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22 決意
しおりを挟むヤマトは自分の体がどこか暖かくて柔らかい場所に横たえられる感覚がして身じろぎをした。重たい瞼を上げると、そこには意識を失う直前に見たカイユーの顔があった。
「ヤマト!よかった目が覚めて」
「殿下?なぜここに、というか、ここは?」
安堵した様子のカイユーに、意識を失う前の記憶が朧げなヤマトは問いかけながら辺りを見渡す。
天上の梁や木造の雰囲気から、広い古民家の一室のようだ。ヤマトは今、大きな革張りのソファに寝かされたところのようだった。
「ここは公爵家の別荘だよ。誕生日パーティーが終わってすぐに追いかけて、別荘に着いたらまだヤマトたちが着いていないっていうから慌てたよ」
その言葉にヤマトは悪夢を思い出すように、意識を失う前の経緯を思い出した。
カイユーの言うことから察すると、ヤマトとゴゴノはあの里に二日以上いたことになる。確かに思い悩んでいた時間は永遠のように長く感じたが、実際にそんなに時間が経っているとは思っていなかった。
「温かいスープを作ってもらっているからちょっと待ってて」
「うわーー、生き返るーー!!美味しいぃぃい」
カイユーの言葉にかぶさるようにゴゴノの歓喜の声が聞こえた。ヤマトとカイユーと目を合わせて吹き出した。
「どうやらスープはもう出来たみたいだね」
「はい。そんなに美味しいスープなら私も早くいただきたいです」
先ほどまでは二日以上も碌に食べてなかったという割に空腹感を全く感じなかったのに、カイユーと笑い合っていると不思議とヤマトはお腹が空いてきた気がした。
ヤマトがスープを飲んでいる間に、ゴゴノは王都へと帰っていった。「実は!次の入稿がまだなんです!」と走り去るゴゴノは羨ましくなるほどパワフルだった。
ヤマトは部屋を暖めてくれる薪ストーブを見ながら、あの里でのことを反芻する。
スープを飲んで少し力が出たとはいえ、ヤマトはまだ気持ちを切り替えられずにいた。お腹の中にまだ冷たく重たいものが詰め込まれているような気分のままだ。
「どうしたの?」
そんなヤマトに、カイユーが声をかける。
スープを作ってくれた管理人は食材を買い足すとのことで、カイユーの護衛についてきていたグレンと共に村に向かった。今別荘にはヤマトとカイユーの二人きりだ。
「……すみません。ちょっと色々あって混乱してて」
目覚めてすぐは状況確認に意識が持っていかれていたが、こうして落ち着くと色々なことへの罪悪感が心を覆う。
「そっか」
カイユーはそれ以上何も言わずに、ヤマトの横に座って手をそっと握った。カイユーの手は暖かった。一緒に薪ストーブの中に揺れる炎を見る。
まるで、この世界が薪ストーブとカイユーとヤマト、それだけで構成されているような心地だった。
ヤマトは昨日まで何もかも不確かで自分がどこに立っているのかも分からない暗闇にいる気分だった。だけど、いま横にある温もりは、本物だと確信できる。ヤマトにはそれが心地よかった。
組まれた薪が崩れた音をきっかけにヤマトは、握ってもらっていた手をそっと離す。
「……そういえば、殿下、誕生日おめでとうございます」
「『そういえば』って、ひどいな。忘れてたの?」
ヤマトの気持ちが少し浮上したことに気付いたのか、カイユーは揶揄うように言った。それを受けて、ヤマトは部屋の隅に置かれていた自分の荷物を開けて中身を探る。
「王都に帰ったらラッピングしようと思っていたので裸のままで申し訳ないです。……これ、良かったら」
ヤマトがカイユーに差し出したのは足につけるアクセサリー、アンクレットだ。
「元は安物ですけど、ゴゴノにお願いして影術のおまじないをかけてもらってます。あと……私とおそろいです」
少し前からカイユーから欲しいものを何度か聞かれていたヤマトは、カイユーが誕生日プレゼントを欲しがっているのだと思った。
大人の男同士であれば友達の誕生日なんて覚えていることも稀だが、自分が子供の頃のことを思い出せば誕生日はビックイベントだった。
曲がりなりにもカイユーの初めての友達として、ヤマトにできる限りのお祝いしようと決めた。しかし、高級なものは財力の差を考えると難しく、友人というものをあれだけ喜んだのだから友情を感じるプレゼントがいいのかと考えた。
流石になんの変哲もない安物では申し訳なく、ゴゴノにお願いしてみたら「まじない系の術は苦手なんですけど、頑張ります!」と、快く引き受けてくれた。身につけやすいアクセサリーで、できるだけ目立たないものをと思って、足につける装飾品にしたのだ。
「おそろい?」
「あ、いや、単体でも身を守る効果はあるので。嫌だったら私はつけるのをやめます」
カイユーは、驚いたようにヤマトを見ている。その視線に、こんなものを渡すことへの抵抗感が今更ながらヤマトの中で芽生える。
「いや、嬉しいよ。ヤマトもつけてよ」
友情っぽいプレゼントでおそろいなんて、ヤマトなりに精一杯考えたが小学生の女児のようで、我ながら恥ずかしいと思っていた。だが、カイユーの嬉しそうな表情を見て、このプレゼントを用意してよかったとヤマトは思った。
「殿下、ありがとうございます」
「?今お礼を言うのは俺の方じゃない?」
「いえ、さっき手を握っていてくれて」
世界に一人きりの気分になっていたが、隣にカイユーがいてくれる。一人きりじゃなく二人きりなことが、あんなに安心するとヤマトは知らなかった。
「ああ、不安な時に手を握られてると安心するよね」
「『心細そうな相手の手を握る』なんてタラシテクニックはどちらで学ばれたんですか」
なんとなく照れ臭くなってヤマトの口からは照れ隠しに揶揄いの言葉が飛び出た。
「別に、なんだっていいだろ」
ヤマトの揶揄を受けてカイユーは、思春期の少年のように気まずそうに目を逸らした。そんな様子につられて、ヤマトも同じように照れてしまった。
(……そうだった、殿下は今まさに思春期の少年なんだ)
「殿下は、やっと十六歳なんですね」
大人っぽい雰囲気と王子としての責務を果たしていることからついつい忘れてしまうが、カイユーは日本でもここ天壌国でも立派な未成年だ。
カイユーはヤマトの漏れ出た呟きに反応して、ヤマトを見る。
「自分が春生まれだからって年上ぶるの?数ヶ月の差だろ」
拗ねたような言い方も、子供っぽい、いや年相応だ。
(ずっと前から、分かっていたことなのに。カイユーが今を生きている十代の少年だってことを、オレは分かっていても見ないふりをしようと必死だった)
少なくとも友達だと口から溢れた夏の始まりにはヤマトは気付いていて、けれど気付いていないふりをしていた。
それを認めることは、カイユーが画面の向こうのキャラクターではなく人間であるという事実と向き合うことだからだ。
カイユーといるのは楽しかった。
ゲームで想像したのと違うところにも、魅力を感じてより引き込まれた。
でも、ここはゲームだと、目の前にいるのはキャラクターだと思わないと、ヤマトはカイユーと仲良くなるのが怖かった。
「殿下、人の気持ちって変わってしまいますよね」
「そうだね」
ヤマトは、人間と深く関わるのが怖い。
ここは所詮ゲームの世界、目標に向かってイベントをこなしているだけ。カイユーと仲を深めるのもそのためだ。そう思い込みたかった。
ヤマトが身代わり計画にこだわっていたのも、この世界のなかで、ヤマトが一人の人間として生きているのが怖かったからだ。
「だから、いくら今仲良しで信用していても、来年は憎しみあって相手を殺しちゃうかもしれないですよね」
カイユーには、ヤマトがどう動こうと相手は何も変わらない、一方的に自分の願望の捌け口にできる存在でいて欲しかった。そうでないと、万が一カイユーに嫌われた時に立ち直れないと思った。
「ヤマトの言っていることは、確かにそうだと思うよ」
カイユーの返答は、ヤマトへの表面的な共感ではなく心からの同意のように聞こえた。
「いや、もしかしたら、自分や相手が変わってしまったんじゃなくて、お互いの知らなかった醜い部分を知ってしまっただけなのかもね」
続いたカイユーの言葉に、ヤマトは頷く。
確かにそうだ。恋愛が特にそうだが、人間関係の始まりは多くの場合相手に自分の幻想を押し付けている。
「それなら、近付いて醜いところに気付くぐらいなら、遠くにいたほうがいいと思いませんか?」
ヤマトの問いかけを、カイユーはじっくりと咀嚼しているようだった。
そして、数拍おいてから口をひらいた。
「けど、逆もあると思う。俺はその可能性を捨てたくない。最初はあんな軽蔑の目で見てたヤマトが、俺のことを友達だって言ってくれた。近づかないと見えない美点もあるんだと思うよ」
カイユーのその言葉は、大人になると擦り切れてしまう他者への期待だとヤマトには感じた。だけど逆に、人生を悟っているような達観さも持ち合わせている。
「殿下は、……すごい人ですね」
ヤマトはカイユーの言葉に感嘆のため息がでる。
そして、ちょっと悔しい。カイユーだって側妃やグレンや別の誰かとの関わりでトラウマレベルに傷付いた経験はあるはずのに、ヤマトと違って恐れずに人と関わっている。単純なコミュ力とは違う人間力の違いを感じた。
そんなヤマトをカイユーは不思議そうに見た。
「すごいかな?俺がそう思えるようになったのはヤマトと出会ったからだよ」
そう言って、カイユーはくすっと笑う。その笑みを見て、ヤマトも自然と口元が綻んだ。
(この人の友達になれて、オレは幸せだな)
カイユーが画面の向こうの存在ではないと認めても、やっぱりヤマトにとっては憧れの存在だ。
だけれど、いまだに恐れ多いけれど、カイユーはヤマトを友達として認めてくれている。
ヤマトも、カイユーの友達としての在りたい。
ヤマトはそんな自分の気持ちを、素直に受け止めることができた。
「ヤマト、雪だるま作ろうか」
「持って帰れないですよ」
「エーリクへの土産話だよ」
「余計に羨ましがりそうですけど」
そんな会話をしながら、ヤマトはカイユーと一緒に雪だるまを作った。記憶にある限り初めての雪だるま作りに、ヤマトは思いのほか熱中してしまった。
夢中になって雪だるまを作っていたら、手袋越しにも手が冷えてしまっていることに気付いた。ふといたずら心の芽生えたヤマトは、手袋を脱ぎカイユーの頬に手を当てた。
「うわ、びっくりした!幽霊かと思うくらい冷たいよ」
カイユーの例えヤマトは笑った。
ヤマトは一度死んでいて、幽霊みたいなものなのかもしれない。だけど、こうしてカイユーに触れることができる。影響を与えたり与えられたりできる。
「もし私が幽霊でも、私は殿下の友達ですよ!」
ここはゲームではなく、今のヤマトにとって自分が生きている現実世界だ。目の前にいるのは、推しキャラではなくてヤマトの友達だ。
そう思った時、ヤマトの中で夜狩りの里でグルグルと渦巻いていた悩みが晴れていた。
未来がどうなるか分からないなんて、現実世界では当たり前のことだ。友達の幸せにしようとして、何か悪いことがあるだろうか。
(とにかくイナゲナが復活しない方法を探そう。殿下が幸せになれる未来を、友達として見つけ出す!)
ヤマトはこの時、この世界では生きていることを受け入れた。だが、だからこそより一層、自分の心の一部に蓋をしてしまっていることに気付いていなかった。
繰り返し『オレは友達だ』と言い聞かせているのが何故なのか、ヤマトは考えもしなかった。
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