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18 秘密
しおりを挟む「死んでしまうって……一体?」
側妃の発した途轍もなく不穏な言葉に、先ほどまでとは違う緊張でヤマトの体が強張る。
「長い話になります。お茶を入れ替えてもらいましょう」
側妃の合図で空気のように控えていた女官がお茶を替えた。ヤマトはとてもではないが胃のなかに何か入れる気にならず、ほんの少し含んで口の中を潤す。
「あの子の本当の父親と出会ったのは、学院を卒業した年に避暑で別荘地に行った時のことです」
そこから側妃はシトシトと降る雨のような声音で話し始めた。
側妃は当時、王太子(現王)の婚約者だった。しかし、水面下で王太子と他国の王女(現正妃)との婚約が進められていて、それは当時の年若かった側妃にも知らされていた。
側妃と王太子とは幼馴染で、恋心はないが仲の良い関係だった。側妃には、王太子と他国の王女との婚約に嫉妬はなかった。
王家有責の婚約破棄のため公爵家としては王家との何らかの取引を優位に進めていたようだが、公爵は瑕疵がつく形になった娘を不憫に思って婚姻は側妃の意思を尊重すると言っていた。そうは言われても側妃当時は特に好きな相手もおらず、どうしたものかと悩んでいた。
そんな時、別荘地で側妃はちょっとした冒険心で一人で敷地外に出た。それは年相応の好奇心と、もしかしたら親や世の中への反抗心もあったのかもしれない。
とはいえ本格的な家出をするつもりはなく、すぐに帰るつもりだった側妃だが、その少しの外出で運悪く野盗に襲われてしまった。その時、伝統服を崩したような服装の不思議な術を使う男性に助けられた。少女だった側妃は一瞬で恋に落ちた。
(不思議な術?伝統服を崩したような……って、夜狩りか?)
側妃の話を聞きながら、ヤマトはその部分が気になった。しかしまだ肝心のところに話が入っていない、ここで話の腰をおるのはよくないとそのまま側妃の話を聞く。
「笛が得意な人だったの。教えてもらって、一緒に演奏しました」
側妃は、過ぎ去った青春を懐かしむように遠くを見た。
もちろん公爵は娘の恋に反対した。いくら好きにしていいといったとはいえ、素性の知れない怪しげな男との結婚はとてもではないが許すことができなかった。
公爵に反対された側妃は駆け落ちをして、その男としばらく二人で旅をした。たった数ヶ月で公爵による捜索で騎士たちに見つかり、その逃避行は終わった。駆け落ちの相手は誘拐犯だとして公爵家の騎士に殺されて亡くなってしまった。
その時すでに、側妃のお腹には子供がいて堕胎は出来ない時期になっていた。側妃も一人で育てると宣言して出産を希望した。天壌国でのシングルマザーの立場は、現代日本よりも厳しい。事情を知った王太子はその腹の子を自分の子供にしようと側妃に提案した。
条約で王位は他国の王女との子供に継がせる約束になっている。だからその子は、王子として育てるが王にはならないので気に病む必要はないと王太子は言った。王太子には、婚約破棄が事態の遠因になったという罪悪感があったのだろう。
そうして側妃は側妃となり、産まれたのがカイユーだ。
(王陛下は側妃様の浮気……、って言っていいのかわからないけど、つまりカイユー殿下が自分の子どもでないことを知っていたのか)
「でも、それじゃあ何故カイユー殿下を王にしようとされるんですか?王陛下との約束が違うじゃありませんか」
ヤマトの問いかけにそれまで郷愁を帯びていた側妃の雰囲気に、重苦しい圧迫感が加わった。
「あれはあの子が七歳の時でした」
無事に生まれて成長していたカイユーだが、七歳になった時に原因不明の熱を出して、一週間経っても下がらない高熱に苦しんだ。何人もの医師に見せるが熱は下がらない。
「その時、あの人から聞いた話を思い出したのです。王宮内にある霊廟には、神様が封じられている。何かあれば頼るようにと」
側妃は婚姻前にも王宮には何度も行ったことがあったが、そんな話は聞いたことがなかった。そもそも駆け落ちをしている側妃が王宮に行くことなんてない、その時は男の話を話半分に聞いていた。側妃は王宮に入ってからも霊廟の存在は確認していたがわざわざ行くこともなかった。
しかし、熱に苦しむカイユーはついに医師から今夜は越せないと言われてしまい、側妃は愛した男の言葉に縋った。そして、側妃は霊廟に忍び込んで神棚に熱に苦しむカイユーを捧げた。
「その時、急に霊廟内に黒い霧がかかりそれがあの子に吸い込まれるように消えました。霧が消えた後カイユーの熱は一気に下がったのです」
(それって、宵闇瘴気なんじゃ……)
黒い霧と言われてヤマトが思いつくのは宵闇瘴気だ。そんなものがカイユーに吸い込まれていったとは思いたくないが他に思いつくものもない。
「その時の記憶は、カイユーの中からごっそり消えているようでした。それからのあの子は熱のことなんて無かったかのように元気になった。けれど、エーリク殿下が生まれた年に、また異変が起こったのです」
ヤマトが話にイナゲナの存在を感じ取って気を引き締めている間にも、側妃の話はどんどんと進んでいく。
「実は、異例ではありますが、生まれてすぐのエーリク殿下を立太子するように私から進言しました」
「そうなんですか?」
驚いたヤマトに側妃は小さく笑った。意外に思われることを分かった上での自嘲のようだった。
「正妃様に安心して欲しかったのです。けれど、立太子の儀の途中にあの子は意識を失い、どこからともなく現れたあの黒い霧に体が包まれたのです」
立太子の儀は王の子が全員参加する儀式から始まる決まるので続行できなかった。そして儀式を止めると黒い霧は消え、しばらくするとカイユーは意識を取り戻した。しかし、目覚めたカイユーからは、倒れる直前の立太子の儀について記憶がまたもや消えていた。
エーリクの立太子については元々異例で極秘に進められていた話だったため、この件で話はたち消えになった。また、カイユーが前触れなく倒れた様子が奇妙だったこともあり禁句となり、関わった人間はエーリクが立太子の儀を行ったこと自体をなかったことにした。
(エーリクの立太子前にカイユーに異変が?それって、ゲームの始まりと同じ……?)
今から数年後に起こるだろう話だが、イナゲナが復活してカイユーが肉体を奪われたのもエーリクの立太子直前の出来事だ。
ゲームではエーリクが嵌められてイナゲナが復活したことになっていたが、側妃が言うことが本当ならイナゲナの復活はカイユーに関連する出来事である可能性が高い。
「きっとカイユーは、王にならなければ霊廟の神に連れ去られるのでしょう」
側妃はその言葉を死の暗喩として言ったのだろうが、ゲームの知識があるヤマトには別の可能性が高いと思った。
霊廟の神、つまりイナゲナにカイユーが憑依されることは運命として決められているのではないだろうか。
そして今の所、それを回避する方法はエーリクの立太子の儀を回避する。つまりカイユーが王位を目指すことしかない。
(このことを、殿下に伝えれば……。いや、伝えても殿下は王位を目指すとは言わないだろう)
カイユーは本気で、穏便に王位継承権を放棄することこそが自身の存在意義なのだと言っていたのだ。カイユーが自分の生命よりも、王にならないという決意を貫く可能性は高い。
それに、カイユーはきっと側妃への反発でこの話を信じないだろう。自分を王にするために側妃が作り話をしていると思うのではないだろうか。
「その、殿下は……」
「あの子の気持ちは分かっています」
ヤマトが言うまでもなく、カイユーが自分が王にならないことを最優先で動いていると側妃も分かっているのだ。
「あの子がどう思おうと、私はあの子の生を諦めることはできません」
側妃は、神に宣誓するようにキッパリと言い切った。
覚悟が籠った言葉というのは女性の高い声でも、地面を伝うように響くのだとヤマトは知った。
「あなたの放った妙な気配の矢、あの人が使っていたものに似ていました。何か知っているかもしれないと思って呼んだのです」
ここにきて、ヤマトが今日呼ばれた理由が分かった。側妃は藁にもすがる想いなのだろう。
「すみません。期待に添えるような情報は持っていません」
「そう、ですか……」
僅かな望みに縋っていただろう側妃は肩を落とした。
その様子に申し訳なくなりながら、ヤマトも今聞いた話を処理しきれずにただ立ち尽くした。
側妃とヤマトの間に無言の時間が、ただ過ぎる。しばらくして、側妃は小さく笑った。
「ふふ、息子があなたのことを好きになった理由が分かるわ」
予想外のことを言われてヤマトは面食らう。
今、何かを分かってもらうような出来事があっただろうか。ヤマトはただ黙っていただけだ。驚いているヤマトの反応に、側妃は微笑む。
「同じ気持ちでそばに居てくれるだけで良い時もあるのよ」
ヤマトもまた、側妃がカイユーの母親だということがよく分かった。
この親子は、ヤマトのコミュ障をいいように受け取りすぎだ。ヤマトはただ単に気の利いた言葉が出てこなかっただけだ。
「一人で来てくださってありがとう。とても勇気のいることだったでしょう?ただ、この件はあの子には秘密にしてもらえますか?」
「……はい、分かりました」
側妃のお願いにヤマトは一拍置いてから了承した。
側妃の存在自体がカイユーにとっては地雷なのに、生命に関わる話をこんなあやふやな状態で伝えるわけにはいかない。ヤマトは側妃が嘘をついていると疑っているわけではないが、側妃の推測による部分も多い話だ。
「ただ、言うべきだと思った時は伝えさせてもらいます」
「……ええ、私はあなたの判断を信用します」
今度は側妃が一拍溜めてから返答した。
伝えるにしても伝えないにしても、ヤマトがカイユーのために判断すると信用してくれたようだ。
ヤマトは辞去の挨拶をして、グレンに送られて寮へと帰った。
自室のベッドに寝転がって天井を見ながら聞いた話を反芻するが、さまざまな感情が入り混じり思考がまとまらない。
(頭が全然回らない……。つまり、オレの計画は根本から間違っている、かもしれないのか?)
思ってもみなかったことを短い時間にたくさん聞いて、ヤマトの頭は混乱していた。前提だとして疑っていなかったことがひっくり返ったのだ。
ゲームファンの中では、イナゲナはカイユー以外にも憑依できると解釈されていた。イナゲナが夜喰魔を操っている描写があったからだ。しかし、思い返してみれば作中でイナゲナが完全に肉体を奪ったのはカイユーだけだ。
側妃の話が本当なら、身代わりになってカイユーを助けるというのはそもそもが無理な話だったということになる。
(イナゲナは、カイユーが復活の場にいようがいまいが、心に隙があろうとなかろうと、カイユーの肉体を乗っ取るってこと……?)
それが事実だとしたら、イナゲナが復活してしまえばカイユーを救う方法は存在しない。そしてヤマトの人生の目標、身代わり計画は土台無理な話だったということになる。
(……こんな時まで身代わり計画の心配してるのかよ、オレ。最低だな)
ヤマトは寝返りを打って枕に顔を埋める。腹の底に穴が空いたような気分だった。もはや何が原因かわからない自己嫌悪で張り裂けそうだった。
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