身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち

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9 赤髪の騎士

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「不審者に疾しいことがないと言われてもねぇ」

 カイユーは自身が写った写真をペラペラと振りながら小首を傾げる。カイユーの眦は弧を描いているがそれがヤマトには獲物を甚振る肉食獣の笑みのように見えた。ゲームラスボスの風格を感じる笑顔だ。

「違うんです!僕は逆に疑いを晴らそうとしていてですね!」
「疑い?」
「ハッ!しまった言っちゃダメだったんだ」

 不審人物はしまった!というように自分の口を手で塞ぐ。不審人物は小柄で目がぱっちりしていることもあり、そんな動作がいちいちコミカルだ。ヤマトは洋画アニメを見ているような気分になった。

「そうか。俺には何も話せないというなら、警備の騎士に突き出すしかないね」
「そ、そんなぁ」
「騎士たちは威信がかかっているから、俺ほど優しくは聞いてくれないと思うけど?」
「う……。話したら見逃してくれますか?」
「内容によるけど、悪いようにはしないよ。ゴシップ記者さん」

 問答はカイユーに任せておけばうまいことやってくれるに違いないと観客気分で傍観していたヤマトだが、二人の会話に予想外のワードが出てきた。

「ゴシップ記者?」

 思わず疑問が口から出たヤマトに、カイユーは先ほど写真と一緒にカバンから出していた小さな紙を渡す。どうやそれは名刺らしく、そこには『王都時事新聞 ゴゴノ』と書かれていた。

「王都時事新聞っていうのは、世俗的な与太話やゴシップなんかを書いてる大衆紙だよ」

 カイユーがよく新聞を読んでいるのは知っていたが、そんなものまで読んでいたのにヤマトは驚いた。
 不審者改めオカルト記者ゴゴノはオロオロと手を無意味に動かしている。自身の所属も名前まで把握されているとなって動揺したようだ。

「おっと、授業が終わる時間だ。ここにいたら職員が探しにきてしまうな」

 予鈴の音にヤマトとカイユーが意識を逸らした時、職員が来るというワードに反応してゴゴノは文字通り飛び上がった。

「僕は街のスミノって喫茶店で待ってます!そこで話しますから!」
「あ、待て!はやっ!?」

 ヤマトが思わずツッコミを入れてしまうような異常な速さでゴゴノは立ち去っていった。あんな動きが出来るならなぜ今まで大人しく詰問されていたのだろうか。

「……なんですかね、アレ」

 ヤマトが問いかけるとカイユーも面を食らっていたようで曖昧な表情を見せた。カイユーはすぐに気を取り直したように、ヤマトが持ったままになっていた名刺に手を伸ばしたのでそのまま手渡した。

「まあ、いざとなったら新聞社に行けば捕まえられるんだ。とりあえずは言われた店に行ってみようか」

 ヤマトとカイユーはゴゴノを気絶させた備品の剣を回収してから、護衛に声をかけて街に行こうとした。

「殿下、今日は公務がありますが……」

 カイユーがこの間の赤髪の護衛に外出を伝えたら驚いたようにそう返答された。

「そうだ、日程が変更になったんだったな」

 思わぬ出会いでヤマトだけでなくカイユーも忘れていたが、今日はカイユーに仕事があるのだった。
 カイユーは学生ながら王子として、視察や慰問に行くことがある。その打ち合わせが今日に予定変更になったというのを聞いて、ヤマトは今日は部屋でのんびりするつもりでいたのだった。

「喫茶店に使いを出して、日程を変えるようにしよう」
「あ、それなら私が行ってきますよ」

 ゴゴノに日程を変えて欲しいと連絡したくても、当然携帯電話などないしカフェの番号もネット検索などできないので分からない。予定変更を伝えるには誰かしらが待ち合わせ場所に行かなければならないのだ。
 それなら暇なヤマトが行って話を聞いてしまえばいいと思ったのだが、ヤマトの提案を聞いてカイユーは渋い顔をした。

「ヤマトを一人で行かせるのは……」
「私はそんなに子供じゃないです」

 初めてのおつかいに行く子供を見るような不安げな顔をされてヤマトは少し不満を抱いた。そんなに頼りないだろうか。いい年してるのだからもし道に迷ってもちゃんと帰ってこれる。
 しかし、ヤマトの反応を見てカイユーはより不安が増したようで難しい顔をした。

「では、私が一緒に行きましょうか。いかがですか、殿下?」

 二人の様子を見兼ねたのか、護衛の騎士がそう提案してくれた。カイユーは騎士からの提案を聞いて数秒思考を巡らせたように見えた。

「ヤマト、あの記者が言っていた疑いっていうのが何かだけ聞いてくれたらいいよ。あとは後日また俺が呼び出して聞くって伝えて」

 カイユーは迷った末に記者の言っていた『疑い』の内容を確認することを優先したようだ。そして、話が決まったことで同伴を提案してくれた騎士がヤマトに挨拶する。

「グレンと申します。よろしくお願いします。ヤマト様」

(ああ!この赤髪って、やっぱり炎のグレンか)

 ヤマトがこの護衛の騎士に見覚えがあると思ったのに間違いはなかった。グレンはゲームでカイユー戦の前に戦うキャラクターなのだ。カイユーがイナゲナに憑依されているという真実をエーリク主人公に伝えるのもこのグレンだ。
 イナゲナは他者を夜喰魔という化け物にすることができる。夜喰魔にされた天壌国の騎士たちの中でグレンは一際強く、カイユーの両翼と呼ばれていた。両翼のもう一人はまだ見かけていないが、そのうち出会うのかもしれないなとヤマトは思った。

「よろしくお願いします。ヤマトでいいです」

 様づけをやめて欲しいとヤマトは伝えたが、グレンはにっこり微笑むだけだった。これは無言の拒否だろう。グレンの方が家格も年齢も上なのだが、王子の恋人として敬う態度はやめないようだ。

 グレンと二人でカフェに向かうことになりヤマトは緊張した。グレンはゲーム内でずっとカイユーのために動いていたので、ヤマトは彼に好感を持っている。だが、だからといって和やかに会話が出来るかというと別の話だ。ヤマトは初対面の相手と急に二人きりになってうまく会話できるタイプではないのだ。
 しかし、グレンは常日頃から基本業務が護衛だからか、ヤマトと無理に話そうとしなかった。自然に側にいて何があっても大丈夫なように警戒しているように見えた。ヤマトはそんなグレンをありがたく思い、安心してカフェまでの道中を見渡す。

(王都ってこんな感じなんだ)

 ヤマトは引きこもり気質なので、これが学院に来てからほぼ初めての外出だ。公爵家パーティー前のダンスレッスンも、下級貴族出身学院生向けの講座で学院寮の一室に講師に来てもらう形だったのだ。
 王都の街は当然ヤマトの実家がある領地より栄えていて、通りを見ながら歩くだけで楽しい。ヤマトはふと露天に売っているおもちゃが目について足を止める。

 (あ、これエーリク殿下に買って帰ろうかな)

 ヤマトのせいで謹慎中のエーリクに、何かお詫びをしなければと考えていたのだ。それはチープなおもちゃだったが、だからこそ逆に王子様にとっては目新しいかもしれないとヤマトは思った。

「そちらを購入されるのですか?」
「え、あ、自分用じゃなくてエーリク殿下に」

 グレンに対象年齢一桁だろうおもちゃを欲しがったと思われたかとヤマトは咄嗟に否定する。

「ヤマト様はエーリク殿下と仲が良いですね」
「あ、えっと……」

 自分でエーリクの名前を出しておいて、ヤマトはなんと言っていいかと口籠った。
 カイユー本人がエーリクに対して好意的だからと言って、周囲もそうとは限らない。一見穏やかな様子に見えて、カイユーを思うからこそグレンが納得していない可能性もある。

(それに、グレンはたぶん、カイユーから契約恋愛のことを聞いていないはずだ)

 ヤマトとカイユーは契約恋愛関係を秘密にする約束だ。
 だから、グレンから見てヤマトは単にカイユーの王位継承にとっては邪魔な恋人のはずだ。穏やかな顔をしているが、グレンがヤマトに対して良くない感情を抱いていてもおかしくない。
 グレンはそんなヤマトの逡巡に気付いたようで言葉を付け足した。

「他意はありませんよ。ヤマト様と殿下が信頼しあっているのは見ていて分かります」

 ここで言う殿下とはカイユーのことだろう。グレンの穏やかな微笑みからは、ヤマトは言葉の通り他意を感じなかった。

「ヤマト様には感謝しています。あなたと出会ってから、殿下は楽しそうですから」

 グレンは弟を心配する兄のような顔をしていた。
 グレンはカイユーの十歳年上だ。カイユーが同じく十歳年下の弟エーリクに対して見せた兄としての態度は、グレンからカイユーへの接し方を参考にしているのではと言われていた。その説は本当だったのかもしれないな、とヤマトは今のグレンを見て思った。
 グレンはヤマトが返答する前に、サッと財布を取り出してヤマトが手に取っていたおもちゃの代金を店員に払う。

「あ、お金……」
「殿下から預かった金銭ですから、大丈夫ですよ」

 何が大丈夫かヤマトには分からないがグレンのポケットマネーでないということは分かった。それならここで何か言っても仕方がない。あとでカイユーに返金すればいいとヤマトは口を噤んだ。
 その後は特に会話もなく、ヤマトとグレンは記者ゴゴノと待ち合わせのカフェに向かう。

(オレといて、楽しそう、か……)

 ゲームにも出ているカイユーの腹心にそう言われて、ヤマトはむず痒くなった。
 推しは遠くから見ていたい派だと自認していたヤマトだが、いい影響を与えていると聞けば嬉しくなってしまうものなのだとヤマトは学んだ。


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