手に職をつけるって、そういう意味じゃないが?!

錨 にんじん

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始まり

可能性

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 「おい!それは何だ?!」

 「ねぇねぇバエちゃん、それってなんてモンスターなの?」

 イメージの具現化に成功して巨大スライムを討伐した俺は、アクネルとレナンの二人に問い詰められていた。
  
 「海人、お前はドラゴンテイマーだったのか?!」

 アクネルがさらに迫ってくる。
 近い。
 別に女慣れしてないわけじゃないが、美人の顔が近くに来れば少なくとも緊張はする。

 「待て待て、二人とも少し落ち着こうか?一度に質問してこられても、俺が一番分かってないんだから答えられんわ!それに何だよ、ドラゴンテイマーって」
 
 「ああ、すまない」

 興奮したアクネルが俺から一歩距離を取る。
 すると、レナンが前方を指さした。

 「あ、消えちゃうよ」

 「消える?」

 レナンのその言葉に振り返ると、巨大スライムを叩き潰したユンボのアームが虫食いのように穴だらけになっていた。
 見ると気化しているようで、アームは徐々に形をなくしていき、ついには跡形もなく消え去ってしまった。

 「あの子死んじゃったの?」

 「いや、死ぬも何もあれはそもそも生き物じゃないからな。ユンボといって、俺がもともといた世界で仕事をするときに使っていた機械だ。そんなに驚くってことは、二人ともユンボを見たことないのか?」

 「ないよ」

 「ないな」

 「そうか」

 ないのか。
 まあ、ユンボを見てモンスターだのドラゴンだの言うわけないよな。でも、そういう風に見えることには共感できる。
 俺も子供のころに車で工事現場の近くを通るときは、ユンボやクレーンを見たときに恐竜だと思っていたものだ。 
 
 
 「よし!じゃあ、改めて二人にさっきのユンボを見せてやろう!残念ながらモンスターやドラゴンではないが、次は全体図だ。先はアームだけだったらな!」

 「ほんとに?!」

 レナンが、期待に満ちた表情で碧眼を輝かせる。

 「おう!と言っても、今日初めて使い方が分かったばかりだからな。もしかしたら失敗するかもしれないから、そこは大目に見てくれよ?」

 「分かった!」

 「いい返事だ!それじゃあ、二人とも少し離れててくれ」

 俺はレナンとアクネルの二人が離れたのを確認すると、先ほど巨大スライムが潰れた黒焦げの地面に目を向けた。
 潰れたスライムの身体はその衝撃で爆散して、辺りにはジェル状の身体の一部があちらこちらに飛びちっているが、レナンのおかげで邪魔な木が一切なく広々としてるから、あそこにユンボを出すことにしよう。

 「始めるか」

 俺は目を閉じると、イメージに集中する。
 今度はアームだけでなく、全体図だ。
 あの巨大スライムを倒した時は、記憶に新しかった光景が操縦席からの景色だったから、そのイメージが強く表れたのだろう。
 だから、その時に見えていたアームが具現化されたんだと思う。
 発動はイメージ。
 乗り込む前、現場に着いた時に遠目から眺めるその全体像をイメージしろ。
 爪バケットで、キャタが二つあって、操縦席があって……

 「海人!出てきたぞ!」

 「バエちゃん!!避けて!!」

 避けて?

 二人の慌てた声を聞いた俺は目を開けたが、出てきたというには肝心のユンボが見当たらない。
 
 「なあ、出てきたってどこに……」

 俺は後ろで騒ぐ二人の方に振り返ると、異変に気づいた。
 あれ?おかしいな。二人は太陽に照らされてるのに、俺は影の中……。
 俺は上を見上げる。

 「嘘だろ?!」

 目の前に飛び込んできたのは、二つの巨大なキャタピラーだった。
 それが徐々にではあるか、着実にこちらに迫ってきていた。
 俺は、急いで二人の元まで避難する。
 ここには影が来てないから安全だろう。
 振り返ると、イメージしていた通りのあの日乗っていたユンボが、何一つ欠けていな状態で存在し、宙に浮いていた。
 一先ず、全体を出すことは成功だな。場所は失敗したが。
 
 「おっきー!」

 やがて地面に着地したユンボに、レナンが無邪気に駆け寄っていく。

 「これはすごいな。大きさは、ワイバーンぐらいか?それに、硬いな。なあ、これはどう使うんだ?仕事で使っていたんだろう?」

 アクネルはユンボを興味深そうに手で撫でたり、槍でつついたりしている。

 「それは操縦席に乗って使うもんなんだが」

 俺はユンボに近づくと、キャタピラーに足をかけて操縦席に乗り込む。

 「レナン、そこから降りた方が良いぞ。危ないからな」

 「はーい」

 真っ先に近寄っていったレナンは何故かユンボのアーム、もっと厳密に言うと人間でいう肘に該当するアームとブームの接続部のところまで登っていた。
 因みに、運転席の前から伸びているものをブームといって、先にかけてアーム、バケットと言うのだが、大体はアームとブームまでを含めて「アーム」と言い表すのがほとんどだ。
 今回出現させたのは、そのアームを限界まで伸ばせば7メートルになるもので、曲げて半分になってるとはいえ地面からは4メートルの高さになる。
 しかし、素直に返事をしたレナンはそこから飛び降りて綺麗に着地を決めると、特によろけることなく小走りで離れていった。
 流石はエルフといったところか。俺なら確実に脚の骨を折ってる。

 とまあそんな感じで、アスレチック感覚で遊んでいたレナンが先にユンボから離れていたアクネルの元まで行ったところで、俺は足元のゴムマットの下にあったカギを取り出すと、ユンボに差し込む。
 日本にいた感覚で覗いてみたが、鍵の場所も当時と同じだった。
 
 「さあ、動いてくれよ?」

 俺がカギを回すと、ユンボは聞きなれた心地よい起動音を上げた。

 「お、かかった」

 「うるさーい」

 レナンが耳をふさいで文句を垂れる。

 「これがいいんだよ。みろ、アクネルは平気そうだぞ」

 「まあ、モンスターの鳴き声と比べれば静かな方だからな。いいかどうかは知らんが」

 「冷たいやつだな、お前」

 アームが出現した時はあんなにはしゃいでたくせに。
 起動だけでも新鮮な反応をしてくれると思っていただけに、ちょっと寂しい。 

 「早く動かしてー!」

 「はいよー」

 レナンめ。
 音には文句を垂れていたくせに、動くのは早く見たいのか。
 俺はレナンのその要望に応えるため、早速二つのレバーを握る。
 まずはアームを浮かすとしよう。

 俺は右手に握ったレバーを手前に倒す。
 するとアームが根元から持ち上がり、地面からバケットがわずかに浮いた。
 そこからは両方のレバーを操作して、前方目掛けて完全にアームを伸びきった状態にもっていき停止させる。
 アームにブレーキがかかり、ガチャンという金属音を立てる。

 「動いたー!」

 「こう見ると、本当にドラゴンが首を動かしたように見えるなぁ」

 「どんなもんよ!カッコイイだろ?」

 気持ちよくなった俺は、パフォーマンスとしてさらにレバーを操作する。
 アームをその伸びきった状態のままで地面に当たるまで下すと、徐々に折りたたんでいき、時たまユンボが後ろにひっくり返らないようにアームを上にあげたりと調整しながら、地面を抉りとってみせた。
 バケットの中に山ができるぐらいの土が収まる一連の動作を、二人は食い入るように見ていた。
 
 「どうだ?これはこういう使い方をするんだ。間違っても、スライムを叩き潰すなんて使い方はしないからな?」

 そう説明しながら、バケットの中の土を反す。

 「ねぇねぇ、他には?他にはどんなことができるの?!」

 「他って?」

 俺が聞き返すと、レナンには説明が難しいと判断したのか、アクネルが代弁する。

 「それ以外にも別の物を出現させたり、もっと別の能力もあったりはしないのか?」

 「成程なぁ。確かにこれを出現させるってだけじゃ絶対と言っていいほどに、魔王軍なんかとは到底太刀打ちできないからな」

 俺は一先ずアームを地面に下ろすと、ユンボから降りる。
 さて、どうしようか。
 ほかにイメージしてもいいが、いかんせん疲れる。
 まだ慣れてないからっていうのもあるかもしれないが、イメージに時間が掛かりすぎる。
 そもそも、頭で何かを想像すること自体苦手だ。

 俺はその場にしゃがみ込むと、二人を手招きする。

 「ちょっと物を出現させるのは疲れるから、どんなものがあるか身体を使って説明してやろう」

 「えー、レナンもっと別のキカイ見たい~」

 「まあ、そう言うな。海人も慣れてないんだ。それにあまり油を売ってもいられない。暗くなっては、また戻らないといけないからな。これだけ聞いたら出発するぞ」

 「また、イメージしてみるから。今回はこれで我慢してくれ」

 「しょうがないな~」

 どうやら許されたらしい。
 二人が俺の傍まで来ると、レナンはしゃがみ込んだが、アクネルは立ったままで俺たちを見下ろしていた。
 
 「まあ、さっき見せたみたいに、地面を掘るってのも俺の仕事なんだが」

 俺は右手で拳を作ると、地面に当てる。

 「他にも、コンクリートやアスファルトみたいに固いやつを壊すときには、こうガガガッって」

 打ち付ける感じで壊すブレーカっていう機械もあるんだ。
 そう説明しようとした時だった。
 俺の拳が地面を割り、辺りにヒビ割れが広がっていった。
 アクネルとレナンは、突然の地割れにバランスを崩す。
 
 「わっ!!!急にひび割れたよ!?」

 「おい海人!これは何だ?!」

 「俺にも分からん!!」

 ブレーカーで破壊するときの擬音を声に出したタイミングで、まるで俺の拳がブレーカーになったみたいに地面に衝撃を与えたのだ。
 それに、二人は急な衝撃によろめいていたが、俺の身体はまるで鉄の塊になったかと思うほど重くなり、一切微動だにしなかった。

 まさか、俺の身体そのものが重機になったとでもいうのか?
 
 「おいおい……手に職をつけるって、こういう事か?もはや、物理的だな……」

 俺は地面を叩き割った自分の拳を眺めながら、苦笑いするしかなかった。
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