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4 憧れと現実
しおりを挟むゲームで見ていた時から、カイユーは人の心を掴むのが上手いとヤマトは思っていた。元々の気質なのか帝王学の賜物なのか、あっという間に自分に有利な場の雰囲気を作る。
学院に入ってから遠目に見ていたカイユーは常に人の中心にいたが、カイユーに聞くとそれはあえてやっていたことらしい。評判を下げたいからといって横暴なことは出来ないらしく、たくさんの人と関わることで逆に誰とも深く関わり過ぎないようにしていたそうだ。
そんな社交能力の抜群のカイユーに比べて、ヤマトはどちらかというと陰キャだという自覚がある。友達は本当に仲のいい数人だけでいいタイプだし、目新しい物や体験よりも慣れ親しんだ場所にずっといたい。
前世で会社員の時は昼休憩に同じ定食屋に行き過ぎて顔を覚えられていた。定食屋のおばあちゃんがオマケしてくれるようになったと話したら自称真の陰キャという友人に睨まれたが、ヤマトはどんぐりの背比べだと思っている。そんな気質の違い故に、現在ヤマトはとても疲れている。
「街で噂の大道芸はもう見られましたか殿下?」「馬鹿、ヤマト様と行かれたに決まっているだろ」「おっと失礼しました」
「先日の剣の模擬戦素晴らしかったです!あ、恋人殿も観戦なされました?」
「殿下、城下の劇場の新しい演目の噂は聞きまして?ヤマト様はご存知ですか?」
授業の後、恋人のふりの一環で学内のカフェに二人でいると男女先輩同輩問わず次々に声がかかる。その人たちが気を使ってヤマトにも声を掛けてくるのがヤマトとしてはかなりキツイ。
ヤマトも現在キラキラしい外見をしているが、前世から引き継いだ精神年齢と陰キャ気質に加え、今世では十年も無気力に過ごしてきたので明るく活発なノリについていくには精神的な疲労がとてつもなくかかる。
居心地のいい陰キャ気質な友達をつくろうにも、内面に不相応なキラキラした外見に加えて王子の恋人になったヤマトに同類は寄ってこない。
(いや、カイユーが同世代に慕われている姿はイメージ通りなんだけど……)
今のヤマトの気持ちは、映像で見る花火大会は綺麗だけど、現地に行ったら混んでるし暑いしで、スマホで誰かの撮った動画を見ていた方が良かった……みたいな感覚だ。人間は往々にして自分にない部分に憧れるが、自分にない部分を持っている人間がすぐ傍にいると結構疲れるとヤマトは学んだ。
学生時代のカイユーはゲームの中では描写されていなかったが、人に囲まれているカイユーはきっとこうなのではとヤマトが想像していたイメージと近い。若干チャラいけれども。
ちなみにチャラチャラした言動は本人が上手くいかなかったと言っていただけあってセルフネガキャンとしてはいまいちだ。軽薄だと眉を顰めているのはごく一部で、大部分には気さくな王子だと好意的に受け取られている。カイユーの元々の評価が本人が思っているより良かったのだろう。
「殿下は本当に人気者ですね……」
周囲に人気がないことを確認してからヤマトはぼやく。今日もいつものカフェでラブラブな恋人アピールのために二人で過ごしている。
「人気者なのは俺じゃなくてヤマトだよ。みんなヤマトに話しかけたくて来てるんだ」
「その割にすぐいなくなりますけど?」
カイユーが若干呆れた風に肩をすくめるが、ヤマトは納得がいかない。ヤマトなりにこれでも気を遣って愛想笑いをして返事をしているのに学院生は大して会話もしないうちにそそくさと去ってしまうのだ。
「あー、話しかけたはいいものの間近で見ると気後れしちゃうんだろうねー」
「気後れ……?」
「ヤマトは自分の美しさに自覚があるんだかないんだかわからないよね。まあ、おかげで好奇心の強い学院生は粗方撃退できたけど」
ヤマトは自分の顔面が強いことは知っているがあくまで過剰な比喩表現であって物理的に攻撃力はない。そんな言い方で誤魔化すのは気を遣われているのだろかとヤマトは思った。顔がいいから話しかけてくる人間なんて、実際のヤマトが思ったよりつまらなくて去っていったに違いないのだ。
「本当に恋人かどうかの探りもだいたい躱わせたし、二人の時間を邪魔するような野暮なことする人はいないでしょ」
(確かに最近は話しかけてくる人はかなり減ってきたな。一応、契約恋愛の役割は果たせてるってことかな?)
ヤマトはカイユーに対して敬語のままだし恋人というには若干距離がある。前世からの推しでもあるし王子様相手に許可されたからといってすぐに馴れ馴れしくはいけない。
しかし、カイユーの自然なボディタッチや意味深な発言で、ヤマトは特に何も意識していないのに溺愛改心チャラ男が素直になれないツンデレ恋人に首っ丈に見えるらしい。
カイユーを見てコミュ力とは自分が人からどう見えるかを考えて動ける頭の良さなのではないかと最近ヤマトは思い始めた。ヤマトにとっては全くの不得意分野だ。
それでもヤマトの存在がカイユーにとって人避けになっているなら良いのだろう。
会話がひと段落するとカイユーは、新聞に目を通し始めた。深く椅子に腰掛けて紙面を追う姿は学院生をあしらっている時の軽さとは異なり、十五歳とは思えない迫力がある。
(やっぱりかっこいいんだよなぁ。……遠くから見ていたい)
近距離で見つめていてはカイユーに気付かれるので、ヤマトはチラッと見てから視線をそらした。学内の図書室から借りた歴史書に目を通し始める。学校の図書室というとショボく感じるが、王立学院は現代日本でいう国立大学のようなものなので蔵書のレベルは高い。
カイユーの知り合いになれて『死んでからも記憶に残る』という前提条件を予想外に早くクリアできたのだ。次は身代わりになるために、具体的な方法を探さなければならないのでこうして調べている。
(うーん。夜喰魔の王に関わりそうな話は案外載ってないな……)
イナゲナとはゲームのラスボスで、夜喰魔という人間の敵を束ねている存在だ。
イナゲナは天壌国の初代国王がこの国のどこかに封印している。そして今から数年後、数日かけて行われる立太子の儀の途中に、主人公を陥れたい貴族の手によって主人公の目の前でイナゲナの封印が解かれる。
(殿下は、主人公を庇ってイナゲナに憑依されてしまうんだよな……)
気絶した主人公を助けに来たカイユーは、イナゲナに心の隙をつかれて憑依され、肉体を乗っ取っられてしまう。そしてイナゲナに乗っ取られたカイユーは国王や妃たちを殺して王位につき、国を恐怖で統治するのだ。
一連の出来事の間気絶していた幼い主人公は、優しかった兄カイユーが王位を狙って夜喰魔となったと勘違いする。命からがら国から逃げ出した主人公は、その後夜狩りという夜喰魔を狩る人々に助けられて兄への復讐を目指す、というのがゲームでのシナリオの始まりだ。
主人公は兄カイユーがイナゲナに乗っ取られているのだと途中で気付いて苦悩する。だが、イナゲナは誰かに憑依してる状態でその肉体ごと殺さなければ倒せない。ラスボス戦前に一瞬だけ意識の戻ったカイユーに説得されて、主人公はカイユーごとイナゲナを倒す。
ハッピーエンドというには苦いものが残るラストだ。子供の頃このゲームをプレイしたヤマトはしばらくカイユーが助かる別ルートがあるのではとやり込んだが、途中の選択でラストのシナリオが変わることはなかった。
(カイユーを助けるにはイナゲナが復活しないようにすれば……いや、そうすると身代わり計画に支障がでるよな……。それに、何かで読んだけどイナゲナの封印は既に解けかかっていて放っておいてもいずれ復活する運命だったという設定だった気がする)
ヤマトの目的は「カイユーの心に刻まれて今世を終わらせる」ことだ。どうせいずれはイナゲナが復活してしまうならこれを利用しない選択肢はヤマトの中にはない。
第一に、イナゲナがカイユーではなく、ヤマトに憑依するように仕向ける。
(ファンの中では、カイユーが動揺せず、主人公を嵌めたモブ貴族にイナゲナを憑依させて倒せばよかったというのが定説だ。このモブ貴族役にヤマトがなれば上手くいくはず)
第ニに、憑依されたヤマトを殺せるように、カイユーが影術を取得する、もしくは王剣を持ち込む状態にする。
(イナゲナと夜喰魔は、影術もしくは王剣でないと倒せない)
……達成のためには不確定な前提条件が多すぎる計画だ。
(まず大前提として、イナゲナの封印が解ける場所に居合わせないと、代わりに憑依されるのは無理だよなぁ。イナゲナはどこに封印されているんだっけ?あーー、なんで大事なことは覚えてないんだよオレ)
ヤマトはゲームを何周もやったし、目当てのカイユーは数ページしかないけれど画集も買った。だが本筋から外れた細かいところまではっきりは覚えていない。
そもそもが今はゲームでいう前日譚に当たるので、公式で描写されている部分が少ない。ヤマトが忘れたのではなくて最初から知らない情報である可能性もある。
しかも、ゲームする暇はなくても幸せなカイユーを見たくて二次創作は見ていた。そのせいで、どこまでが公式でどこまでが自分含むファンの妄想か分からない。
(カイユーは人気キャラだからスピンオフ出るかもって前から噂あったけど、何年待ってても出なかったな……)
スピンオフが出ていればそれがゲームだろうと漫画だろうと何周もしただろうからもう少し情報があっただろう。しかし今更運営を恨んだところでどうしようもない。
(殿下に心当たりを聞くか?いや、やめた方がいいか)
カイユーは現実主義に見える。証拠もなく夜喰魔の話をしても信じてもらえない可能性が高い。
もし信じて貰えたとしたら、今度はイナゲナが復活する前にカイユーが全部解決してしまいそうな気がしてヤマトは思い止まる。
(焦っても仕方がない。まずはイナゲナについて少しずつ情報収集していかないと)
ヤマトが今後の計画について頭を悩ませていると、ふと視線を感じて顔を上げる。片肘をついてヤマトを観察するカイユーと目が合った。
「どうされました?」
「んー?可愛い顔で悩んでるなーって」
「可愛いって……嬉しくないですけど」
笑むカイユーの瞳に揶揄いの光が灯っていてチャラ男っぽい。カイユーはニコッと笑い掛けてくるが、ヤマトは咄嗟に顔を顰めてしまう。
カイユーの軽薄を装った空気よりも、そんな態度にも男っぽさの滲むカイユーから可愛いと言われるのが一人の男として悔しいと反射的に感じた。
「うーん、本気で褒めてるのに。まあ、そういうところが好きなんだけどね」
カイユーが恋人を甘やかすような目線を作っていることにヤマトが気付くと同時に、カフェ専属の給仕が紅茶のおかわりを持ってきた。今のは給仕に聞かせるようの台詞なのだ。カイユーのこういった地味な努力のおかげで恋人っぽく見えているのだと改めて感心する。
注がれた芳しい紅茶をヤマトが一口飲んでからティーカップを机に置くと、それに合わせたようにカイユーが口を開く。
「そんな控えめな恋人にお願いがあるんだ。一件だけ絶対に来てもらわないといけないパーティーがある」
「パーティーですか?」
社交能力の低いヤマトとしては気が乗らないことだが、そういったことはカイユーが極力断ってくれているのも知っている。その上での話なのだからこれは契約的には避けられないことなのだろう。渋々了承を伝えている途中でヤマトはひらめいた。
(主人公を陥れようとした貴族の手でイナゲナの封印は解かれたんだ。その貴族が分かれば何か手掛かりになるかも)
ゲーム上ではモブ貴族ということしか分かっていない。しかし、王子である主人公に接触できるのだから高位貴族の可能性は高いだろう。
一瞬前向きになったヤマトだったが、カイユーからパーティーの概要を聞くとやる気は一気に萎えた。
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