽりと収まるくらいに小さい人間のくせに、俺を支えようとしてるんだなって」
おれが虎豪さんと仲直りした晩、虎豪さんが月光のように柔らかい笑みをおれに見せてくれたあの日。その日は虎豪さんにとっても特別な日だったのだろうか。
いつの間にか、静寂はその性質を硬く変化させていた。糸を張ったような緊張が漂っているのは、虎豪さんが決意を持って臨んでいるからかもしれない。
「ずっと、言おうと思ってたんだ。でも、俺は素直じゃなくて。それに、男と付き合うっていうのもぴんと来なくて」
それはそうだろう。普通ならこれまでの人生でそんな選択を迫られるなんてない。ましてや、もういい年した虎豪さんにとってそれはまさに青天の霹靂に違いない。
弟さんの負い目があったからといって、それは想像できない範疇だ。
「陽はお前と同じ、ホモだった」
おれを抱く手に力が加わり、筋肉がこわばった。
虎豪さんはおれを抱きしめながら動くことはなかった。萎れた背中に腕を回すと、感謝を表するようにぎゅっと抱き返される。
ああ、甘えているんだと、おれは理解した。心にわだかまっていた弱点を穿たれ、精神が困憊しきってしまっていたのだ。おれを抱くことでそれが解消されるなら、いつまでだってこの体を預けておこう。
ややあって、虎豪さんはつぶやく。感情を極力潰したような声音は、とても疲れきっていた。
「また、甘えちまったな……」
「いいんですよ、それが虎豪さんの為になるなら」
毛皮の下は硬く、男らしさを感じられる。おれはこれだけで満足だと伝えたつもりだった。
「……頼むから、もっと言ってくれ」
予想に反してつぶやかれた、小さい声。おれに聞かせるためでなく、ただ本音のひとかけらが漏れたようなそれは、ひどく憔悴しきっていた。
「俺ばかりお前に甘えてるじゃねえか。ああ、そうだよ。あいつの言った通りだ。俺はお前を潰しそうだ。俺のことをこんなに好いてくれてるお前に、ただただ甘えてんだ」
さらに力を込めて、そのまま抱きしめる虎の巨体。でも、包み込むような抱き方じゃなくて、体重を乗せるような抱き方。おれよりずっと大きい虎豪さんの重みが、ずしりとのしかかる。
この重みはそのまま甘えべたである虎豪さんの疲れだ。誰かに寄り掛かることを良しとせず、一人で立とうとする大人の疲れ。その肩に陽さんのことや店のことが重くのしかかっていても、この人はまだ立とうとしている。
「疲れてどうしようもないときにお前がいると、どうしても甘えちまう。この重みをそのままのせちまうんだ。だから、嫌なら言ってほしい、甘えたいなら言ってほしい」
あの獅子が傷つけた心から溢れた膿が、本音となってぽろぽろ零れていく。陽さんがいなくなって開いた穴に、おれを入れてしまうことをとても恐れているのか。
「陽の燕尾がないと店が続けられないのだって、俺があいつにまだ甘えてるからなんだ。店主なんて俺にできるわけがないって思うから、あいつの燕尾を着ればそんなおれでもうまくできるんじゃねえかって。うまく、笑えることができるんじゃねえかって思うからなんだ」
大柄な虎の体重がおれの肩にのしかかる。疲れや不安が具現化した重みに、虎豪さんはもう自分を支えることも難しくなっていた。
だから、弱音が漏れてしまう。
「そう思うことが、もう甘えなんだ。わかってる。けど、この店を無くしたら、あいつになんて言われるかわかんねえ。あいつの兄でいられねえ」
責任感、罪悪感。そういった物がずっと虎豪さんの肩に乗っていて、それを引きずりながら歩いてきた。
おれとのいざこざがなくたって、きっと、限界は近かったのだろう。そう思わせるほど、今の虎豪さんは弱々しい。律しようと思っても、口が勝手に開いてしまうほどに。
「……ああ、なんてざまだ。お前にこんな情けねえ姿見せちまって。お前より年が上なだけで、中身はなんてことねえ子供なんだ。幻滅するだろう?」
「おれがそう言うと思います?」
「思わねえから、こうして言ってるんだろうな。お前には本当に世話になってる」
「甘えてる、なんて言わないでくださいね。おれが好きでしてるんですから」
虎豪さんの鼻面がおれの首筋に埋まる。鼻をすする音が聞こえて、静かな夜におれらの鼓動が響いていく。
「あの晩にお前を抱いた時、思ったんだ。こんな小さい体で、精一杯受け止めてくれようとしていたんだなって。俺の腕にすっぽりと収まるくらいに小さい人間のくせに、俺を支えようとしてるんだなって」
おれが虎豪さんと仲直りした晩、虎豪さんが月光のように柔らかい笑みをおれに見せてくれたあの日。その日は虎豪さんにとっても特別な日だったのだろうか。
いつの間にか、静寂はその性質を硬く変化させていた。糸を張ったような緊張が漂っているのは、虎豪さんが決意を持って臨んでいるからかもしれない。
「ずっと、言おうと思ってたんだ。でも、俺は素直じゃなくて。それに、男と付き合うっていうのもぴんと来なくて」
それはそうだろう。普通ならこれまでの人生でそんな選択を迫られるなんてない。ましてや、もういい年した虎豪さんにとってそれはまさに青天の霹靂に違いない。
弟さんの負い目があったからといって、それは想像できない範疇だ。
「陽はお前と同じ、ホモだった」
おれを抱く手に力が加わり、筋肉がこわばった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
花形スタァの秘密事
和泉臨音
BL
この国には花形と呼ばれる職業がある。人々を魔物から守る特務隊と人々の心を潤す歌劇団だ。
男ばかりの第三歌劇団に所属するシャクナには秘密にしていることがあった。それは幼いころ魔物から助けてくれた特務隊のイワンの大ファンだということ。新聞記事を見ては「すき」とつぶやき、二度と会うことはないと気軽に想いを寄せていた。
しかし魔物に襲われたシャクナの護衛としてイワンがつくことになり、実物のイワンが目の前に現れてしまうのだった。
※生真面目な特務隊員×ひねくれ歌劇団員。魔物が体の中に入ったり出てきたりする表現や、戦闘したりしてるので苦手な方はご注意ください。
他サイトにも投稿しています。
名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!
総受けなんか、なりたくない!!
はる
BL
ある日、王道学園に入学することになった柳瀬 晴人(主人公)。
イケメン達のホモ活を見守るべく、目立たないように専念するがー…?
どきどき!ハラハラ!!王道学園のBLが
今ここに!!
ぼくに毛が生えた
理科準備室
BL
昭和の小学生の男の子の「ぼく」はクラスで一番背が高くて5年生になったとたんに第二次性徴としてちんちんに毛が生えたり声変わりしたりと身体にいろいろな変化がおきます。それでクラスの子たちにからかわれてがっかりした「ぼく」は学校で偶然一年生の男の子がうんこしているのを目撃し、ちょっとアブノーマルな世界の性に目覚めます。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは
マフィアのボスの愛人まで潜入していた。
だがある日、それがボスにバレて、
執着監禁されちゃって、
幸せになっちゃう話
少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に
メロメロに溺愛されちゃう。
そんなハッピー寄りなティーストです!
▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、
雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです!
_____
▶︎タイトルそのうち変えます
2022/05/16変更!
拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です
2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。
▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎
_____
気づいて欲しいんだけど、バレたくはない!
甘蜜 蜜華
BL
僕は、平凡で、平穏な学園生活を送って........................居たかった、でも無理だよね。だって昔の仲間が目の前にいるんだよ?そりゃぁ喋りたくて、気づいてほしくてメール送りますよね??突然失踪した族の総長として!!
※作者は豆腐メンタルです。※作者は語彙力皆無なんだなァァ!※1ヶ月は開けないようにします。※R15は保険ですが、もしかしたらR18に変わるかもしれません。
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる