身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち

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6 理想の形

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 ヤマトがいつもの学内カフェに行くとそこにカイユーはいなかった。ほとんどカイユーとヤマトの指定席のように扱われているいつもの席の傍には、赤髪の騎士が立っていた。
 二十代半ばくらいの彼は、おそらくカイユーの護衛だろう。個人の護衛騎士は学院内には入れないが、王立学院なので普段はカイユーが断っているだけで王子の護衛は入ってきてもお咎めはない。
 暇人のヤマトと違いカイユーは公務やパーティーがあるので放課後にカフェに集合しないことはそれなりにある。そういう時は事前に連絡をくれるのだが、もしかしたら急な用事が出来たのだろうか。

「すみません。殿下は今日はいらっしゃらないんですか?」

 ヤマトが声をかけると護衛は一礼した。その姿を見てヤマトは既視感を感じた。ヤマトがその感覚の正体を見つける前に護衛の返答があった。

「ヤマト様お待ちしておりました。カイユー殿下から校門で待つとの伝言を預かっています」
「校門?ですか」

 カイユーに用事ができたというだけの話かと思ったのだが、ヤマトを校門で待っているとはどうしたのだろうか。
 疑問符を浮かべながらもヤマトは伝言に従ってカイユー殿下専用になっている校門に行くことにした。王都に住まいのある貴族と同様にカイユーも通いだが、学院は宮殿を囲う壁のすぐ外にあるのでカイユーと貴族たちは出入りしてるところは違う。今向かっている校門は直接宮殿に繋がっているので王族しか使わないのだ。
 ヤマトがその王族専用門に近付くとカイユーが馬に乗って駆けてきているのが見えた。カイユーは一旦帰宅して学院に戻ってきたようだ。ヒラリと馬から降りる姿をヤマトは少し遠くで一旦立ち止まって見惚れた。

(これ、画集に載ってたのと構図が似てるな……)

 カイユーはこれが一番早いからと乗馬で登校しているらしいとは聞いていたが、ヤマトが見たのは今日が初めてだ。画集に載っていただけあって文字通り絵になるくらい似合う。
 ちなみにこの世界の馬は馬体は黒毛や茶毛が多いがユニコーンのようなツノがあり神秘的だ。カイユーはヤマトに気付いたようで、ヤマトの方に軽く手を振ってから馬の首を撫でて労っている。
 ヤマトが一瞬の思考の後に止めていた足を動かして近付くと、カイユーは申し訳なさそうに口を開いた。

「ああ、ごめんね急に」
「一体どうされたんですか?」

 カイユーの態度から公爵の誕生日パーティーを思い出し、また緊張するようなイベントが発生したのだろうかとヤマトは警戒する。

「うーん、ヤマトちょっと家に来れる?」
「え、家って、お城ですか?」
「いや、俺の館だよ」

 天壌国は大陸の端で山脈に囲まれていてその中央に王都、王宮がある。王宮内に王が暮らし執務も行う本城、そしてそれを囲むように館と呼ばれる王子や王女の住まいがあるのだそうだ。
 学院に入るぐらいの年齢で館を持つ慣わしだそうでカイユーも自身の館、天翔館てんしょうかんに住んでいる。王様がいるような本城に呼ばれたわけではないことに安心したかけたが、館だって王宮の一部だ。学校帰りに友達の家に行くようなノリで行くところではないだろう。

(絶対ややこしいやつじゃん……)

 今度は一体なんだろうかとヤマトがゲンナリとしていたが、カイユーが続けた言葉に目の色を変えることになる。

「天翔館に弟が来ていてね。君に会うまで帰らないって駄々を捏ねているんだよ」

(弟……ってことは、主人公!?)

「急なことだし、ヤマトは結構人見知りだろ?断っても」
「行きます!会いたいです!」

 食い気味に了承の返事をしたヤマトに、カイユーは目をぱちくりさせた。カイユーは本当にいいのか再度確認してきたがヤマトは前のめりに返事をする。カイユーは急に乗り気なヤマトを不思議そうに見ていたがヤマトを馬に同乗させてくれた。館に向かいながらヤマトはワクワクが抑えきれないでいた。


「お前があにうえのコイビトか!」

 館に着くとカイユーの弟で未来のゲーム主人公、エーリクが待ち構えていた。エーリクの青髪と水色の羽織と黒の袴がよく似合っている。
 日本でいうところの和服が天壌国では伝統服と呼ばれていて、王家のみが着用できるという決まり事がある。エーリクの年齢も相まって七五三のような愛らしさだ。

(わぁ可愛い!今のエーリクって、五歳くらいか?)

 ヤマトはカイユーの伝統服姿も見たいのだが、ポリシーがあるようで着ない。ゲームの画集でも着ていなかった。
 先日の公爵家のパーティーで何人かに伝統服じゃないことに触れられていたが、カイユーは「伝統服って結構苦しいんだよねー」「ヤマト恋人とお揃いにしたかったんですよ」などと言って誤魔化していた。

「こら!エーリク、失礼だぞ。まずは挨拶だろう」

 エーリクの可愛らしいばかりな太々しい態度をカイユーが嗜める。学院で見せる浮ついた雰囲気とは異なる落ち着いたカイユーの声音は、横で聞いているヤマトのハートにクリティカルヒットした。

 (はわわわ!やばい。これを生で見ていいのか……)

 今のカイユーはエーリク主人公の幼少期の思い出に出てくる厳しくも優しい兄そのままだ。
 カイユーはヤマトの推しであることに間違いないのだが、ヤマトが好きになったのはゲームの回想シーンで見た“兄をしているカイユー“なのだ。
 ヤマトは常日頃のカイユーもかっこいいと思っているけれど、出会った瞬間よりは控えめではあるがチャラ仕様のままなのでちょっと解釈違いなのだ。
 加えてヤマトは自分が「推しの部屋の壁になりたいオタク」に分類されると思っている。自分と推しが絡むより原作ゲームに近い状況を見ることのほうが何倍も嬉しい。
 前世で妄想した幼少期主人公に優しい青年期カイユーを近場で見られてヤマトは大興奮だ。

「はじめましてエーリク殿下、私はヤマトと申します」

 ヤマトが興奮を抑えて笑みを作り挨拶する。ヤマトの今世で一番の気持ちの籠った笑顔になったような気がしている。
 そんなヤマトを見てエーリクは先程までの威勢はどうしたのか頬を染めて口籠る。そして、カイユーの後ろに回ってヤマトをチラッと見上げる。カイユーはそんなエーリクを見て苦笑している。

 (ううう、理想通りだ……)

「エーリク、お前が会いたいというから頼んで来てもらったんだぞ」
「……だって、あにうえ最近会えないから、コイビトができたからだってみんなが」
「全く、だからって急に来て居座るなんて王子のすることじゃないぞ」

 甘えた様子のエーリクと、仕方なさそうにエーリクの頭を撫でるカイユー。その姿をヤマトはじっくりと見て心のアルバムにしまう。

 (エーリクってこんなに甘えただったんだなぁ。いいな兄弟って。オレ一人っ子だったからかっこいい兄に憧れたのが好きになったきっかけだったんだよなぁ)

「それなら、放課後に私が天翔館に来ましょうか?」

 カイユーに対して自分との時間をエーリクに使うように言おうとしたヤマトだったが、それでは契約恋愛的にダメだろう。急に会わなくなったらそのうち別れたという噂が出回るに違いない。
 咄嗟に思いついたまま言ったことだが、口に出してみればとてもいい案に思えた。ここに来ればヤマトはエーリクとカイユーの絡みを見ることができる。

「それは……」
「いいの!?」

 カイユーはその案を却下しようとしたようだが、それに被せるようにエーリクが歓声を上げる。期待を込めてカイユーを見るエーリクを見てカイユーは口を閉じた。それからカイユーはエーリクとヤマトを交互に見て、諦めたように了承の返事をした。

「今日みたいに勉強を逃げ出したりしないこと、事前に約束すること、守れるか?」
「はい!」

 そんな約束をしたエーリクは満足したようで、控えていた疲れ果てた顔をした侍従に連れ帰られた。

「送っていくよ」

 エーリクが帰るとヤマトも帰宅することとなった。
 帰りもカイユーと相乗りだ。行きは主人公に会えることにテンションが上がっていて気にならなかったのだが、帰りは落ち着いているのもあってヤマトは急に恥ずかしくなった。かと言って、往路でやったことを復路で拒否するわけにもいかずヤマトは大人しく角のある馬でカイユーの前に乗せてもらう。

「ヤマト、今日はありがとう。エーリクは普段は年齢以上にしっかりしてるんだけどたまに爆発しちゃうんだよ。普段の頑張りを知ってるから、ああいう時はついつい甘やかしてしまうんだ」

 カイユーの穏やかな声がヤマトの頭の後ろから聞こえる。まるでカイユーの声が脳に直接響くような感覚がして、ヤマトは落ち着かずに無駄に馬上で座り直す動作をした。

「もっと険悪な関係なのかもと思ってたんですけど、仲がいいんですね」

 ヤマトは前を向いたまま平静を装いながら返答する。内容が内容なので並走する護衛に聞こえないように極力小さな声で喋る。
 ゲームでエーリク主人公が幼少期のカイユーとの思い出を回想する描写は何度もあったが、ファンの中には、母親が違うので実際はそれほど仲良くなくエーリク主人公の記憶補正では?という意見もあった。だからヤマトは今日の二人の様子がなおさら嬉しかった。

「エーリクも彼の母君も、鷹揚に構えてるんだ。側妃が一方的に嫌ってるだけ」

 カイユーも小声で答えるが、その声音には先ほどまではなかった暗く複雑な感情が混じっているようにヤマトには感じられた。側妃とは、カイユーの母親のことだ。
 エーリク王子の母は他国の王女で、その子供を次代の王にすることが条約で決まっている。だが、輿入れからなかなか子供ができず側妃が増長してしまった。側妃は浮気でできた子供であるカイユーを王にしようとしているのだ。
 そんな母へのカイユーの鬱屈は消えることはなく、復活したイナゲナと相対した時にも心に隙ができるキッカケになる。
 ……というのがヤマトがゲームで知っている話だ。
 ヤマトは本来こんな事情は知らないはずなので、カイユーに何も言うことができない。

(……いつか、殿下の心を晴らす人物が現れるといいな)

 ヤマトに出来ることは、イナゲナの脅威からカイユーを守れるように頑張るだけだ。生きていればカイユーにはそのうち素晴らしい出会いがあるに違いない。
 ヤマトがそんなことを考えている間、カイユーが何を考えていたのかは分からない。しばらく続いた沈黙を払うように口を開いたカイユーは話の矛先をヤマトに向けた。

「ヤマトは人見知りだと思ってたけど?」
「はい、人見知りですけど……」
「エーリクには初対面でずいぶん心を開いていたじゃないか」

 いつもと違う低めな小声でこんなことを言われてヤマトはむず痒くなった。ただの感想なのだろうが嫉妬しているようにも聞こえる。しかも今は馬に同乗してるので、後ろから抱きしめられているのに近い状況なのだ。

「殿下がエーリク殿下のことを好きだからですよ」
「俺が、エーリクを……?」

 ヤマトの返答をカイユーは鸚鵡返しした。その声から戸惑いを感じてヤマトは不思議に思った。さっきの様子を見れば、大抵の人間はカイユーはエーリクが好きだと思うだろう。

「変なこと言いました?」
「いや、まるでヤマトが俺のことが好きみたいに言うんだなと思ってね」

 確かに、好きな人の好きなものを好きになるというのはよくある話だ。逆に言うと、誰かや何かを好きな理由が「あなたがそれを好きだから」と言われたら自分に好意があると思うのは暴論ではない。

 (いや、好きみたいというか、好きですけど?)

 ヤマトは正真正銘カイユーのファンだ。
 ただ、当初はあまりにイメージと違いすぎてがっかりしていたし、一見した雰囲気は違えど中身はヤマトの憧れたカイユーだと分かってからは今度は推しと自分が関わることの心理的負荷で疲れていた。
 もしかしたらカイユーはそんなヤマトの様子を見て、カイユーの提示したメリットのために本当は嫌いだけどイヤイヤ契約恋愛をしていると思っていたのだろうか。

 (このまま、勘違いしてもらってたほうがいいのか……?)

 ヤマトの気持ちはあくまでファンとしてのものなのだが、前世でやっていたゲームなど知らないカイユーに恋愛感情と勘違いされかねない。
 恋愛感情に発展しないことを見込まれて契約恋愛を持ちかけられたのに、それでは契約違反だと思われる。

「……嫌いな人と恋愛・・しようなんて、思いませんよ」

 悩んだ末に、ヤマトはそう呟いた。
 契約恋愛を匂わせた否定なら、この好意もビジネスライクな感情だと思われるだろう。

「はは、それはそうだね」

 カイユーの笑い声がヤマトの耳にかかった。
 同じ方向を向いて二人乗りをしているので顔は見えないが、カイユーの声は明るい気がしてヤマトは安心した。

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