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12 友達
しおりを挟む後日カイユーはゴゴノを自身の館に呼び出した。まずは自分の目で影術を見てみたかったらしい。特殊技能の存在を確認したカイユーは、ゴゴノの話にある程度の信憑性を感じたらしくゴゴノに今後の情報提供を依頼した。
「そのぉ、報酬次第です」
カイユーからの依頼にゴゴノが恐る恐るという風に口を開いた。同席していたヤマトはこの返答を意外に思った。もちろん無償でやって貰おうとは思っていなかったが、先日はゴゴノから協力したいと言っていたのだ。
ヤマトがカイユーをチラリと見ると、カイユーはそんなことかと言う雰囲気でゴゴノに返答する。
「報酬?もちろん支払うよ。よっぽど法外な額じゃなければだけど」
「いえ、お金じゃなくて」
ゴゴノは逡巡するように目線を左右に動かしてからパッと顔を上げた。
「僕はお二人の話を書きたいんです!」
ゴゴノは迷いが振り切れたようで今度は異様にハキハキと勢いよく喋り出した。
「実は!コラムを担当することになっているんですけど、内容は好きにしていいと言われていましてですね。お二人のことを題材にした自分の私見を書きたいと思っています!もちろんお二人だと分からないようにボカしますし、あくまで事実を元に僕の妄想を交えたものだって明記します!」
ヤマトはゴゴノの勢いに見覚えがあった。溢れる妄想を形にしたい、誰かとこの気持ちを共有したいという衝動が創作に向くタイプのオタクの言動だ。
(もしかして、布教したい系オタクか!)
前世のヤマトはそういった人々の創作物を見る立場で楽しませてもらっていた。しかし自分自身がそのパッションを向けられる対象になるとは思ってもみなかった。
「うーんそうだな。俺は別に構わないけどヤマトはどう?」
一瞬考えるそぶりを見せたカイユーだったが比較的前向きなリアクションだ。意見を問われたヤマトも考える。
ボカすと言っても分かる人には誰がモデルか分かるだろう。正直恥ずかしいから嫌なのだが、契約恋愛自体にあえて恋人であることを広める目的もある。ヤマトが恥ずかしい以上に不利益があるかといえばそうでもないだろう。
それに、ゴゴノの持ってくるだろう情報はカイユーの目的(側妃の弱みを探し王位争いから降りる)だけでなく、ヤマトの目的(イナゲナ復活時にカイユーの身代わりになる)にも有益だ。
「できるだけ特定されないようにしてくれたら……いいですよ」
「本当ですか!やったーー!!」
ヤマトの返答を聞いて、ゴゴノはキラキラした目を輝かせて両手を上げて喜ぶ。放っておくと踊り出しそう、というか若干踊っている。こんなにも喜ばれるとやはりちょっと怖いが、情報が手に入るならいいだろうとヤマトは自身を納得させた。
(新聞の一コラムなんて、みんなそんなに見ないだろうし)
ヤマトはこの国での新聞の影響力を甘く見ていた。ヤマトのいた頃の日本と違い、テレビもネットもなく娯楽が少ない中で新聞の影響力はかなり強い。
今までカイユーとヤマトの関係は貴族内の一部で王子の戯れとして噂されているくらいだったのだが、これをきっかけにあっという間に貴族庶民、老若男女問わず国民全体に知れ渡ることになる。
この時のヤマトは自分の(契約)恋愛が天壌国の一大ブームになってしまうなんて想像もしていない。ちなみに余談になるが、このコラムは後に書籍化されて百年後には教科書にも載ることになるのだが、それをヤマトが知ることはない。
そんな未来のことなど知らないヤマトは、ゴゴノが帰った後の天翔館でカイユーと今後について話をしていた。
「影術とやらは本当みたいだね。次は夜喰魔とやらの裏どりが必要だな」
ゴゴノとの情報提供契約を結んだとはいえ、カイユーはただゴゴノからの報告を待っているつもりはないようだ。
(そっか、影術が本当でも夜喰魔が本当とは限らないのか)
ヤマトはゲームで知ってるからゴゴノの言う夜喰魔について疑わなかった。けれど、影術という特殊技能を使う人間がいても、それが人間を襲う化け物がいることを証明するわけではない。
(ここでオレが知ってることを言ったら、怪しいよなぁ)
霊廟が怪しいというのは分かっているのだが、それもゲームで見た映像が根拠だ。今ここで急にその話を出したら怪しいだろう。ただでさえ、先日カイユーはヤマトを怪しんでいる様子があったのだから。
「私は学院内の資料はだいたい読みましたけどそういう記述はなかったと思います。だから、王宮内の資料も読ませてもらえたら嬉しいです」
ヤマトは本からそれっぽい記述を引っ張ってきて、知っていることを伝えようと思った。元々読書は好きなので資料を読むのはそれほど苦にならない。
子爵家にはそんなに蔵書もなかったし人生にやる気が無い影響で読書欲がなくなっていたが、学院に入ってからイナゲナについて調べるために読んでいるうちに楽しさを思い出してきていたところだ。
しかし、ヤマトの要望に対するカイユーの反応は、ヤマトの想定外のものだった。
「え?手伝ってくれるの?」
「え?」
カイユーはヤマトからの提案に驚いたように目をぱちぱちさせてヤマトを見ていた。そんなカイユーの反応に、ヤマトもまた驚いて見返す。二人ともがきょとんとした様子で見つめ合う。
「ヤマト、これは契約外だから別に協力しなくても大丈夫だよ」
カイユーとヤマトの契約は簡単にまとめると二つだ。
・ヤマトは周囲にバレないようにカイユーの恋人のふりをする
・カイユーはヤマトが告白されないよう防波堤になり、契約終了後は星読みに推薦する
この二つに、夜喰魔の王の存在を確かめるだとか、側妃の怪しい動きを探るだとかは該当しない。
カイユーはヤマトの目的など知らないから、ヤマトが一方的に手伝う必要はないと言っているのだ。
ヤマトには身代わり計画のためにイナゲナの情報が欲しいという理由もあるが、そうでなくても協力するつもりでいた。
「え、契約内じゃなきゃダメなんですか?」
「いや、手伝ってもらう理由がないっていうか……、」
カイユーの態度は遠慮しているというより一方的に親切を押し売られて戸惑っているようにも見えた。
その様子を見て、ヤマトの中ので様々な感情が渦を作り始める。カイユーが自分の存在意義は母親の後始末だけと言っていた先日から、ずっとヤマトの心の中にかかっていた黒いモヤが増幅してグルグルと回り出す。
その中で一番目立った感情は、悲しさだった。
契約ありきの関係だがカイユーの事情を一番知っているのはヤマトのはずだ。数ヶ月一緒にいて、この状況で、ヤマトが協力することに驚いたり戸惑ったりするカイユーが、ヤマトは悲しかった。
「あ、そうか、追加契約ってことにしようか?」
真顔で固まるヤマトに、カイユーはいつもの笑顔に戻って提案をする。しかし、それによってヤマトの心の中の渦は大きく深くなるばかりだ。
カイユーの孤高さを、ゲームで見ていた時には魅力としか感じていなかった。だが、今その片鱗を目の前のカイユーに見て、ヤマトはかっこいいなんて思えなかった。
「契約がなくても、殿下が困ってるなら助けますよ」
「どうして?」
(『どうして?』って……)
間髪なく聞き返したカイユーは本当に疑問に思っているような様子だ。カイユーは利害関係なく誰かを頼ったりしたことがないのだろうかと悲しさなのか悔しさなのか分からない感情にヤマトの脳は占拠される。
だから、次にヤマトの口から出たのは、思考を経ずに感情から直通して飛び出た言葉だった。
「……友達だからですよ」
「え?」
驚くカイユーの顔を見た瞬間、ヤマトも自分が何を言ったか後追いで認識した。
自分で言った言葉を理解した途端に、ヤマトは自分の顔が一瞬で沸騰したくらい熱くなるのを感じた。
(あ、オレって今、勘違いオタクになってる!?)
出会って数ヶ月、ヤマトは勝手に カイユーに対して友情を感じ出していたのだと、自分の言葉を聞いてから自覚した。無意識が言葉になってしまってヤマトはとても恥ずかしい。この会話より前に自覚していたら絶対言わなかった。
カイユーは先ほどから何度もヤマトとの関係を契約だと繰り返し言っているのだ。ヤマトとカイユーは契約関係、つまりゴゴノとの関係と大差ない。ヤマトは急にゴゴノに友達面されたら申し訳ないがちょっと引いてしまう。
「友達か…」
カイユーがしみじみと口に出すので、ヤマトはさらに身を縮こまらせた。カイユーはヤマトのファン心理など知らないが、たとえば急に取引先の人間に友達だと言われたら嬉しい気持ちより戸惑いが勝るだろう。カイユーは今そんな気持ちなのかもしれない。
「……すみません、厚かましかったですよね」
ヤマトがなんとか羞恥を堪えて謝る。
恥ずかし過ぎて穴に入りたいという気持ちが初めて分かった。どこでもいいからこの空間から一刻も早く消えたい。
ヤマトの消え入りそうな謝罪を聞いて、カイユーはハッとしてヤマトを見た。
「いや、ごめん。たぶん、その、嬉しかったんだ」
(たぶんって、なんだ)
ヤマトはもはやカイユーの雑なフォローにすら羞恥心を刺激される状態だ。たぶん嬉しいなんて言うくらいなら、揶揄って笑い話にしてくれた方がヤマトとしてはありがたかった。
そんなヤマトの反応にカイユーは焦ったように言葉を重ねた。
「いや違う違う!学友として連れてこられた同世代の人間はいたが、それは友達かと言われると違うって思って」
全く焦る必要のないカイユーが、らしくないくらい慌てている。この場に適さない例えだが、まるで浮気の誤解を解こうとしているかのような必死さだ。
カイユーの謎の慌てぶりに、ヤマトは嵌りこんでいた羞恥の谷から気持ちが浮上してきた。自分よりテンパっている人がいたら落ち付くのと同じ原理だ。
カイユーもヤマトもお互いに一呼吸入れてから、改めてカイユーが口を開く。
「俺にとって、ヤマトは初めての友達だ。嬉しいよ」
カイユーの青い瞳が春の空のように輝いている。
カイユーがこんな照れくさそうな嬉しそうな顔をするのをヤマトは初めて見た。
ヤマトはこの時、カイユーが十五歳の少年であることをたった今知ったかのような新鮮な気持ちになった。
そして、精神年齢はいい年したヤマトが、そんな彼のまっすぐな友情を受け取っている状況に気付き、それを嬉しく思っている自分にも気付き、そんな自分の浅ましさを誰かに謝罪したくなった。
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