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8 発見

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 ヤマトがカイユーと契約恋愛を始めて二ヶ月ほど、天壌国にも四季があるのでもうすぐ夏だ。日本の夏ほどではないが照りつける日差しの中、ヤマトとカイユーは剣を持って向かい合っていた。
 目の前に立つカイユーに怯まぬようにヤマトは気を引き締める。この国で主流の剣はサーベル型なのだが、これがまたカイユーによく似合っている。腰の位置が高くて肩幅がしっかりしているカイユーが細身の剣を持っていると『スタイルが良い』という言葉の見本みたいになっている。
 なぜ二人が対戦しているかというと今が剣術の授業だからだ。座学は階級別クラスなのだが、剣術や体術は色々な人と対戦した方がいいということでたまに合同になるのだ。
 しかし、合同授業だろうとクラス別授業だろうとヤマトの相手は誰もが出来れば避けたいと思っている。授業中のことは不問とされる取り決めだが、王子様の恋人を傷付けたらうっかりしたら王子本人より大事になるかもしれないのだ。運悪く対戦となったら皆が速攻で負けてくれるのでヤマトはかなり複雑な気分だ。どう考えてもハズレくじ扱いをされている。
 また、子爵家男爵家出身の多いヤマトのクラスメイトは万が一にでもカイユーに怪我をさせたらと思うと腰が引けるようだ。という訳で、合同授業の趣旨を外れて大抵ニコイチ扱いなカイユーとヤマトなのだが勝敗もいつも一緒だ。

「ヤマトは力が強いからってそれに頼りすぎなんだよ」
「こ、これでも頭を使っているつもりなんですけど……」

 ヤマトの剣を吹き飛ばしたカイユーが、肩で息をするヤマトを見て呆れた顔をする。
 カイユーの剣は似合うだけでなく、とても強い。厳密には中身は違うとは言えさすがゲームでもボスになるだけある。カイユーはゲームでは決まった手順をクリアしないとヒットしなかったり、一定割合で打った攻撃が自分に攻撃が返ってきたりと厄介な敵だった。
 ヤマトはこっそり影術を使って腕力を強化しているのだがカイユーに全く勝てない。今日もカイユーは練習のためとある程度打ち込ませてくれたのだが、ただ単にヤマトの息が上がっただけだ。

「うーん、経験の差かな」

 カイユーは合同授業でない時には、同じクラスの騎士志望に忖度なしの勝負で勝ち越す実力の持ち主だ。
 王子の割に護衛騎士抜きでの行動をある程度自由にさせてもらっているようなのも、カイユーの強さに信頼を置かれているのだろう。

(くそー、もっと家でちゃんと訓練しておくんだった)

 ヤマトは同クラスの対戦相手には怪我させたくないからと手を抜かれているし、カイユーに会うまで人生自体にやる気がなかったので実家ではサボりまくっていたのだ。勝てるわけがない。
 最近は推しゲームキャラカイユーの学生時代と戦えるという興奮なんかより、授業のたびに手も足も出ないでずっと負かされ続けることのストレスがヤマトの中で強い。絶対クリアできない負け確イベントに強制的にチャレンジさせられ続けている気分だ。

「にしても、ヤマトって本当に意外性の塊だよね。全然鍛えている感じはないのに、腕力はめちゃくちゃある。その細腕からどうやって力が出てるんだよ。上手くいなしてたはずなのに手が痺れた」

 ヤマトは影術についてカイユーに伝えていない。ヤマトは今の所腕力強化しかできないので、ちょっと力持ちぐらいだ。その状態で影術の説明をしても夢みがちな少年扱いをされるだろう。

「先祖にゴリラがいるんじゃないですか?」
「へー、それはずいぶん美形なゴリラなんだろうねー」

(あ、この世界にもゴリラっているんだ……)

 何の気なしに言ったことだがこの世界にゴリラはいるらしい。少なくともこの国にはいないはずなのでヤマトは見たことがないし、知っているゴリラとは見た目も違うかもしれない。
 そんなどうでもいい話をしている間にヤマトの上がっていた息が落ち着いてきた。

「剣を探してくるので、殿下は他の方と訓練していてください」
「えー、恋人と少しでも二人になりたいじゃん。最近はいつもエーリクがいたしさ」

 吹き飛ばされた剣を探しに行くことにしたヤマトに、カイユーは付いて行くと言う。打ち合い中は真剣だったカイユーに、いつもの軽薄な仮面が装着されるのを見てヤマトは肩をすくめて同意した。
 剣は影術で強化していた力をそのまま跳ね返されたので、普通じゃありえないくらい飛んでいった。その上、目立ちたくなくて隅の方で打ち合っていたので飛んでいった先は林だ。
 残りの授業をヤマトはこのまま剣を探すふりをしてサボろうとしていたのだが、カイユーも同じ思惑なのだろう。二人で林の中をのんびり捜索する。

「エーリク殿下はどうされてますか?」
「まだ謹慎中、宮廷作法のおさらいをしているそうだよ」
「それは……申し訳ないです」

 エーリクは霊廟侵入の件で正妃様に怒られてしばらく謹慎中なのだ。
 エーリクに庭園に連れて行かれたあの日、ヤマトはエーリクの年齢とワクワクした様子から、秘密基地に連れて行ってくれるのかと思った。前の週に霊廟について話が出た時は、ヤマトは気になったのでちょっと探りを入れるだけのつもりだったのだ。それがまさか鍵を盗み出してまで連れて行ってくれるとは思わなかった。
 だが、そのおかげでヤマトは気になっていた霊廟を自分の目で見て確認できた。

 (たぶん、あの霊廟がイナゲナが復活した場所だろうな)

 ゲームでの回想シーンを思い出すと、よく似た内観だった。それに、エーリクがモブ貴族に声をかけられたのはカイユーに会いに行く途中だったはずだ。天翔館との位置関係からしてもほぼ確実だ。
 カイユーが封印の解けたイナゲナと戦い、憑依されるのはあの場所だ。あの場所にイナゲナが封印されているのだろう。

 (身代わり計画に向けて、一歩前進かな)

 謹慎しているエーリクには申し訳ないが、ヤマトの気持ちは明るい。
 とりあえずはイナゲナの封印が解かれる場に居合わせることはできそうだ。まだカイユーがイナゲナに憑依されないようにする具体的な方法など考えなければいけないことはあるが、この順調さならなんとかなりそうな気がしている。

「ヤマトの剣はどこまで飛んでいっちゃったんだろうね」
「この辺だと思うんですけど」

 考え事をしながら気付けば林の奥まで来たが、すぐに見つかると思った剣は見つからない。さっさと見つけてサボろうと思っていたのだが、このままでは授業の時間を過ぎてしまうかもしれない。授業は剣術で終わりなので、今日は自室でのんびりする予定のヤマトとしてはそれは勘弁願いたい。

「あ、殿下あそこに……」

 林の中の茂みに剣の先が見えたので近づく。すると、剣とともに予想外の物が落ちているのが見えた。いや物ではない、見知らぬ男がそこに倒れていた。

「え、もしかして剣が当たって死んじゃった……?」

 驚いて固まっているヤマトを尻目に、カイユーはサッとその男に近付いて脈を確認する。

「いや、息はあるな。すぐ傍に剣が降ってきて驚いて気を失ったんじゃないか」

 男が気絶しているだけということにヤマトはホッと胸を撫で下ろした。ヤマトは今まで自分が死んだことはあるが死体を見たことはないのだ。

「死んでないのは良かったが、別の問題があるな」
「問題、ですか?」
「王立学院の敷地内にこんな不審人物がいるなんて大問題だ」

 この男が許可を得て学院に入り林に迷い込んだ貴族関係者、とは到底思えない。倒れている男は年齢不詳だがおそらく二十代か三十代だろう。着ている服は体のサイズより少し大きめで生地は荒い。不潔ではなさそうだがボサボサした髪はだらしない印象だ。

「暗殺者ではなさそうだけど……。どうやら、俺のことを探りにきたのかな?」

 カイユーは男の横に落ちていた鞄を漁って数枚の紙を取り出した。どうやら写真のようで写っているのはカイユーとヤマト、それから綺麗な妙齢の女性だ。女性は何処となくカイユーに似ているので側妃だろうか。写真は白黒で画質も荒いが、前世で高画質の写真を見飽きているヤマトには逆に情緒的な美しさを感じた。
 ヤマトが写真を見ている間に不審人物の意識が戻ってきたようで身じろぎをし始める。
 ヤマトとカイユーが警戒しながら見つめる中、目を開いた不審人物は二人を見た瞬間バッと後ろに下がり木にぶつかったと思ったらそのまま土下座した。

「ぎゃーー!カイユー様!ヤマト様!僕は疚しいことはしてません、お許しをーーー!!」

 土下座する不審人物の頭の上に直前にぶつかった木からヒラヒラと落ちた葉っぱが乗った。不審人物の一連の動きがギャグ漫画のようで、ヤマトは呆気に取られてしまった。

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