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20 冬の住処
しおりを挟むヤマトは側妃と話した翌日以降、思考から逃げるようにカイユーから借りた資料や文献を読み漁る日々を過ごした。
あの日知ったことは全てただの側妃の妄想なのではないか、ヤマトはそんな一縷の望みに賭けていた。そう思わないと、自分が自分でいられなくなるような不安があった。
「殿下、貸していただいた文献で霜銀地方に夜狩りらしき一族がいる記述がありました。ここを見てこようと思うんです」
霜銀地方とは銀華公爵家の別荘地、つまり側妃が夜狩りと思わしきカイユーの父親と出会った場所だ。
(側妃から聞いた話について、確かめる手掛かりは今のところこの別荘地だけだ)
側妃に霊廟の神を教えた男、その当人は亡くなっているが、昔住んでいた家がまだ残っている、知り合いがいる可能性はある。
「熱心に探してくれてたもんね。ありがとう」
ヤマトの真の目的を知らないカイユーから、単に側妃の国家転覆疑惑の調査としての謝意を伝えられる。そして、カイユーは腕を組んで考え込み始めた。
「霜銀地方には公爵家の別荘があるから宿には困らないけど、この季節は雪が心配だな……」
狩猟会のあった秋、その直後に側妃と話してから二ヶ月ほど経っている。今の季節は冬、霜銀地方は避暑地だけあって高地にあるので王都より降雪が多い地域だ。
「春になったら、一緒に行こうか」
「殿下が動かれると大事になりますから、後ろ暗いところがある夜狩りがいれば逃げてしまうかも知れません。それに、この季節だからこそ人が来ないと油断しているでしょう。ゴゴノが付いてきてくれるので大丈夫ですよ」
ヤマトがしたいのは側妃から聞いたことの裏どりだ。カイユーが一緒にいては、ヤマトが妙な動きをしていると勘付かれる。
「俺もお忍びで行くことは出来るけど?」
「殿下は、ご自身が主役のパーティーがあるでしょう」
秋に側妃と話してから冬になるまで時間をかけたのは、都合のいい記述を探していただけではない。カイユーが動けない時期を狙ったのだ。
カイユーは冬生まれでこの時期に誕生日パーティーがある。庶民の誕生日と違い、自身が主催するパーティーとなれば当日参加するだけじゃない。主催者として会場の装飾から食事、招待客リストとやることがいっぱいなのだ。
特に、学院に入学して親の手が薄れる初めての誕生日なので貴族社会での注目度も高い。ここで失敗するようではカイユーは今後側妃や公爵からの干渉を断れなくなる可能性があるので失敗できない。
ちなみに、ヤマトは参加しないことは前から決まっている。このパーティーには王陛下が参加するからだ。慣例上、王陛下に恋人として挨拶すると正式な婚約者になってしまうのだ。
「ヤマト、何か焦ってない?」
「イナゲナが思ったより危険そうで、心配なんです」
「ああ、そうだね。俺も、側妃の罪の証拠を探すために泳がせるにはリスクが高すぎるものだと認識を改めたよ。けど、ヤマトが気負うことはないよ」
カイユーはイナゲナと夜喰魔の危険性を狩猟会で認識しているのでヤマトの建前の内容には同意したが、腑に落ちない顔をしている。
側妃と会ってからずっと悩んでいるヤマトのことをカイユーは心配してくれているのだ。分かっていても平気なふりすらできない自分がヤマトは情けない。
「その、心配しないでください。やりたくてやってることですから」
ヤマトにはカイユーの心遣いが、自分には贅沢すぎるようで受け入れられない。カイユーに優しくされるのが、今のヤマトには苦しかった。
一瞬流れた気まずい空気は、ちょうどその時エーリクが天翔館にやって来てかき消えた。
「えー、ヤマトどこに行っちゃうの?兄上の誕生日パーティーに一緒に出ないの?」
「はい。エーリク殿下が代わりにいっぱいお祝いしてあげてくださいね」
三ヶ月謹慎していたエーリクだが、その後もヤマトが狩猟会のための弓の練習や、資料漁りに熱中し出したこともあってほとんど会えていなかった。やっと最近遊べるようになったのに、ヤマトとまた会えなくなると聞いてエーリクは不満げだ。
「エーリク殿下、お土産は何がいいですか?」
「えーっとね、雪だるま」
「それはちょっと、難しいですかね……」
エーリクとヤマトが話しているのを、カイユーは心配そうな顔で見ていた。ヤマトはそれに気付かないふりをした。
「ゴゴノさん、今回は色々とありがとう」
今回の別荘地への旅は、ゴゴノが同行することでカイユーから了承をもらった。ゴゴノは影術が使えるし、個人的感情からヤマトのことは絶対に守るだろうと信頼されている。
今は乗合馬車で、カイユーが公爵に使用許可を取ってくれた公爵家の別荘を目指している。
「いえいえ!代わりに素敵なネタをいただきましたから」
ゴゴノは金で動かない代わりにカイユー×ヤマトの創作にかける熱量がすごい。
そこで今回、協力してもらう代わりにヤマトは自分の秘密を伝えた。母親が正妻じゃなくて流れの踊り子だという話だ。凄腕の踊り子の母は、出産まで子爵家でやってそのまま去っていった肝の据わった女性だったらしい。なので、ヤマトは子爵と正妻の実子として登録されているのだ。領地でも知っている人間は少ない。
「もしかしたらとは思ってたんです!つまりヤマト様が恋愛に消極的なのは……その冷えた心を……よい!よいです!」と、聞いた瞬間からネタが降ってきたらしくゴゴノはすごい勢いで何らかのメモをとって喜んでいた。
ちなみに、ヤマトは先日ゴゴノのコラムを勇気を出して読んでみたが、物語が次々展開していくような話ではなく心情描写がメインの話だった。ゴゴノ視点の私見という体裁なので心情描写=ゴゴノの妄想だ。
やはり自分が題材だと思うと目が滑ってちゃんと読めなかったが、単純にゴゴノの筆が良いのだろう。題材がカイユーとヤマトでなくてもコラムは人気が出たのではないだろうか。
「フード、もう少し下げたほうがいいですよ」
「あ、はい」
ヤマトは顔が派手で目立つからとフードを目深に被っている。不審な目で見られた時にはゴゴノが「顔にアザがあって気にしてるんです」と言って誤魔化してくれている。
今の所、旅は順調に進んでいる。今年は雪の降りはじめが遅く、大して積もってもいない。年によってはこの時期にも膝くらいまで積もることもあるらしいのでラッキーだ。
「あれ?あれって……」
もうすぐ別荘のある街という最後の休憩地点で、ゴゴノが何かが気になったようで草むらに近づく。そこで獣道とその脇に隠れた祠を見つけたようだ。
「これ、なんですか?」
「たぶんこの奥、夜狩りの里ですね」
この祠は夜狩りの里の目標なのだそうだ。ゴゴノはこの奥に集落はあるかと馬車の御者に聞く。
「ああ、そういえばここに村があったね。たまに街に降りてきてたんですけど最近は見かけないなぁ。もう廃村じゃねぇですか」
ヤマトはゴゴノと目線を合わせて頷く。
(側妃と駆け落ちしたのは、夜狩りの可能性が高いから……何か手掛かりがあるかも)
「僕たち、ちょっと見てきますね」
「やめといてくださいよ。イヤですよ。ワシはこんなところで待つのは」
ゴゴノの言葉に御者はあからさまに嫌そうな顔をした。
「あとは徒歩で行きますから」
そう言って、ゴネる御者に代金を払って見送る。
ゴゴノ曰く、夜狩りの里というのは大体が既に廃村だそうだ。むしろ、最近まで人がいたことの方が驚きなのだそうだ。
最近の夜狩りは別の職業をしながら、親が子供に内職的に影術を教えるらしい。ゴゴノも自分の家族や近い親族以外の夜狩りはほとんど見たことがないそうだ。
ちなみにだが、ゲームでエーリクが出会う夜狩りは霜銀地方とは真逆の王都の裏にある山脈の中に里を作っていた。天壌国の王都の背後には到底人が超えることができないと言われている山脈がある。山脈の向こうに幾つか国があるらしいが交友がない。
天壌国が交易をしているのは海から船でやりとりできる国で、そのうちの一つが隣の島国である正妃の祖国だ。ゲームでエーリクは母の祖国に行く道を塞がれ、人が生きていけないと思われている山脈の奥深くに逃げて夜狩りたちに出会うのだ。
霜銀地方は王都から出て海側に向かう方向にある高地ので山脈からはかなり遠い。夜狩りとはいえ、まったく別の一族だろう。
ヤマトとゴゴノが獣道をしばらく行くと、人の気配がしない寂れた里についた。
「やっぱり人はいないですか」
ヤマトの感想を、ゴゴノが否定した。
「いえ、煙が見えます。誰かいるはずです」
言われてよく見ると、一軒の家から煙が上がっていた。
燃え広がる様子や嫌な匂いはしないのでおそらく調理のために炊いた釜戸の火だろう。
煙の出所である民家を見つけて、ボロボロの扉越しに中へ声をかける。
「ごめんください」
返事がないので中を覗くと、土間の奥にある板間に一人の老人が座っているのが見えた。
一瞬死体に見えて、ヤマトは心臓が止まるかと思った。その老人は枯れ木のような細さだが、目つきが鋭く妙に威圧感がある。忍者のような格好をしているので夜狩りだろう。
老人は許可もなく家に入ったゴゴノとヤマトを怒るでも挨拶をするでもなく、じっとりと睨め付けた。そして、ゴゴノに視点を定めて口を開く。
「お前、夜狩りだな」
まるで敵を威嚇するような低い声だったが、ゴゴノは平然とした様子で返答する。
「あ、はい。ゴゴノと言います。新聞記者をしています」
「ふん、堕落者め」
老人はゴゴノと、隣に立つヤマトをもう一度見て鼻を鳴らした。ヤマトはフードをかぶっているので、老人には怪しく見えたのではないだろうか。
「この里の皆さんは?」
「死んだ。わしも数日の命だろう。最期の飯に余計な客が来た」
老人の態度に怯まぬゴゴノの問いかけに、老人はとんでもないことをサラッと言うのでヤマトはギョッとした。
確かに老人はミイラかと思うくらい細い。そして冗談を言うような人柄にも見えない。
「それは大変だ!それなら、今からでも医者に」
「ふん、そんなもんにかかるぐらいなら自分で腹を切るわ」
ゴゴノがアワアワと慌てながら言うが、老人は相手にしない。
しかし、驚いた拍子に被っていたフードの取れたヤマトを見て、老人は目を見開いた。
「お前、まさかカイユーの恋人か?」
「え!?あちゃーヤマト様!美しさから一目でバレちゃいましたよ!」
コメディ映画のように大きなゴゴノのリアクションは、老人の問いかけを肯定する。すると、老人は狂気的に笑い出した。
「はははははは!!ついに、ついにこの時が来た!やはりワシは神に味方されておる!」
意味が分からず固まるヤマトとゴゴノを気にせず老人は笑い続けた。
「カイユーがイナゲナとなったのであろう?」
「……は?」
老人の狂気に引きづられるかのように、家の外で風が強まっているのをヤマトは感じた。
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