君の喫茶店

とりあえず

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重い口

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 それっきり虎豪さんは何も言わず、なんだかおれも照れてしまって、少し無言の時間が続いてしまった。互いの体温だけを確かめあったまま、しばしの時を過ごした。

 虎豪さんはおれを抱きしめながら動くことはなかった。萎れた背中に腕を回すと、感謝を表するようにぎゅっと抱き返される。

 ああ、甘えているんだと、おれは理解した。心にわだかまっていた弱点を穿たれ、精神が困憊しきってしまっていたのだ。おれを抱くことでそれが解消されるなら、いつまでだってこの体を預けておこう。

 ややあって、虎豪さんはつぶやく。感情を極力潰したような声音は、とても疲れきっていた。

「また、甘えちまったな……」
「いいんですよ、それが虎豪さんの為になるなら」

 毛皮の下は硬く、男らしさを感じられる。おれはこれだけで満足だと伝えたつもりだった。

「……頼むから、もっと言ってくれ」

 予想に反してつぶやかれた、小さい声。おれに聞かせるためでなく、ただ本音のひとかけらが漏れたようなそれは、ひどく憔悴しきっていた。

「俺ばかりお前に甘えてるじゃねえか。ああ、そうだよ。あいつの言った通りだ。俺はお前を潰しそうだ。俺のことをこんなに好いてくれてるお前に、ただただ甘えてんだ」

 さらに力を込めて、そのまま抱きしめる虎の巨体。でも、包み込むような抱き方じゃなくて、体重を乗せるような抱き方。おれよりずっと大きい虎豪さんの重みが、ずしりとのしかかる。

 この重みはそのまま甘えべたである虎豪さんの疲れだ。誰かに寄り掛かることを良しとせず、一人で立とうとする大人の疲れ。その肩に陽さんのことや店のことが重くのしかかっていても、この人はまだ立とうとしている。

「疲れてどうしようもないときにお前がいると、どうしても甘えちまう。この重みをそのままのせちまうんだ。だから、嫌なら言ってほしい、甘えたいなら言ってほしい」

 あの獅子が傷つけた心から溢れた膿が、本音となってぽろぽろ零れていく。陽さんがいなくなって開いた穴に、おれを入れてしまうことをとても恐れているのか。

「陽の燕尾がないと店が続けられないのだって、俺があいつにまだ甘えてるからなんだ。店主なんて俺にできるわけがないって思うから、あいつの燕尾を着ればそんなおれでもうまくできるんじゃねえかって。うまく、笑えることができるんじゃねえかって思うからなんだ」

 大柄な虎の体重がおれの肩にのしかかる。疲れや不安が具現化した重みに、虎豪さんはもう自分を支えることも難しくなっていた。

 だから、弱音が漏れてしまう。

「そう思うことが、もう甘えなんだ。わかってる。けど、この店を無くしたら、あいつになんて言われるかわかんねえ。あいつの兄でいられねえ」

 責任感、罪悪感。そういった物がずっと虎豪さんの肩に乗っていて、それを引きずりながら歩いてきた。

 おれとのいざこざがなくたって、きっと、限界は近かったのだろう。そう思わせるほど、今の虎豪さんは弱々しい。律しようと思っても、口が勝手に開いてしまうほどに。

「……ああ、なんてざまだ。お前にこんな情けねえ姿見せちまって。お前より年が上なだけで、中身はなんてことねえ子供なんだ。幻滅するだろう?」
「おれがそう言うと思います?」
「思わねえから、こうして言ってるんだろうな。お前には本当に世話になってる」
「甘えてる、なんて言わないでくださいね。おれが好きでしてるんですから」

 虎豪さんの鼻面がおれの首筋に埋まる。鼻をすする音が聞こえて、静かな夜におれらの鼓動が響いていく。

「あの晩にお前を抱いた時、思ったんだ。こんな小さい体で、精一杯受け止めてくれようとしていたんだなって。俺の腕にすっぽりと収まるくらいに小さい人間のくせに、俺を支えようとしてるんだなって」

 おれが虎豪さんと仲直りした晩、虎豪さんが月光のように柔らかい笑みをおれに見せてくれたあの日。その日は虎豪さんにとっても特別な日だったのだろうか。

 いつの間にか、静寂はその性質を硬く変化させていた。糸を張ったような緊張が漂っているのは、虎豪さんが決意を持って臨んでいるからかもしれない。

「ずっと、言おうと思ってたんだ。でも、俺は素直じゃなくて。それに、男と付き合うっていうのもぴんと来なくて」

 それはそうだろう。普通ならこれまでの人生でそんな選択を迫られるなんてない。ましてや、もういい年した虎豪さんにとってそれはまさに青天の霹靂に違いない。

 弟さんの負い目があったからといって、それは想像できない範疇だ。

「陽はお前と同じ、ホモだった」

 おれを抱く手に力が加わり、筋肉がこわばった。
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