身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち

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24 カイユーの想い

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「本当に誕生日プレゼントがこんなので良かったの?」

 天翔館で小さな茶会が終わって一息ついたところでカイユーはヤマトに話しかけた。他の参加者は既に帰っているが、館の主人であるカイユーとヤマトは二人の時間を過ごしていた。

「殿下のお手を煩わせているんですから、十分贅沢ですよ」

 ヤマトが本気で感謝を告げるので、カイユーは小さく肩を竦めた。
 今回の件、ヤマトは大仰なものは恥ずかしいと言うし、急なことで時間の余裕もなかったので誕生日パーティーとも言えないようなお茶会という形になった。カイユーがやったのは声を掛ければすぐに来てくれるような貴族に招待状を出したくらいだ。当然部屋のセッティングや給仕は侍従の仕事だし、手を煩わされるようなことなどない。

 カイユーから見て、ヤマトはびっくりするくらいに無欲だ。
 秋から冬にかけて沈んだ様子を見せていたヤマトに、協力の感謝を込めてなにかプレゼントをしようとカイユーは好みを何度か聞いていた。それに対してヤマトからははっきりとした回答がなかっただけでなく、カイユーの方が自分の誕生日プレゼントを欲しがっていると思っていたそうだ。後から聞いてカイユーは呆気に取られた。

「それで、希望通りにしたけど、急にどうしたの?」

 どんな形であれヤマトの希望に沿って誕生日を祝うのはカイユーにとって嬉しいことだ。だが、それがカイユーに近い貴族に祝われたいなんていうのは、今までのヤマトの言動からして不審でしかない。

「その、貴族社会に今まで関心がなさすぎたと反省して……」

 (言う気は無い、か)

 ヤマトの返答が本心でないことは分かったが、カイユーは問い詰めなかった。
 ヤマトに何か秘密があることを、カイユーはかなり前から気付いている。ヤマトは結構脇が甘い。知らないはずのことを知っていたり、あからさまに様子がおかしい時がある。
 カイユーは出会った当初、むしろそんなヤマトのミステリアスさを楽しんでいた。けれど今のカイユーはヤマトが何を隠しているのか知りたい。その気持ちを抑えてヤマトに追及しないように意識して気を付けていた。
 カイユーが踏み込まれたくないときに、ヤマトはそっとそばにいてくれた。そんなヤマトにカイユーは救われたら。
 だから、ヤマトが言いたくないなら、カイユーも同じようにしてあげたい。そう、理性では思っているのだ。


「次回からの社交の参考にしたいので、私の振る舞いで注意した方がいいことは何かありますか?」

 カイユーの心の内など知らないヤマトは、今まで極力避けていた社交の場に今後は出ていくつもりらしい。

「ちょっと率直過ぎるけど、まあ王子の恋人としてなら特に問題ないかな」
「なるほど、もうちょっと何かに例えたりすればいいのか……」

 今日の茶会の参加者は実家の爵位でいうと格上の人間ばかりだったのだが、ヤマトはそういう意味での緊張は全くしていなかった。
 ヤマトは人との会話を気疲れするし苦手だという割に、肝が据わっているし言いたいことは割とはっきり言う。
 ただ、だからこそヤマトは自分の発言で無闇に人を傷つけることを恐れているようだった。それが根本にあって、ヤマトは人との交流を避けているようにカイユーからは見えていた。……最近は様子が違うけれど。

「殿下は彼らとは昔からの知り合いですか?」
「ああ。だいたいが学友って括りだね」
「誰と一番仲良かったんですか」
「満遍なくかな。俺と相性が合う同年代を探そうって代わる代わるやってきて結局誰も定着しなかった」
「そうですか」

 冬の別荘で話をしてから、ヤマトの中で何かふっきれたようだった。
 カイユーに「なにが好きか」「どんな思い出があるか」といった、今まで聞かなかったような質問をしてくるようになった。ヤマトからの関心が増したようでカイユーは嬉しく思っていたが、それが自分以外にも向けられるのは気に入らなかった。

「……いったい何が、急にヤマトの気持ちを変えたんだろうね」

 ヤマトの変化に対するモヤモヤを抑えきれずに、カイユーの口から嫌味のような言葉が漏れ出る。
 カイユーは他の人間には見せないくらい不機嫌な顔をしているはずなのに、ヤマトは小さく笑って返事をした。

「何って、私はただ、殿下の世界をもっと知っておきたいと思っただけですよ」

 ヤマトのその顔をみると、自然と不貞腐れた気持ちが晴れてしまった自分にカイユーは気付いた。

 (はぁ……、人の気も知らないで。こんなことを天然で言ってるんだから……)

 ヤマトの目には、カイユーが期待するような熱はなく、真っ直ぐに澄んでいる。以前は好きだったヤマトのその眼差しが、今のカイユーにとってはそれでは物足りなくなっている。

 (いつから、だろうな。俺の気持ちが、恋心に変わったのは)

 カイユーは、ヤマトに恋をしている。
 夏の始まりにヤマトから友達だと言われた時、カイユーは本当に嬉しかった。なんの利害もなく相手を頼っていい。そんな人間は今までカイユーの周りにはいなかった。
 ヤマトからの「友達」という言葉はカイユーの心にじわじわと染み込んでいった。カイユーは初めて甘味を与えられた幼児のようにヤマトに夢中になった。

 初めての友達にしばらく浮かれていたカイユーだけれど、次第に自分の感情が友情では説明がつかないことに気付いてしまった。
 ヤマトを囲む令嬢たちに感じた不快感。悩みを打ち明けられない自分への情けなさ。ゴゴノを頼って旅に行くと聞いた時の嫉妬。それらは、友情で片付けるには激しい感情だった。
 幸い、ヤマトにはカイユーのそんな感情の起伏は悟られていないようだった。なぜなら、カイユーはヤマトに気づかれないよう必死に気持ちを押し隠していたからだ。

(この気持ちは、ヤマトへの裏切りだ)

 ヤマトは恋愛というものを本当に嫌っている。それは、出会った時の軽蔑の眼差しから間違いない。
 現在ヤマトから向けられている好意に疑いがない一方で、そこに恋の熱情がないことも疑いようがなかった。
 昨年の春、交際を申し込んだ途端に軽蔑された過去。カイユーが当時は面白がっていたそんなヤマトの反応が今は怖くなっていた。

「どうされたんですか?殿下もお疲れですか?」
「ああ、うん。ちょっと疲れたかな」
 
 ヤマトは思考に沈むカイユーに気付いたようだったが、それに肯定の返事を出したカイユーの言葉を聞いて軽く頷いた後は何も言わなかった。そんなヤマトにカイユーは口の端が綻ぶ。
 何も言わずにそばにいてくれるだけで、労りを感じる。ヤマトは基本的に自分から人の心に踏み込まない、けれど無関心という訳でもない。カイユーにはそれが居心地が良かった。だからこうしてカイユーは他の誰にも気軽に吐けなかった弱音を、ヤマトには自然と口に出せるようになった。

 しかし、今のカイユーの中には、ヤマトともう一歩先の関係に進みたい欲が生まれてしまった。
 ヤマトから秘密にしていることも打ち明けられたいし、ヤマトと嘘ではなく本当の恋人になりたい。けれど、カイユーはそんな欲望をヤマトに晒す勇気が無い。ヤマトから拒否され、また嫌悪の眼差しを向けられるのが怖いのだ。
 冬のあの日、カイユーはヤマトに『近づけば醜いところも見えるが、良いところも見える』なんてことを言った。その考えは嘘ではないけれど、本心でもない。

 (俺はヤマトにもっと近付きたい。ヤマトの隠している醜い部分も見たいよ。……けど、ヤマトに俺のこと醜いところを見せたくない)

 見栄を張って偉そうなことを言ったカイユーに、ヤマトは尊敬の眼差しをくれた。その気持ちを裏切りたくなくてカイユーは葛藤している。



 二人の間にゆったりした時間が流れ、ヤマトがそろそろ帰らねばならない時間が近づいた時、ヤマトがふと気になったように疑問を口に出す。
 
「それにしても、殿下の派閥の貴族たちは、以前は私に敵意全開だったのが、だいぶマシになってましたね。コラムは夢見がちな層にしか響いていないと思ってたので意外でした」
「ああ、それか」

 ヤマトの疑問はもっともなので、カイユーは説明する。

「俺を王位につけたい貴族たちって言うのは、大きく分けると二つあるんだ。一つは、正妃の母国の島国との関係が密になるのを嫌がってる層、主に軍閥だね。島国は仮想敵国だから、そことの関係が強固になる程自分たちの予算が減らされる。だから、エーリクを王位につけずに島国との緊張関係を作りたいんだ。自分たちの国内での権力を落としたくないからね」

 ヤマトはカイユーの話す内容に、より一層最初の疑問が深くなったようで首を傾げている。

「なるほど。その人たちがなんで急に私への態度を軟化させたんですか?」
「イナゲナの件を、うまく利用させてもらったんだ」
「利用?って、冬の間忙しそうにしていた件ですか?」
「そうだよ。夜喰魔のことを正妃様から王陛下に進言してもらった。正妃からの提案で軍事費用が上がることはほぼ決まっている。それを噂として流しているんだよ」

 秋からカイユーは宵闇瘴気とやらの影響が出ていないか調査して、弱い獣が夜喰魔化しているのを確認している。大きな被害が出る前に対策しないといけないと思っていたが、冬までは側妃が絡んでいると思い不用意に動けないでいたのだ。ヤマトからの情報でイナゲナへの側妃の関わりが否定されてからこの件は動き出した。
 正妃が国軍の増強を推進するのは、正妃が島国から来た王女としてではなく天壌国を、ひいては天壌国を守る軍閥を大切に思っているというよいパフォーマンスになった。

「わぁ、殿下は本当にすごいですね」

 ヤマトは本当に感心しているようで、その瞳が輝いて見えてカイユーは照れ臭くなった。

「あと、ヤマトが強いって狩猟会で認知されたのもあるね」
「え?そんなことで?」
「あの人達は、強さへの評価比重が高いからね」

 今度はヤマトが居心地悪そうな顔をした。カイユーはそんなヤマトらしい様子を微笑ましく思いながら話を続ける。

「もう一つは国粋派だね。王家は今まで妃を三公爵家のどこかから迎えていたから、その慣例に沿わないのは気に食わないっていう人たちだよ。本当に慣例を重視していると言うより他国の血に負けたくないっていう貴族のプライドだよ」

 カイユーは国粋派彼らのことは、申し訳なく思いつつも滑稽だと前から思っている。彼らが旗頭にしようとしているカイユーこそ、王の血を引かない全く正当性のない存在なのだから。

「国粋派にとっては、俺が政争で負けた訳じゃないってだけで面目が立つんだよ。こっちにはゴゴノのコラムが効果的に作用したみたいだよ」
「貴族のプライド……」

 ヤマトはそのワードが気になったようで、何かを考えているようだった。

「殿下、貴族は過去にその土地を守った功績で領地と爵位を与えられた。それに誇りを持っているんですよね」
「そうだね」

 ヤマトの質問は、貴族なら皆持っている基本的価値観なのでカイユーは質問の意図が分からないまま肯定する。

「……気になったんですけど、初代王は夜狩りだったんですよね。それで他の夜狩りたちも夜喰魔と戦っていた。なんで初代王は彼らを貴族にしなかったんでしょうか?」

 一拍置いて、カイユーはハッとする。言われてみればその通りだ。

「たしかに、そうだな。王自身も夜狩りなのに、なぜ夜狩りの働きに金銭でしか報いようとしなかったんだ。その扱いを、当時の夜狩りたちはなぜ受け入れたんだ」

 王が夜狩りたちを叙爵しなかったところまでは、色々な理由が考えられるがあり得ることだ。一番考えられるのは、王が同胞に自分の地位を脅かされたくなかったことだろうか。
 しかし、そんな扱いをされれば当時の夜狩りたちは王に反感を持って抵抗するはずだ。影術を使っての争いになったなら大事だっただろう。王家の歴史書にも、ゴゴノたち夜狩りの中に伝わっている話にも当時にそんな反発があったような形跡はない。

「夜狩りの歴史は、文献にも、夜狩りたちの口伝にも伝わっていないことがあるのかもしれないね」

 カイユーの言葉に、しかしヤマトは悔し気な顔をした。

「手掛かりになりそうですけど、そんなの調べようがないですよね。イナゲナの秘密に迫るかもしれない謎なんですけど」

 ヤマトの言葉に、カイユーはまともに答えてくれる可能性が低いので避けていた手掛かりに言及する。

「星読みに聞いたら、分かるかもしれない」
「星読みに?」

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