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第三話 迷い
しおりを挟む「ファルン、調子が悪いの……?」
ここはファルンの家のすぐ横にある大広間だ。
ファルンの家は代々神官で、礼拝堂と集会のための大広間がすぐ横にある。
散らかさず遊び終わった後に掃除する約束で、子供たちはここで遊んでもいいことになっている。
活発な子供たちは外で駆け回っているが、室内で読書をしたり絵札をして遊ぶのが好きな子もいる。
大体の家庭で午前中は家の手伝いをしている子供達だが、午後は遊び時間になっているのだ。
ファルンが本を読んでいると、一人の女の子がファルンの体調を聞いてきた。
「私は元気だよ。どうしてそう思うの?」
ファルンは一人称を目覚めてからこの一週間で自然と私に変えた。
しょっちゅう言い間違えるので面倒くさくなって私と言い始めたのだが周囲には自然と受け入れられた。
大風邪で命の境を彷徨った経験から大人っぽくなったと認識されているようだ。
「なんだか辛そうで……。それに前は大広間で遊ぶより原っぱでチャンバラする方が多かったでしょ?」
「神官を目指そうと心を入れ替えたんだよ」
前世で子供の頃のファルンは、剣が好きで神官にはならないと公言していた。
神官は戒律上、自らの手で殺生をしてはいけないのだ。
神官は必ずしも世襲でないといけないわけではないので、前世で父はファルンの望みを許してくれていた。
幼い頃に母を亡くして一人息子のファルンに、父は甘かった。
ただ、父は本音では神官を継いでいって欲しかったのだろう。前世で神官の道に進んだ時の複雑な様子や、今世で神官を目指すと伝えた時の嬉しさを隠しきれない表情を見てファルンはそう思った。
それなのに神官の道に進むかと思いきや、結局魔人になってしまう情けない息子だった。
(前世で私が魔人化してしまって、父さんには迷惑がかかったんだろうな。……私はいつも自分のことばかりだ)
ファルンは自分が神官に向いているとは思っていない。
前世で魔人化した時ことをはっきりと覚えていない。だが、微かな微かな記憶の中でもたくさんの被害を出していた。
いくつもの街を襲った。幾人も殺した。アイクたちとの戦闘では、アイクや彼の仲間たちにつけていた傷もファルンが付けたものだろう。
ファルンは失恋して魔人になるような人間なのだ。そもそもの気質として向いていないだろう。
ただ、アイクと距離を取るためには神官を目指すのが一番だ。
(私の好みや適性なんてどうでもいい。今世では魔人なんかにならないよう、世界が平和になるよう動くって決めたんだ)
「その、お兄ちゃん達にも注意しないし……。ファルンらしくないなって」
「それは……」
この女の子は、アイクに食ってかかっていたガイの妹だ。
ガイはファルンやアイクの二歳年上で子供達のリーダー格なのだ。
ファルンは普段ならガイを筆頭にした子供たちの、アイクへのあたりの強さを諌めていただろう。神官の子供は自然と仲裁役のような役回りになる。
そのファルンが何も言わないことでアイクへの嫌な態度はヒートアップしているようだ。
それが分かっていてもファルンはアイクとの仲が深まることを恐れて何もできないでいた。
仮にファルンによって子供たちとの仲が改善したらアイクはファルンに好意的になるだろう。そうすれば結局は前世と同じことになるに違いない。すぐそばにアイクがいて、仲良くしないでいられる自信がファルンにはなかったのだ。
幸いなのは、仲間はずれにされてもアイクは柳に風という雰囲気で気にした様子はない。だが、だからと言ってアイクが傷付いていないわけではないだろう。
(アイク、私は間違えていないよな……)
アイクの現状を放置している罪悪感、前世で魔人となった罪の意識、これらがファルンの良心を苛んでいた。
ファルンは父に無理を言って貰った神官用の首飾りを、ぎゅっと握り締める。
治癒魔法を使う触媒となるこの首飾りは、魔除けにもなると言われている。前世でも自棄になったファルンがこれを外した隙に魔王に付け込まれたのだ。
アイクと関わる気は無いから魔王に目は付けられないはずだが、この首飾りがあるとやはり安心する。
心に浮かぶ迷いが晴れないかとファルンは首飾りを握りしめるが、ただ手が痛くなるだけだ。
「今日のお兄ちゃん、なんだかいつもと違う悪巧みしてるみたいだった。森がどうとか言ってて……」
ガイの妹はファルンの様子を窺いながらも言葉を続けた。
その言葉を聞いてファルンは胸中を占める悩みから現実に引き戻された。
「森だって?」
村のすぐ裏にある森には危険な生物もいるし、猟師が仕掛けた罠がたくさんあるのだ。
大人のアイクならともかく今のアイクが、村に来たばかりで森に詳しくない状態で入るには浅いところでも危険だ。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「うん、遊び終わったらちゃんとお片付けするから心配しないで」
安心した様子のガイの妹を背に、ファルンは大広間を飛び出した。
アイクが心配でいてもたってもいられなくなったのだ。
(アイクの無事な姿を確認できたら、喋らずに帰ればいいよな)
自分自身に言い訳したファルンが急ぎ足で森に向かう。すると、ちょうど森からアイクが出てくるところが見えた。
姿が見えて安心しかけたファルンだったが、すぐに驚きで声を上げる。
「アイク、一体どうしたんだ!?」
アイクはファルンがかけた声で足を止めた。
その右腕はダラダラと滴るほど血塗れだったのだ。
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