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第七話 ガイの悩み

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「大広間に忘れ物したみたい。お兄ちゃん、私取りに行ってくるね」
「もうすぐ日が沈むぞ。行きはともかく帰りは暗くなるだろう。俺が行ってやるよ」

ガイは妹がしたという忘れ物を取りに大広間へ向かう。夕日で伸びた自分の長い影を踏むように早足で道を進む。
目的地に着きファルンの父である神官に鍵を貰おうと大広間の前を通り過ぎようとした時、扉の小さな窓から奥の方に人影見えた。

(ラッキー!誰かいるなら時間短縮できる。中にいるのはファルンと、……アイク?)

教会はファルンの家でもあるのでファルンがいるのは分かる。だが、アイクはなぜここにいるのだろうか。
アイクにファルンへの恋心を明かされたのは数日前のことだ。
アイクの恋心なんて忘れてしまおうとしていたのに、こんなところに二人きりでいるのを見てガイはギョッとした。

(もしかして俺、なんかまずい現場に居合わせてる!?)

ガイが声をかけて良いものかどうか躊躇って、目だけを小さな窓から覗き込ませる。
何を話していたのか知らないが、ちょうど話の切れ間だったようで二人は口を噤んだ。
そして無言のままアイクがファルンにそっと一歩近づく。
ファルンの首にかけられた神官の首飾りをアイクが手に取り、顔を近づけて口付けた。
夕日が差し込む大広間の片隅で、その二人の姿は妹が好む物語の一幕のようだとガイは思った。

「勇者物語みたいだな」

ファルンが呟いた声は決して大きくはなかったが二人きりの大広間に響き、扉の外にいるガイにも微かに聞こえた。
言われてみれば、何百年も前にいた勇者の冒険物語にこんなシーンがあった気がする。たしか勇者が聖女にプロポーズする時がこんな風だったはずだ。

「ははは、かっこいいだろ?元気でた?」

アイクはいつものようにカラッとした明るい声でファルンに笑いかける。だが、遠目に見たガイにはアイクの横顔がいつもより大人びてみえた。
十代も半ばになったアイクは、改めて見ると愛らしさより格好良さが際立つようになってきている。

「ああ、かっこいいな。本物の勇者みたいだ」

ファルンはそんなアイクを眩しそうに見つめながら微笑み返す。
カーテンが風に揺れて隙間から漏れる光がファルンの頬をゆらゆらと照す。ガイにはなぜか、それがファルンの涙のように見えた。

(……帰ろう)

ガイは出来るだけ音を立てないようにして、その場を後にした。
家に帰ったガイは妹の忘れ物のことをすっかり忘れていて、母親に「アンタその歳でボケちまったのかい?」と心配された。

(あのあと、告白とかしたんかな……)

その日の夜、ガイはベッドに入るがなかなか寝付けないでいた。脳裏に浮かぶのはアイクとファルンの姿だ。
あの二人が付き合うことになれば、神官不在で一番困るのはガイたちの世代だろう。
だが、いい雰囲気の二人を思い浮かべて、それもいいかと諦めた。
年下の幼馴染たちの幸せを願う程度の良心を、ガイは待ち合わせているつもりだ。


「ガイ、いる?」
「え?ファルン、ど、どうしたんだ?」

一晩でそんな風に気持ちを決めたガイだったが、翌日家に来たファルンに流石に動揺した。ファルンは心配そうにガイの様子を窺っている。

「ガイの様子がおかしいって、ガイのお母さんから聞いて来たんだ」
「え、母ちゃんが?何ともないのに、余計なことしやがって……」
「いや、私が勝手に心配してただけだから。何ともないなら良かったよ」

安心したように笑うファルンはいつもと変わりがない……ように見える。
二人の幸せを願うと決めたガイだったが、そうなると今度は友人たちの恋バナが気になってくる。そういう年頃でもあるし、怖いもの見たさに近い気持ちもある。

「えっと、あのさ……」
「どうしたんだガイ?落ち着きがないね」

(「恋人できた?」は直接的すぎるか……。覗き見してたのがバレたら、流石にアイクもファルンも怒りそうだし)

「ファルンさ、なんか……、いいことあった?」

ガイなりに考えて、遠回しに聞いてみることにした。
すると、ファルンは目を丸くして、そのあとちょっと気まずそうに首を傾げた。

「もしかして、知ってる?」
「え?ああ、まあ……」

(これは!まさか!やっぱりアイクが告白したのか?ファルンはオーケーしたのか??)

ガイは内心の興奮を抑え、精一杯平静を装って返事をする。
根掘り葉掘り聞きたい気持ちを抑えてファルンの言葉の続きを待った。

「アイクがさ、ちょっとなら剣を触ってもいいんじゃないかって……」
「え、剣って……」

予想外の方向に話が展開していき、ガイは固まる。
告白とか付き合うとかそういう話ではないようだ。
なんでそんなことになったのかガイには分からないが、剣で突き合うとかそういう話らしい。

「父さんも、まだ神官ではないし怪我したりさせたりしないならいいって……。でも、やっぱり良くないよね」

全く予期しない流れに固まっていたガイの反応をファルンは悪い方に受け取ったらしい。

「い、いやいや、いいと思うよ!でも、なんで剣?」
「私が、勇者に憧れてるから……」

ガイの素直な疑問にファルンは、少し遠くに視線を向けながら口籠る。
ファルンが勇者に憧れているのをガイは意外に感じた。
数年前のちょっとヤンチャだった頃のファルンならともかく、最近は荒っぽいことには興味がないのだと思っていたからだ。
神官になろうとすると、趣味趣向にも気を遣わないといけないのかもしれない。きっとファルンにはガイには分からない苦労があるのだろう。

「アイクは私がその、色々悩んでるから元気付けようとしてくれてるみたいでさ」

たしかに、ガイが覗き見た夕暮れの大広間でも「勇者みたい」とか「元気になった?」とか言ってた気がする。

(なるほど、疲れているファルンのためか……って、絶対それだけじゃないよな!)

数日前のガイならファルンの見解に納得していただろう。だが、アイクのファルンへの気持ちを知っているものからすると、アイクはちょっとずつ外堀を埋めているように見える。
神官志望のアイクに剣を使わせようとしているのも、神官への道を諦めさせて自分の気持ちを受け入れさせるための布石にしか思えない。

(勝手にファルンもアイクのこと好きなんじゃないかと思ってたけど……、これはこのまま放っておいて大丈夫か?)

「あのさー、余計なお世話だとは思うんだけどさ」

ガイはファルンのことが心配になってきた。
二人の幸せを応援しようとは思った。だが、ファルンがどう思っているかはガイは知らない。
ファルンの気持ちがあやふやなまま、アイクの思惑にハマってズルズルと神官の道を外れることのになるのはよくないと思ったのだ。

「ファルンはアイクのことどう思ってるんだ?」
「どうって、幸せになって欲しいかな……」
「ファルンが幸せにしてやる気はないの?」
「……私なんか、本当はアイクのそばにいない方がいいと思うんだ」

(アイクを特別に思っているのは間違いないけど、なんか拗れているよな。うーん、アイク玉砕したらごめん!言ってみるわ)

ガイは頭をひねるがこれ以上は遠回しに言っても伝わらない気がした。ガイは心の中でアイクに謝ってから直接的に聞いてみた。

「俺はさ、アイクはファルンのことが好きだと思う」
「……そうかな?嬉しいよ」
「いや、そう言うことじゃなくて!」

せめてものアイクにバレた時の保険として、ガイの感想として言ってみた。すると、わざとなのか天然なのかファルンには友情としての好きとして受け取られてしまったようだ。

「アイクがファルンを好きっていうのは、あ、愛しているって意味だよ」

ここまでまで来たら引っ込みがつかず、ガイは恥ずかしさを堪えて訂正する。ガイにとっては愛している、なんて響きは他人事でも口に出すのは恥ずかしい。
その言葉を聞いて、ファルンは驚いたように少し口を開けてガイを見る。

「ガイって、結構ませてたんだね」
「な!真剣に言ってるのに茶化すなよ」

ファルンは驚いた顔から、子供の成長を見守る親戚みたいな微笑ましい顔に表情を変えた。
ただでさえ恥ずかしかったのに、年下のファルンにそんな顔をされてガイはカッと顔に熱が集まるのを感じた。
言い訳するように早口で何故こんなことを話しているか説明する。

「ファルンは神官になるんだろ?このままじゃお互い苦しいだろうと思って俺は心配してッ」

(くそ~、なんでこんな恥ずかしい目に合わなきゃいけないんだ!放っておけば良かった)

ガイはなぜ自分がこんなことに首を突っ込んでいるのかと、野次馬根性を出してしまった自分自身を責める。
そんなガイの様子を見たファルンは慌てて、申し訳なさそうに謝る。

「ごめん、ガイ。心配してくれたんだね。でもさ、アイクって友達にもああいう態度なんだよ。私は知ってる・・・・んだ」

(普通は!友達にプロポーズの真似事なんてしないだろ!少なくとも俺には絶対やらないぞアイツは!)

ガイは今更二人のことを昨日覗き見していたとは言いづらくてその言葉は飲み込む。
仮に言ったとしても、ファルンは「ただ励ましてくれただけ」とか言いそうだ。

「アイクは女の子達と喋っているときのほうが紳士だろ?それに私といる時よりガイたちといる時の方がアイクはイキイキしてると思うよ。こないだ街の大会にも行って来たって楽しそうに話してたよ」
「いや、確かに楽しそうだったけど……」

(女子達はテキトーにあしらってるだけだと思うし、アイクは帰ってからファルンに土産話をしている時が一番楽しそうだったぞ……)

ファルンはなぜこんなにも、アイクから向けられる感情に鈍感なのだろうか。鈍いと言うよりは、気付いているのに見ないふりをしているような気もする。
神官を継ぐからその気持ちに応えられなくて悩んでいるのかとも思っていたが、この悩みはもっと違うところに根が生えているらしい。

「恋愛感情云々はともかく、アイクにとってはファルンが一番だと思うけどな」

ガイがいくら言葉を重ねてもファルンには届かないと気付きながらも、ガイは負け惜しみのように呟いた。
その言葉を聞いて、ファルンは古傷が痛んだかのような苦しげな顔をした。

「たとえ一番の仲良しでも、アイクは私のことをおいて行っちゃうんだ……」

その言葉の意味がガイには分からなかったが、なんとなく問いを重ねるのが憚られて沈黙する。
そのまま数秒たち、ファルンはガイの方を見た。
何を言われるのかドキドキしながらファルンを見返すと、ファルンはなぜかしみじみとした顔をしていた。

「ガイは面倒見がいいよね。前は全然気が付かなかった」
「前ってなんだよ?」
「ああ気にしないで。私はそろそろお暇するよ」

帰宅するファルンの後ろ姿を見ながら、ガイはどっと疲労感が押し寄せるのを感じた。

(俺、何やってんだろ……)

人の恋愛に首を突っ込むと馬に蹴られると妹が言っていたのをガイは思い出した。
余計なことをして、万が一アイクにキレられたら馬に蹴られるよりよっぽど酷いダメージをくらいそうだ。

(よく分かんないけどさ。放っておいてもそのうちくっつくだろ。俺はもう関わらないぞ)

ガイの予想に反して、この二人は恋人になることなく二年が経ち、アイクが勇者として旅立つ時を迎える。
そして無自覚苦労性のガイは、そんな二人の煮え切らない関係に悩まされ続けるのであった。


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