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14 反響の影響

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 夏の暑さはあっという間に去り、空気の透き通った秋晴れで狩猟会当日を迎えた。会場となる森の入り口にやってきたヤマトはちらほらと集まりだした学院生や保護者だろう貴族たちのなかポツンと立っていた。
 いつまでも突っ立っているわけには行かないので設営されているテントに入る。テントといっても日本の体育祭みたいなものではなく、モンゴルの遊牧民の家みたいな広くてしっかりしたものだ。中は豪華でソファや給仕設備もあり内装だけ見たら普通に豪邸だ。大貴族と違って侍従なんて連れてきていないヤマトは用意されていたお湯と茶葉を使って自分で紅茶を淹れる。紅茶の香りを嗅いでいると、自分に向けられている視線に気付いた。どうやら注目されているらしく噂話がコソコソと聞こえてくる。

「美しい召使いかと思えば……殿下につきまとう貴族崩れか」
「殿下も器量好みでいらっしゃる」
「想い合っているのなら殿下の幸せを願って身を引くべきではないか?」

 おそらく学院生の家族らしき年齢層の男性たちと、学院生たちはあまり見たことがないのでカイユーからヤマトへの接触を控えるように言われているというカイユー派だろうか。

 (コラムが人気なんて聞いたからどうなってんのかと心配してけど……こういう感じね)

 ヤマトはコラムの反応を知りたくてあえて一人で会場入りしたのだが、無駄に居心地悪い時間を過ごすことになるだけのようだ。
 鋭い視線を向けられて気分は良くないが、公爵のパーティーの時と同じだ。契約恋愛開始時に想定していた反応なので、コラムの影響で一体どんなことになっているか不安だったヤマトにとっては安心材料だ。
 加えてみんなが公爵みたいな喋り方じゃないこともヤマトの心を落ち着かせた。人に嫌味を言う時に蝶だの花だの鳥だの言い出すのは公爵の趣味であって貴族の作法ではないらしい。
 そんなことを考えながらヤマトが隅の方にある席に座って淹れた紅茶を飲んでいると、女子学院生が話しかけてきた。

「あらヤマト様、お一人でいらっしゃるの?」
「ええ、はい」
「ぜひお話ししたかったの。ご一緒してよろしいかしら」

 ついに直接嫌味を言いにきた人間かと思ってヤマトは身構えたがどうも様子が違う。一人が話しかけたのを契機に複数の女性たちに取り囲まれるが皆一様に目がキラキラしている。
 半年以上経つのに殆どの学生と初対面なヤマトは彼女たちに次々と自己紹介をされるのだが、社交能力のないヤマトは全く覚えることができない。

「いつもは殿下との時間を邪魔してはいけないと控えておりましたの」
「でも皆ヤマト様とお話ししたいと思っていたのですよ」
「他クラスの教室に乗り込むなんてはしたない真似は出来ませんしねぇ」

 確かに最近はカイユーといても華やかな学院生たちが話しかけに来ない。それはヤマトとカイユーが狙ったことなのだが、その反動でここでこんなに囲まれることになるとはヤマトは思っていなかった。

「そちらはご自身で淹れられたの?」
「はい。そうですが」

 勢いに圧倒されて中途半端な位置で持ったままになっていたティーカップに言及される。返事をしながらそれを机に置くヤマトそっちのけでご令嬢たちは大盛り上がりする。

「まあ、やっぱりコラムと一緒だわぁ」
さくらの君の慎ましいところに殿下が惹かれる場面が素敵でしたわ」
「あら、コラムの登場人物は、殿下ではなく天翔あまかけるの君でしょう」
「そうでしたわね」

 コラムではカイユーを天翔あまかけるの君(どう考えてもカイユーの住まい天翔館てんしょうかんから取っている)、ヤマトは桜の君(どう考えても苗字から取っている)と書いている。モデルは分からないようにすると言っていたのはどうなったのだろう。

「お母様はヤマト様のお美しさを知らないからコラムは過剰じゃないかなんていうんですよ」
「先ほどからも眩い美しさに反して控えめでいらっしゃって」

 このお嬢様方はゴゴノの布教活動にガッチリハマってしまったようだ。目が滑ってヤマトはちゃんと読めていないのだが、ロミオとジュリエットやシンデレラみたいな話で女性に刺さりまくっているらしい。
 ちなみに、コラムとは執筆者が実際の出来事の私見を書くものらしいが、ゴゴノの妄想による補完がすごすぎて私見=創作だ。
 彼女たちはヤマトが何を言っても何も言わなくてもキャーキャー状態、盲目オタクの勢いだ。ヤマトがどうしていいか戸惑っている様子すら彼女たちには素晴らしく見えているようだ。

「その、皆さんは私にこんなに話しかけて大丈夫ですか?どうやら私のことを快く思っていない方々もいるようですが」

 ヤマトは促すように先ほどヤマトに好意的でない噂話をしていた男性陣のほうに視線を向ける。しかし彼らは先ほどまでとは打って変わって気まずそうな表情で目を逸らしている。

「お兄様方は分かっていないのよ!」
「ロマンスは全てに勝るわ~」
「いざとなったら家督奪っちゃおうかしら」
「まあ!応援しますわ」

 (つ、強いな……)

 ここは明治~昭和初期っぽい社会だが、その頃の日本と比べると女性の権利は強い。天壌国では基本は長子優先だが女性の家督相続権も男性と同等に認められている。仮に第一子(男)と第二子(女)がいてそれぞれの嫁と婿の家格によって立場が逆転することはあり得ないことではない。異性の間で嫌な噂を立てられると婚姻、ひいては家督争いに影響するので避けたいものだ。それは男女お互い様ではあるが、今回は王子の恋人にいちゃもんつけていた男性陣の方が立場が弱い。

「お嬢さま方、俺の可愛い恋人に何か用かな?」

 どんどん盛り上がりを増すご令嬢たちだったが、その興奮はカイユーが現れて最高潮に達した。
 カイユーはヤマト同様いつもの制服とは違う狩猟服を着ているのだが、これがまたよく似合っている。生地はしっかりしているが基本はパーティーの時の衣装と少し似ている。パーティーのジャケットより丈が短いのでヤマトはアイドルがコンサートで着るような印象を受けた。ちなみに、ヤマトは今回の狩猟服もパーティーの時同様カイユーに用意してもらった。

「カイユー殿下もご一緒にお話しいたしましょう!」
「ぜひロマンスを聞きたくて!」

 集団心理なのか、推しカプを目の前にしたハイテンションなのか彼女たちはカイユーに対してもかなりグイグイいく。

「えー、可愛いお嬢さんたちと話すのはやぶさかでもないけど……」

 カイユーはそこまで言ってから、所在なく座ったままのヤマトにチラッと目線を送る。流し目が色っぽくてヤマトは内心ドキッとした。改めて思うが十五歳の色気じゃない。

「愛しい恋人がこんな綺麗な女の子たちと話していたら嫉妬しちゃうな」

 カイユーはヤマトにウインクした後に周囲のお嬢様方にニコッと笑いかける。久しぶりにチャラ男全開のカイユーを見た気がするヤマトだったが、女性陣はその仕草と言葉の内容にメロメロだ。

「はいヤマト、狩猟用の装備を持ってきたよ」
「ありがとうございます」

 周囲は騒ついたままだがご令嬢方の勢いをいなしたカイユーはマイペースに控えていた侍従に合図する。今回の狩猟に使う一式を手渡されてヤマトは感謝伝えた。狩猟大会に参加するつもりもなかったのでヤマトは服と同様に装備も用意してなかったのだ。ヤマトが小遣いの計算をしているとカイユーが貸してくれると言うのでありがたくお願いした形だ。

「あら、ヤマト様も狩りに?」
「あー、はい」

 狩猟大会は男女問わずも参加したい人は狩り、その他は茶会という形式だ。装いから見て、お嬢様方のうち狩りに出るのは三分の一くらいのようだ。

 (正直、茶会でお喋りの方がハードルが高い)

 意外そうなご令嬢方の反応は大人しいヤマトが活発なことをしなさそうだからだろう。しかし、社交能力皆無のヤマトにとって話をしていないといけない茶会に比べれば狩りに参加する方が断然マシだ。

「ヤマトは結構弓が得意なんだよ」

 カイユーがヤマトの肩に手を置いて恋人を自慢するようにニコっと笑う。今回の狩猟会に向けて練習してみたが、ヤマトはカイユー曰くかなりの腕前らしい。平和な日本で暮らしたベースのあるヤマトにとって弓は剣と違って人と対戦しないのでまだ気持ちが楽だし、シューティングゲームの感覚なので結構得意なのだ。そもそもヤマトは外交的でないだけで運動が嫌いなわけではない。

「意外性だわぁ」
「素敵ね。戦いの天使みたい」

 新しい情報にご令嬢方は恍惚とした表情だ。彼女たちにはもう何でもツボに刺さるらしい。ギャップ萌えというやつなのだろう。ヤマトはいつも剣の合同授業でカイユーにボコボコにされている印象があるのだろうから意外なのは分かる。

 そうこうしている間に、名目上の狩猟大会主催者である王族がご来場される。ちなみにカイユーは「自分も学院生なので」と言ってしれっと先に入ってきたらしい。全員が起立して待っていると正妃、続いて側妃が入場してきた。
 女性王族が着る伝統服というのを初めてみたが着物をベースにしたドレスという印象だ。袴が長いプリーツスカートのようで華やか、羽織が風もないのにふわりと浮き優雅だ。貴族たちの服も当然綺麗なのだが伝統服は生地感が違う。
 正妃と側妃の二人だけが伝統服姿なのもあって入場してきただけで別格のオーラがある。王族だけ着れる衣装があるのは王家の格を上げる意味もあるのだろうなとヤマトは思った。
 さっそく開会のようで正妃の挨拶を聞きながら、ヤマトは正妃の後ろに控えている側妃に注目する。

(もっとTHE悪女みたいなのを想像してたんだけどな)

 側妃はゲームでは設定上だけの存在だったので、動いている側妃をヤマトは今日初めて見た。
 今まで聞いていた話から狡猾で陰険タイプかと思っていたが、実際に見た側妃の印象は線の弱い儚げな女性だ。
 カイユーと似た面差しだが印象は真逆だ。カイユーには激しい海風の中で立ち続ける灯台のような気概を感じるが、側妃は風に煽られる背の高い植物のようで浮気はともかく国家転覆なんて大それたことを考える度胸はなさそうにヤマトは思った。
 そういう強い言葉はどちらかというと正妃の方が似合いそうだ。堂々としていて、所謂気が強い感じというよりは覇気がある女性だ。単身異国に来て子供もなかなかできなかったのにメンタルが病まなかったというのも納得の雰囲気だ。

(太陽と月みたいな二人だな)

 正妃と側妃を見ながらそうまとめたヤマトは、側妃と目が合いそうになって視線を逸らす。ここで目線が合ってしまうと、側妃や周囲にヤマトが睨んでいたような印象を与えかねない。
 そうこうしている間に正妃の挨拶は終わった。お偉いさんの挨拶は長いと相場が決まっているが、簡潔で短いがこの会の格式を貶めないスマートな内容だ。日本の卒業式に呼ばれた来賓なら学生に喜ばれそうな人だ。
 挨拶が終わればいよいよここからが本番、各々が自分の準備を始める。

「ヤマト、準備はいい?」

 隣に立っていたカイユーからの問いかけにヤマトは小さく頷いた。

「はい、頑張ります」

 今からヤマトが頑張るのは狩猟だけではない。今回の狩猟会で側妃の国家転覆計画について情報が得られるかもしれないのだ。


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