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10 不審者の正体
しおりを挟む「あ、ヤマト様!来てくださったんですね」
喫茶店で待っていたゴゴノは、何故かハイテンションだった。とてもこれから問い詰められる立場とは思えない様子だ。そんなゴゴノに得体の知れなさを感じてヤマトは今更ながら慄く。
今までゴゴノのギャグっぽい仕草と敵意のない様子にヤマトはすっかり警戒心を無くしてしまっていたが、この男は学院に侵入した不審者だ。逃げ去る時の動きから考えて、万が一戦うことになればヤマトでは対処出来ない。
(グレンさんに付いてきて貰って良かったな)
カイユーが心配していた理由に遅ればせながら気づいて、楽観的な自分を反省する。身代わり計画の前進で浮かれすぎていた。
スミノという約束のカフェは奥様方のおしゃべりの場所としての需要が高いようで賑わってガヤガヤしている。席は隣と距離があるので誰かに聞かれる心配は少ないだろう。
価格帯は高めなのか若者はおらず、ティーンエージャーはヤマトぐらいしかいない。そういえばゴゴノはいくつなのだろうかと本題とは関係ない疑問が浮んだ。
ヤマトはゴゴノの向かいに座り、自身の隣に座ったグレンに視線を向ける。グレンが一つ頷いた様子をみて深呼吸をする。グレンはあくまで付き添い、ゴゴノに話を聞くのはヤマトの役割だ。
「殿下は所用があっていらっしゃらないんです。今日は簡単に話を聞いて後日また時間を作ってもらうことになります。いいですか?」
「はい!もちろんです!」
ヤマトの問いに、ゴゴノは食い気味に返事をする。まるで第一志望の面接に挑む就活生みたいな迫力を感じる。先ほどからのこの勢いはなんなんだとヤマトは戸惑うばかりだ。
「えっと……、それで学院に侵入してまで何を探っているんですか。殿下にかかっている疑いとは?」
「そのですね。カイユー様ではなくて、側妃様が国家転覆を企んでいるのではという話がありまして」
国家転覆とはまた、物騒な話が出た。チラッと隣に座るグレンを見ると、ほんの少し眉が顰められている。グレンは話を遮らないようにリアクションは抑えているようだが、怒りを堪えているようだ。
「実は、カイユー様を王にしようと企んで、人間に悪影響のあることをしようとしているという噂がありまして」
ヤマトとグレンの反応が目に入っているのかいないのか、ゴゴノはそのまま不穏な話を続けた。
(人間に悪影響って、ずいぶんザックリした言い方だな)
「具体的にはどういうこと?」
「いや、それは……、とにかく側妃さまがそんなことをしようとしているとなったら、カイユー様にも影響があると思うんです。僕はその悪い噂は晴らしたいんです!」
具体的な話を聞こうとするのだが、ゴゴノは話を逸らしてくる。悪影響が指す内容によっては話が全く変わってくるだろう。
「ゴゴノさん、あなた記者でしょう?なんで殿下の味方をするんですか?不穏な話で誤魔化して、何か別の特ダネでも掴もうとしているんじゃないですか?」
話全体が怪しくなってきたと感じてヤマトはゴゴノを問い詰める。ゴゴノの言う疑い云々は全部嘘で、学院にはただのゴシップを探りにきただけの可能性もあるのだ。学院侵入を誤魔化すために側妃の国家転覆疑惑なんて持ち出したのだとしたらヤマトには到底許せないことだ。
そんな話を聞いたらカイユーはいったいどんな気持ちになるだろうかと想像するだけでゴゴノに対する苛立ちを感じる。
「違います!僕はカイユー様とヤマト様のファンなんです!」
「……ファン?」
急に予想外のことを言われて、ヤマトの中の沸騰しかけた感情に水が注される。
そこからゴゴノが話し出した内容を要約すると、ゴゴノは公爵家の誕生日パーティーにパパラッチに来ていて、その時にカイユーとヤマトのペアを見て推しカップルとして一目惚れしたそうだ。直接見ることができないからと噂を収集していたらしく、ヤマトが定期的に天翔館に行っていることも把握していた。
カイユーとヤマトのセットを好きになった経緯とどんな部分に惹かれたかを語るゴゴノの勢いは凄かった。語る相手を見つけたオタクの勢いだ。
(これは……たぶん演技とかじゃないな)
止める隙のないマシンガントーク、昂る感情を抑えようとして抑えきれない様子、これを演技でできる人間は中々いないだろう。
カイユーは公務で学外に出るが、ヤマトはレアキャラなのでより嬉しいらしい。ゴゴノからの一方的な愛がヤマトに直接ぶつかってくる。
「その、情熱が凄すぎて……」
「今の僕にとってはこれが生きがいなんです!」
引いていると伝える前にゴゴノが言葉を被せてきた。好意を伝えられているのに、ヤマトは先ほどからずっと絶妙に居心地が悪い。
ゴゴノのこれは腐男子というやつだろうかとヤマトは前世の記憶を引っ張り出す。ヤマトもカイユーとエーリクを見ていて喜んでいたが、もしかしてこんなふうに見えているのだろうかと不安になった。
(いや、オレは単にエーリクといる時のカイユーが好きなだけで……。プラトニックな兄弟愛を見ていたいから二人に禁断の恋をして欲しいとかは思わないし。もちろん二人が望んで自然とそういう関係になるのは別にそれはそれで構わないけど……って、あれ?ゴゴノはオレとカイユー殿下は自然と付き合っていると思っているわけだから一緒なのか!?)
自分ではできる限り抑えているつもりなのだが、客観的に見ると違うのかもしれない。ヤマトが気づいていないだけでカイユーたちに実は引かれているのかもしれない。ヤマトはあまり考えたくない想像に囚われそうになり思考を目の前の話に戻す。
「ゴゴノさんが味方のつもりなのは分かりました。それなら尚更その物騒な話の詳細を教えてくれるよね」
「それは……、そのぉ……僕の身の危険が……」
ヤマトの問いかけにゴゴノの勢いが落ち着き唾を飲み込む。そう簡単に暴露できない話であるらしい。
しかし、真偽も分からない状態で「あなたの母親が謀反を起こそうとしているかもしれません」なんてことをヤマトはカイユーに伝えたくない。
「そのぉ、ヤマト様が質問に答えてくれたらいいですよ」
「質問って?」
「ヤマト様は、カイユー様のどこが好きなんですか?」
一瞬漂ったシリアスな雰囲気がピンク色の風に押し流されたようでヤマトは微妙な気持ちになった。ピンクの風の発生源であるゴゴノはファンがアイドルの情報を収集している時の目をしている。
本気でこんな質問で自身にも危険があるという秘密を明かすのだろうか。ここまでのゴゴノの様子からして本気なのだろうが。
(どこが好き……か、そう言われるとどう答えようか)
それっぽいことを言うこともできたが、一応ゴゴノは本気で言っているようだ。出来る限り誠実に答えるのがマナーかと思い、ヤマトは真剣に考える。
ヤマトがカイユーを好きになったのは前世の子供の頃だ。その時の印象はクールでかっこいい憧れのお兄ちゃんという印象だ。しかし、ヤマトは最近のカイユーの軟派な演技やふとしたときに見せる少年らしい危うさを思い出す。
相反する印象だが今のヤマトには出会った当初のような裏切られた気持ちはない。どれもがカイユーを構成する大切な要素で、どれかが欠けてもカイユーで無くなってしまうのだろうと感じている。そうすると、今度はどこを取り上げて好きといえばいいのか分からない。
「……今となってはどこがなんて分からないです。ただ、殿下に幸せになって欲しい」
「ヤマト様は王子様が大大大好きなんですね!ステキだーーー!!」
素直な気持ちだが具体性に欠けてほぼ何も言っていないに等しいヤマトの答えに、しかしゴゴノは大興奮のようだ。ヤマトなりに真剣に答えたのだがもっとテキトーなことを言ってもゴゴノは同じ反応だったかもしれない。もはや何を言っても喜ぶ空気ができている。
「相手の幸せを思う気持ちがお二人の関係を永遠にするんですね!!」
一体何をメモしているのか、ゴゴノは自前のメモ帳にすごい勢いで何かを書いている。ヤマトにもメモが少し見えたが悪筆すぎて読み取れなかった。
「永遠って……」
「憧れますよね!恋人同士、ずっと一緒にいたいと思うものでしょう!?」
呆れたヤマトの呟きに、ゴゴノは純粋な少女のような目で食いついた。ゴゴノの目線にヤマトは自分の黒歴史を見せられているような気まずさを感じた。
ゴゴノのはっきりした年齢は分からないが、前世で死んだ頃のヤマトとそう変わらないだろう。永遠なんてものを信じていていい年齢ではないとヤマトは思う。
「永遠の関係、なんてものはありませんよ」
「ヤマト様は別れる前提みたいなこと言うんですね」
「私はそういう立場ですよ」
契約恋愛については流石に漏らさないが、ヤマトの立場では普通に考えてずっと恋人は無理だろう。
ゴゴノに心の繊細な部分を刺激された勢いで、ヤマトの口はそのまま止まらず本音が漏れ出す。
「恋人なんて、いや人間関係なんて、ずっと一緒にいたらそのうち嫌な思い出も増えるものだよ。オレがいなくなった後に、オレのことを良い思い出にして欲しい。オレにとってはそれがいちばんの望みなんだ」
(そう、生きている間には関係はどんどん変わっていく。悪くなっていくことが多いんだ。良い思い出となるのが、本当の意味で永遠にはなることなんだ)
学院ではカイユーとしか話さないし、そもそも今世で自分の気持ちを話すことなどほとんどなかった。ずっとヤマトの中に澱んで溜まっていたそれらは改めて口に出すとヤマトにはやはり真理に思えた。
つい吐露し過ぎたかと反省しながらヤマトがゴゴノを見ると、ゴゴノは瞳をうるうるさせながら震えていた。ヤマトは驚きと若干の気持ち悪さを感じた。
「純愛ですね……」
何をどう解釈したのか知らないが、ゴゴノはとても感動したようだ。まあ、満足してくれたらそれでいいかとヤマトは気を取り直す。
「それで、こちらは正直に質問に答えましたよ。ゴゴノさんも詳細な話を教えてくれますか?」
ヤマトの質問に、ゴゴノは潤んだ自身の目をゴシゴシ拭いてから答える。
「実は僕、夜狩りという職業を生業にしている家系出身でして」
「へー、って……は!?」
「あ、夜狩りっていうのはですね」
ゴゴノが説明を始めたが言われなくてもヤマトは良く知っている。
ゲームでの主人公は夜狩りになって戦うのだ。ヤマトはまさかこんな所で夜狩りという言葉に遭遇するとは思いもしていなかった。
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