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11 存在する意味
しおりを挟む「夜狩りに、夜喰魔の王イナゲナねぇ……」
ヤマトはゴゴノと解散して天翔館に報告のためにやってきた。カイユーはヤマトからの報告を聞きながら、片肘をついた右腕に体重をかけている。
グレンは席を外していて、報告しているヤマトとカイユーは二人きりだ。それぞれの目線から話を聞きたいとのことでグレンからは後で話を聞くそうだ。
ゴゴノから聞いた内容を伝えているだけなのだが、ヤマトは自身の頭が疑われているような気まずさを感じる。そもそもが側妃の国家転覆疑惑というだけで話しづらいのに、ファンタジー要素まで加わってしまってヤマトは自分が悪いわけではないのに居た堪れなさで身の置き場がない気持ちだ。
現代日本より遅れているとはいえこの世界は電話やらラジオやらがありかなり近代的だ。ヤマトはゲーム知識があるから信じたものの、普通はこんな話を真面目にしていては無知な田舎者かお子様と馬鹿にされる。
「影術というものは見て確認しました」
ゴゴノは夜狩りの説明をするためカフェから出て路地裏で火炎の術という炎を使った術を見せてくれた。ゲームで見たエフェクト通りの技は迫力があって、近くで見てヤマトは結構感動した。
通常の炎と違いその炎は術を出したゴゴノの意思で炎は消える。だが消す前に火事だと思われて路地脇の建物の上層階から水を掛けられてゴゴノはビショビショになっていた。つくづくギャグ漫画みたいな人である。
「火炎の術かぁ……。手品とかではないの?」
「私だけでなくグレンさんも確認しているので本当かと」
「そうか。影術という特殊技能が使える夜狩りという集団がいるのはわかった。それで、昔は彼らは王家に仕えていたと」
「ゴゴノさんの言うことが確かなら、そういうことですね」
三百年前に夜喰魔の王イナゲナを封印した一人の夜狩りがいた。それがこの天壌国を作った初代王だ。
他の夜狩り達はその後は王家に依頼されて夜喰魔を討伐していた。だが夜喰魔は生殖能力がないので増えないしイナゲナを封印すれば夜喰魔が自然発生するのは稀なので百年ほどで夜喰魔は殲滅される。夜狩り達と王家との関係はそこで絶えた。
ここまではヤマトがゲームで知っている設定と同じだ。しかし、ヤマトがゲームで知り得なかったここからの話が重要なのだ。
「夜狩りの子供は夜喰魔たちと戦っていた先祖の武勇伝を聞いて、一度は憧れるものなんだそうです。そのうちの一部がイナゲナという夜喰魔の王を復活させようとしているそうです」
「それに側妃が関わっている……かもしれないっていう訳か」
ゴゴノの話によると、夜狩りとしては一族が廃れているものも多く、先祖から技術継承がされていても大体がゴゴノのように普通の職業に就いているそうだ。ゲームでエーリクを助けた夜狩り達も木こりが表向きの職業だったはずだ。
しかし、夜狩りの中には過去の栄光を聞いて「自分も夜喰魔を倒したい!王家から、世の中から必要とされたい!」となっている者たちがいるらしい。ゴゴノ曰く、夜狩り内ではその一派が側妃を味方につけているという噂が流れているそうだ。
こんな裏事情はヤマトも初めて知ったことだ。ゲーム内ではあくまで昔から陰ながら王家を支えていた夜喰魔を倒す一族としてのみ描かれていたのみだ。
「わざわざ人間を襲う化け物を呼び起こしてまで夜狩りになりたいんですかね。自分だって危険になるのに」
「そうかな。自分の存在意義を求める気持ちは分かるけどね」
ヤマトの素朴な疑問に答えたカイユーの声には、サラッとした言い方に反した重い質量があった。ヤマトが何かを言うべきか迷っている間にカイユーは話を進めた。
「まあ思っていたのとは違ったけど、これはこれで面白そうな話だね」
「……その、殿下のお母様は、誰かに巻き込まれているのかもしれないですよね」
ゴゴノの言う側妃の関与は冤罪の可能性があるのではとヤマトはカイユーに確認する。
それは会ったこともない側妃を弁護しているわけではなく、カイユーのことが心配だったからだ。心配するヤマトにカイユーはわざとらしくヘラっと笑いかけた。
「いやー、あの女ならやりかねないよ。大きな意味で言ったらもうすでに反逆しているようなもんだし」
表情も声音も明るいが、言っている内容はヘビーなままだ。またもやヤマトは返答に困って口籠る。
「浮気で生んだ息子を王につけて、王母になろうと企む女だからね」
「……そう、なんですね」
「へー、驚かないんだ?」
カイユーがヤマトの薄いリアクションに言及する。
カイユーがソファの腕をついた肘置きを変える。左肘に頬杖をついて顎を乗せたカイユーの笑みを見て、ヤマトは心臓が跳ねるのを感じた。
(え、もしかしてオレ、何か疑われているのか?)
ヤマトの背中に急に汗が流れているのを感じる。ヤマトは急激に自身の周りの空気が薄くなったような気がした。
以前から側妃の浮気を知っていたとなれば、今の話の流れからして国家反逆の一味と疑われかねない。
この話にゴゴノが自身にも身の危険があると言ったのは、ゴゴノも怪しい術が使える夜狩りだからだ。
ヤマトの場合はもっと怪しい。夜狩りが使う影術もちょっと使えてしまうし、そのうえ知らないはずのことを知っているのだ。ゲーム知識だなんて言えないので、ここは身の安全のために誤魔化すしかない。
「いえ、事の重大さに頭が追いついていないだけです」
「ふーん?」
冷や汗を流すヤマトを見ながらカイユーは小さく笑った。その笑顔の意味を推し量れずヤマトの脈拍は上がるばかりだ。
いつも軽い態度をしているから見過ごしがちだが、カイユーは圧を感じるような整った顔立ちだ。やましいことがある時に真正面から見ると心臓に悪い。
「ま、いいか。それより側妃の件だ」
カイユーはそれ以上の追及はする気がないようで肩をすくめた。ヤマトはフッと空気が軽くなったように感じた。
(やっぱ推しってのは遠くから見ているに限るよ……。近くにいたら色んな意味で心臓に悪い)
嫌な意味で高鳴った心臓が少しずつ落ち着いてくるのを感じながら、ヤマトは内心でぼやいた。
「その夜喰魔とかイナゲナとかいうのが本当かは疑わしい。けど、仮に嘘でも側妃がその存在を信じていて復活させたら国に害が及ぶ認識があったとなれば罪に問える可能性はある」
夜狩りや夜喰魔の存在についてカイユーは信じ切ったわけではないようだ。しかし、与太話として一蹴する気もないようだ。
「この件は上手く利用できるかもしれない」
「利用とは?」
「公爵は本当に俺を王位につけたいわけじゃないんだよ。正妃様の祖国と揉めたくないからね。ただ、派閥の貴族たちを納得させる理由が必要なんだよ」
パーティーで会った迂遠な言い方ばかりする公爵の顔を思い出す。ヤマトを邪険にしている風だったのも実は周囲へのアピールだったのだろうか。派閥の長となると個人の考えだけで動けない、というのはヤマトにもなんとなく分った。
「側妃様の浮気は、正にその理由になるのでは?」
カイユーが王位を継がない理由として文句のつけようがないだろう。もちろん妃の浮気は大スキャンダルで穏便にはいかないだろう。だが、それは国家反逆も同じことだ。どちらかというと国家反逆の方がヤバいだろう。
「それが、どうやら公爵は側妃の不貞に一枚噛んでいるみたいでそれを理由に娘を追い詰めたくないみたいなんだよね。俺は浮気相手の詳細を調べてそっちからアプローチしていこうと思っていたんだけど。 国家反逆の方が話が早そうだ」
カイユーは推理小説のトリックを予想しているような調子だ。しかし、母親が罪人である証拠集めなんて本来楽しい訳がない。それに母親の罪が確たるものになったとして、社会的に見てそれはカイユーの利になることではない。
(母親の不始末のせいで、殿下がなんでこんな苦労を)
カイユーはなんでもない顔をしているが、ヤマトにはカイユーが自分の痛みに気付いていないだけに見えた。カイユーの気持ちを思い落ち込むヤマトに、カイユーは見当違いのフォローをする。
「心配しないでよ。どちらにしろ王陛下に側妃を付き出したりしない。俺が連座で処罰されたら俺の恋人としてヤマトが割りを食うことにはなるもんね。公爵にだけ伝えれば、あとはあの人がうまくやってくれる」
カイユーはヤマトが自分への影響を心配したと思ったようだった。しかし、そんなに長生きする気のないヤマトからしたらいらない気配りだ。
「殿下はその後、どうする気なんですか?」
派閥内で納得させるとなれば噂は広がるだろう。公の処罰がなくても、カイユーのその後の選択肢は狭まるに違いない。
「どうしよっかな、考えてなかった。俺の存在意義は母親の後始末のためにあるからさ」
ヤマトはゲームのラストでの、カイユーの安らかな死に顔を思い出す。
イナゲナに肉体を奪われたのは、カイユーがエーリクの立太子で生きる目的を無くしていたからだ。だからイナゲナの揺さぶりで簡単に心に隙ができてしまったのだった。
ヤマトはそれも元々知っていたが、実際に目の前で本人の口から人生への諦念を吐露されると激しい動揺がヤマトの心を襲った。
カイユーはもっと自分を大切にするべきだ。
だが、ヤマトは開きかけた口を、何も音を発する前に閉じる。そんなことを言う権利は自分にはないとヤマトは口に出す前に気付いてしまった。
グッと下唇を噛んでいるヤマトを見て、カイユーは安心したように笑った。
「ヤマトのそういうところ、いいよね」
「え?」
「変に慰めないじゃん?受け止めてくれてるって感じがする」
それは、カイユーがいつも纏っている薄いヒラヒラしたベールのような警戒がとれたような穏やかな笑みだった。
(……そんないいもんじゃないですよ、殿下)
ヤマトは、カイユーに幸せになってほしい。
けれど死ぬことを目標に生きてるようなヤマトは、カイユーの鬱屈を晴らすような素晴らしい言葉を持ち合わせていなかった。
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