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28 くちびるの感触

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「どうしたヤマト、お前からの電話なんて珍しいな」
「兄上にお聞きしたいことがありまして」

 ヤマトがミヤツキの問いに「カイユーの命の方が大事だ」と答えたのは昨日のことだ。ヤマトの返事を聞いてミヤツキは実家に連絡を取るように言った。死別の挨拶でもしろと言うのかと思ったら、実はそれこそが本題だった。

「桜花家の先祖が初代星読みだって聞いたんですけど……」
「ああ、知らなかったのか。桜花家は子爵家とはいえこの国の開闢からある由緒ある家柄なんだぞ。まあ、先祖というのは厳密には違うかもしれないがな。初代星読みはその時の当主の兄だと聞いている」

 (ミヤツキの言うことは本当みたいだな……)

 電話口の兄の返事を聞いて、ヤマトは昨日ミヤツキから聞いたことを思い出す。


「カイユーの恋人が桜花家の人間っていうのは皮肉だよねー」
「うちの家がどうしました?」
「その顔は、本当の本当に心当たりがないんだね。最初に会った時から、何も知らなそうだなって肩透かしを喰らってはいたんだけどね。やー、最初は君たちが偶然恋に堕ちてるなんてと思ってたんだけど、本気でたまたま恋人になったんだね」

 ミヤツキは明後日の方を見ながら肩をすくめたり首を傾げたりする。ミヤツキが視線も向けずによく分からないことを話し続けるので、ヤマトはイラッとした。

 (ミヤツキのこういう態度、本当にゲームのエセ占い師そのままだな)

「いったい何なんですか?」

 ミヤツキはヤマトの苛立ちなど気にしてないようだが、一応説明を始めてくれた。

「初代星読みは桜花家の人間、君の先祖だよ」
「え、そうなんですか?」
「建国当初はもっと高い爵位を貰ってたらしいけどね。あるモノを無くしたということで自主的に位を下げて僻地に引っ込んだんだ」

 僻地とは桜花子爵家領のことだろうか。そこまで聞いてヤマトはゴゴノのコラムのことをふと思い出した。コラムのファンから聞いた話だが、桜の君は没落した大貴族の設定だというのを小耳に挟んだ。てっきりゴゴノの妄想が行きすぎているのかと思っていたが、それが史実ベースだったとは思いもしなかった。

「本当の本当に知らなかったんだね」

 ミヤツキが何度も言う「知らない」と言う言葉が何を指すのか分からない。ヤマトとしては、責められているような気分になる。
 ミヤツキは国王が座っていた椅子にだらしなく腰かけ直してヤマトに目線をやる。

「ってことは、当然君の母親が霜月地方の夜狩りってことも知らないんだよね?」
「え?」

 急に予想外の人物が出てきてヤマトは驚く。

「大昔に一度会ったことがあるんだ。君はお母さんにそっくりだよ。当時はイナゲナ復活の計画なんて知らなかったけど、僕は夜狩りのことを警戒してたからライフワーク的に監視してたんだ」

(そ、そういえば……)

 母は踊りがとんでもなく上手く、炎が舞い、竜巻が起こるほどだった……と亡き父が言っていたような記憶が薄っすらある。ヤマトは母の踊りにそれだけ迫力があったという比喩かと思っていたが、もしかして影術のことだっただろうか。
 全く知らなかったことだが、自分の血筋が父方も母方もこの件の核心に迫る位置にいたことにヤマトは驚きが隠せない。

「君のお母さんが狙っていたのは、今の僕たちと同じはず」
「狙っていた?何をですか……?」
「初代星読みが紛失したと主張したモノ、『宝珠』だよ」
「宝珠……?」
「これが見つからないことには、話にならない。まずは確認してよ」


 昨日は話を聞いて寮に帰ったら、電話用の部屋を使える時間が過ぎていてかけられなかった。翌日の今日、早速電話をしたというのが経緯だ。

 そんな脳内の回想から、電話越しの兄との会話に意識を戻す。

「初代星読みとの関わりなんて、知らなかったです……」
「我が家の歴史で教えただろう?いや、そういえばお前はいつも興味なさそうにぼーっとしていたな」

 ヤマトは学院に入学してカイユーに出会うまでは本当に無気力だったので、実家にいた頃の記憶が全般的に薄い。歴史や礼儀作法は兄が教師役だったから、兄が教えたというならそうなのだろう。
 
「そんな歴史ある我が家なら、昔から受け継がれている玉ってないですか?」

 ミヤツキから聞くように言われたのは、初代星読みが紛失したと主張している宝珠が実は隠れて受け継がれていないか、ということらしい。
 宝珠はカイユーを助けるためには必ず必要なものらしく、これが見つからないとなれば話にならないそうだ。
 そんな大事な宝珠だが、球体ではあるだろうが、色や大きさは伝わっていないらしくこんなアバウトな確認方法になった。

「玉?そういえば、お前の母親もそんなこと言ってたな」
「まさか、渡しちゃってたりしませんよね!?」

 兄の言葉にヤマトは焦る。母が霜銀地方の夜狩りだということは、あの里の老人の仲間だ。すでにあの里の夜狩りたちの手に渡っていたらとんでもない。

「いや。そもそも玉なんて受け継いでないから知らないぞ」
「……そう、ですか」

 ヤマトは安堵と落胆の入り混じったため息をつく。
 霜銀地方の夜狩りの手に渡っていないというのは良かったが、カイユーを助ける手立ても無くなってしまった。

「なんなんだ急に、お前の母親やうちの家について調べてるっていうことは……結婚に向けての準備か?」
「結婚?誰と誰のですか?」
「お前と殿下とのに決まってるだろう」

 ヤマトの切迫具合など知らない兄の問いかけに、兄が悪いわけでもないが嫌な気持ちになる。ヤマトは今そんな呑気な話をしている気分ではなかった。しかし、その空気は電話越しには伝わらなかったようだ。

「噂はこちらにも流れてきているぞ」
「いえ、だから恋愛感情はないって言ったじゃないですか」
「まだ友情などと言っているのか。エーリク殿下の次期王の座はほぼ決まったようなものだ。お前が世間体を気にするようなこともないし、だいたい……」

 ハキハキ喋る兄の言葉がヤマトの耳を滑る。ヤマトがどのタイミングで電話を切ろうかと考えながら、はいはいと返事をしている間にも兄の話は続く。

「エーリク殿下の立太子の際には、私も王都に……あ、いや待て」
「なんですか?」

 投げやりな気持ちになっていたヤマトが、もう電話を切ってしまおうかとしたその時、兄が何かを思い出したように言葉を止めた。

「玉って、もしかしたら、あれか?」




「わーお、やるねー。秘密を聞き出せたんだ?」

 兄との電話を終えて、ヤマトはミヤツキの部屋にやってきた。成果を伝えるとミヤツキはゆったりと拍手をしながらヤマトを褒める。

「兄も亡くなった父も、秘密とは思ってなかったみたいですよ」
「すごいねー。割とダメ元だったんだけど」

 宝珠は、玉ではなく鍵だった。
 桜花子爵家に代々伝わる鍵は、『城内にある桜の木を開ける鍵。真の王への試練を課すもの』と伝わっていたらしい。歴史はあるとはいえ、弱小貴族である子爵家にそんな大層なもんはないだろうと、受け継ぎはしてきたが誰も本気にはしていなかったそうだ。
 鍵の持ち手部分に丸い玉がついているらしいが「玉に心当たりはないか?」と聞かれてもこの鍵を連想しなかったらしい。王位の話をし始めて、兄はたまたま思い出したらしい。
 
「桜の木とは、横にある霊廟を指しているんでしょうか」
「いや、本当に桜の木のほうだよ。確かに鍵の形をしているなら、霊廟の鍵を意味する比喩って思っちゃいそうだね。だけど、そっちを開けちゃうと宵闇瘴気が解放されるはずだ。歴代の子爵家の人間が王宮内に入ることがなくて良かったね、うっかり霊廟をこの鍵であけたら封印の礎イナゲナが封印から外れてしまってた」
「それって……」

 (……ってことは、もしかして、ゲームで主人公エーリクを嵌めてイナゲナを解放したっていうモブ貴族は、兄上か!?)

 今の話からすると、探していたモブ貴族は兄だった可能性が高い。
 ゲームあったかもしれない未来で、エーリクの立太子に合わせて初めて入った王城内で、兄は先祖からの謂れを好奇心で試してみようと思った。兄が霊廟に行く途中、たまたまカイユーの館に行こうとしていたエーリクと出会う。その話に興味を惹かれたエーリクは、付いていってしまい……
 エーリクはカイユーの味方をした貴族に騙されたとゲームでは描かれていたが、実際にはエーリク陣営のヤマトの兄の好奇心が偶然にも悲劇を起こしてしまったということなのではないだろうか。
 そんなヤマトの予想は確認することも誰かと共有することもできない。そのままミヤツキの話が本題に入る。

「宝珠は本来は、イナゲナが亡くなったら次の生贄初代王が封印の礎になるために使う予定だった。この宝珠を使えば、イナゲナの次に封印の礎になれる。ただし、これは夜狩りの血が強いものしかできない。該当するのは、僕の知る範囲で君か、カイユーだけだね。あ、ゴゴノっていう夜狩りがいるんだっけ?その人もいけるかも。でも、年齢はできるだけ若い方がいいんだよね」

 ミヤツキはチラとヤマトを見た。その視線には字幕で「君がやるよね?」と書いているように見えた。
 ヤマトももちろん、そんな役目をゴゴノに押し付けるつもりはないので、深く頷いた。ミヤツキにはそれでヤマトの気持ちは伝わったようだった。



 もうすぐ夏休みなこともあり、宝珠は実家に帰省して取りに行くことになった。現代日本よりも紛失率が高い郵送では流石に怖い。
 それに宝珠があるだけでは封印の礎になるのに充分でないそうで、ヤマトは修行のためミヤツキの元に通うことになった。
 ヤマトの様子が今までと違うことは、あまり時間を置かないうちにカイユーに気付かれた。

「ねえ、ヤマト。最近何してるの?」
「………その、なんていうか」

 カイユーに真実を言うことは出来ない。
 ヤマトがカイユーのために自分の命を使おうとしているなんて、伝えれば絶対に傷つく。最近は多少の距離ができているとはいえ、カイユーは友達がそんなことをして何も思わないような人ではない。
 出会った当初は、ヤマトはカイユーの身代わりになって心に深く刻まれたいと思っていた。今はそれを望む気持ちはない。カイユーには傷付くことなく楽しいことだけが訪れてほしいと願っている。だけどここにきて、身代わりになる他に選択肢がない。

(こういうのを因果応報っていうのかな……)

 ヤマトは内心で自嘲のため息を吐いた。
 こうなっては仕方がないので、余計なことは言わずにこのままカイユーに知られることなくこの世からフェードアウトするつもりだ。だが、そのための良い言い訳がまだ用意出来ていない。

「……言いたくないのは、会っている相手がやましいから?」

 どうやって誤魔化そうかと考えていたが、カイユーの言い方はヤマトが誰に会っているかバレてしまっているようだ。

「いや、ミヤツキとはそんな」
「『ミヤツキ』?」

 ヤマトは咄嗟にミヤツキを呼び捨てにしてしまった。それはヤマトにとってミヤツキはゲームでは好感の薄い星読みキャラクターだったのに加えて、実際に話してもヤマトのことを若干おちょくるような態度だったので心の中では呼び捨てにしていたのが出てしまっただけだった。

「ミヤツキ殿と、なんでそんなに……?」

 呼び捨てに特別な理由などなかったのだが、カイユーには何らかの衝撃を与えてしまったようだ。

「いえ、星読みを目指しているから色々教えてもらってるんです」
「色々って」
「あ、今年の夏は実家に帰りますね」

 これ以上追究されたくなくて、ヤマトはそう言って誤魔化した。いつものカイユーなら、ヤマトが言いたくないことは受け流してくれるのだが、今回はそうはいかなかった。

「もしかして、それにミヤツキ殿も同行するの?」
「え、あ、はい。何か気になることもあるらしくて……」

 ヤマトは返答に悩んだが、後からバレることを誤魔化すと後々ややこしいかと正直に答える。

「ヤマトはチャラチャラしたのは嫌いだと思ってた。……年上が好きなの?」
「え、なんですか急に?」
「ヤマトは前に俺と恋バナしたいって言ってたじゃん。先に教えてよ」

(先にって、殿下に好きな人ができたってこと?)

 ヤマトは急に、心のどこかにトゲが刺さったような気持ちになった。
 その理由を考えることから無意識に逃げると、ヤマトの脳裏にゲームをプレイしている時に画面越しに見た大人のカイユーの姿が浮かんだ。

「年上好き……そうなのかも」

 子供の頃のヤマトは、一見冷たく見えて優しいお兄さんなカイユーが好きだった。いま思えばそれがヤマトの初恋……

 (って、違う違う!そうじゃなくて。そう!元カノも一歳年上だったじゃん)

 ヤマトは気付いてはいけない何かに気付きかけた自分の思考に夢中で、ヤマトの呟きを聞いたカイユーの反応が目に入っていなかった。

「それよりも!で、殿下にも好きな人ができたんですか?」

 ヤマトが言葉を言い切る直前、カイユーの指がヤマトの頤に触れた。ヤマトは促されるように顔を上げた。カイユーの冷たい指先に驚いていると唇に柔らかい感触を感じた。

「ヤマトのことが好きなんだ」

 呆然としたヤマトの瞳に、真剣なカイユーの顔が映り込んだ。その距離の近さに心臓が鼓動を早めると同時に、今触れたのが彼の唇だったことに気付いた。

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