4 / 14
第四話 私の神さま
しおりを挟む「アイク、一体どうしたんだ!?」
ファルンがアイクに駆け寄ると、声をかけられたアイクは驚いた様子でファルンを見た。
「あ、ファルンだ!俺の名前知ってたんだね」
アイクは大怪我をしているとは思えない平然とした様子でファルンに応える。
あっけらかんとしているからといって、怪我が浅い訳ではないだろうことをファルンは経験上知っていた。
アイクは痛みに強いのかなんなのか、酷い怪我でもこういう態度なのだ。前世ではそれで何度か肝を冷やした。
「何を呑気に!ああ、まず手当を」
怪我をしているアイクの右腕をとる。血の量から察していたが、これは普通の手当では間に合わない。
父のいる礼拝室まで行く時間も惜しくて、ファルンは神官にしか使えない治癒魔法を使った。
(よかった。治癒魔法を発動できた)
父にもらった首飾りがあったとしても、通常は神官として修行をしないと治癒魔法はできない。
ファルンが修行して治癒魔法を出来るようになったのは前世のことだが、コツを知っているからか今世でもできた。
一度泳ぎ方を覚えたら、しばらく泳がなくても忘れないようなものだろうか。
「君はその歳でもう神官なの?すごいね!」
アイクは相変わらず怪我などしていないような呑気な様子でファルンを称賛する。
その大らかなんだか、図太いんだか分からないマイペースな様子はファルンの知っているアイクそのままだった。
(ばか!お前は本当に……ばか)
アイクの懐かしい幼い声で褒められて、必死に治癒をしながらファルンの目が潤む。
少し滲んだ涙を汗を拭くように誤魔化して拭う。
そしてファルンはわざと自慢げな笑顔を作ってアイクを見る。
「私は神官じゃないけど、大事なのは気持ちだよ」
そう口にした後、ファルンは治癒に専念した。その様子をアイクは黙って見ていた。
もしかしたら治りかけた安心感から、今更ながら痛みを感じ出したのかもしれない。そう思ったファルンはより集中して治癒をする。
「ほら、治ったよ」
その言葉に、アイクがハッとしたようにファルンを見ていた目線を自分の腕に動かした。
治癒魔法を受けるのは初めてなのだろう、アイクは夢の世界から現実に引き戻されたような顔をしている。
すっかり塞がった腕の傷跡を確認してアイクは感嘆の表情を浮かべた。
「わー、本当にすごいね!」
『ファルン、今の技すごいね!』
前世で一緒に鍛錬していた時、アイクはいつもファルンをまっすぐ褒めてくれた。
いつだってアイクのほうが強いのだが、そう言われるのが嬉しくてファルンはアイクに追いつけるようにと頑張っていた。
……褒めてくれていても、結局アイクはファルンのことを置いていったのだけれど。
「褒めなくていい。それより、この傷はどうしたんだ?」
「ガイにファルンが森に落とし物したから取りに行って欲しいって言われたんだけど」
「え……?」
「その様子だと、やっぱりガイの勘違いだったみたいだね」
ファルンは予想外のところで自分の名前が出てきて面を食らう。
そして、その意味を理解してファルンの中で沸々と怒りが湧いて来た。
ファルンは森に落とし物などしていないしそんなそぶりも見せていない、ガイがそんな勘違いをするわけがないのだ。
「勘違いじゃない!お前は嵌められたんだ」
「そんな気はしてたけど、もし本当ならファルンと仲良くなるチャンスかと思ったんだ。それに、こうして君と話せたから結果オーライだよ」
アイクはこんな大怪我をしておいて嵌められたことでガイ達を恨んでいる様子が一切ない。
肩をすくめる様子は大人ぶって背伸びをしているような子供らしさの中に、将来の男前を窺わせる爽やかさを感じる。
久しぶりにアイクのさっぱりとした性格に触れて、ファルンは真昼に太陽を直接見た時のような眩暈を感じる。
「な、何を呑気に!私が治療しなければ腕に障害が残ったかもしれない。剣が持てなくなったかもしれないんだぞ」
「父さんたちは傭兵を引退してこの村に土地を買ったんだ。俺はそこを継ぐから多少腕が不自由でも大丈夫だよ」
思い出してみれば、アイクは当初そんなに鍛錬に乗り気じゃなかった。
確か出会って最初の頃はファルンが剣を使いたいというのに付き合ってくれていたのだった。
(お前は知らないだろうが、お前の腕は世界を救うんだぞ!)
ファルンはグッと言葉を飲み込む。そんなことはもちろん口に出せない。
急にお前は勇者になるんだぞ!なんて言われたらアイクも戸惑うだろう。
ファルンは行き場のない感情を自身の中に無理やり押さえ込む。
「……傷は治ったけど体力は消耗しているはずだ。早く家に帰って寝たほうがいい」
「ああ、確かにちょっとクラクラするかも。ファルンも気を付けて帰って」
感謝を告げて家に向かうアイクの小さな背中を見ながら、ファルンは荒れ狂うやり場のない気持ちを持て余す。
そのままの勢いでファルンは遊び場である原っぱに向かう。
楽しそうに遊んでいた子供たちが尋常じゃない様子のファルンに気付いて固まった。
ファルンがなぜやって来たのか見当がついたのだろう。ガイはやましいことから目を逸らすようにそっぽを向いた。
「ガイ、気まずそうな顔をしているね」
「なんだよ。別に俺らはただちょっと冗談を言っただけで……、あいつが勝手に森に行ったんだ」
「アイクは大怪我をしていた。うっかりしたら死んでいたかも知れないんだぞ」
「そ、それほど……?」
ファルンは淡々と先ほど見て来たアイクの状況を伝える。それを聞きながらガイ達が青ざめていくのを無感動に見ていた。
ガイ達はおおよそアイクが森の入り口で怖気付いて帰ってくるとでも思っていたのだろう。
「でも、ファルンだって、止めなかったじゃないか」
子供達の一人がおもわずと言ったように口に出す。
たしかに、ファルンはアイクが除け者にされているのを知っていて止めなかった。
アイクと親しくならないことがアイクの、ひいては世界のためだと思っていた。
ファルンには、彼らを責める権利はない。
彼らよりももっと悪いことをした前世があって、なぜ彼らを責めることができるだろうか。
「私は君たちを責める気はないよ。ただ、」
だからこれは、ただの八つ当たりなのだろう。
ファルンは意識的に息を大きく吐き出してから言葉を続けた。
「私や大人たちが君たちの行いを許したとして、君たちをずっと見ている存在は君たちを許せるかな」
「お、俺たち、神さまに許されないのかな」
ファルンの遠回しな言い方は、「神から天罰が下るぞ」というような意味に伝わったらしい。
神官の息子が言うのだから、この年代の子供からしたら恐ろしいだろう。
ガイは黙ってファルンの言葉を聞いているが、子供達の中に動揺が広がる。ただでさえ怒っているファルンに萎縮していた子供たちだ。中には半泣きになっている子もいる。
(神か、神がいたとしてこんな諍いは見ていないと思うけどな)
ファルンは子供たちが言うような、いわゆる神さまというものは信じていない。
神というものはいるだろうが、もっと概念的なものだと思っている。
「それを決めるのは私じゃない。君たちが、自分で自分を許せる行動をすべきだと思うよ」
神に許されるかどうかというのは、自分で自分を許せるかという問題だとファルンは思っている。
簡単に言ってしまえば、神とは内なる自分の良心のことなのではないだろうか。
「……俺たちが悪かった」
黙ってファルンの言うことを聞いていたガイが、まっすぐした目をファルンに向けながら非を認めた。
「それは私に言うことじゃないよね」
「ああ、今から謝りに行ってくる」
先頭を切ってアイクに謝りに行くガイに子供たちが着いていった。
それを見送っている間にファルンの中で怒りはしぼみ、残るのは後ろめたさだけだ。
元々ガイは根は悪いやつじゃないのをファルンは知っている。
実は以前にガイの妹が旅人に攫われそうになったことがあるのだ。それからガイは、村の外から来る人間への警戒心が強くなっていた。
そこに複数人の子供達が味方することで集団心理が働いてエスカレートしてしまったのだろう。
ガイが全く悪くないと流石に思わないが、ファルンが止めていればここまでのことにはならなかったはずだ。
そのことを前世を知っているファルンは分かっていた。
(偉そうに説法まがいのことをしてしまったな……。どの口が言えたことだか)
魔王の誘惑に負け、数多の人間を殺したファルンは自分を許せていない。
その贖罪のためにアイクと距離を取ったら、より一層彼を傷つけることになってしまった。
(私はどうしたらいいのかな、アイク)
子供たちが向かう先にいるだろう、アイクに心の中で問いかける。
先ほど見た幼いアイクの無邪気な姿と、大人のアイクが優しく笑う幻想を脳裏に浮かべながらファルンは目を閉じた。
ファルンの神は、アイクの形をしている。
750
お気に入りに追加
759
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした
水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。
好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。
行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。
強面騎士×不憫美青年

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

究極の雨男で疎まれていた俺ですが異世界では熱烈歓迎を受けています
まつぼっくり
BL
ずっとこの可笑しな体質が嫌だった。でも、いつかこの体質で救える命もあるんじゃないかと思っていた。
シリアスそうでシリアスではない
攻 異世界の虎さん✕ 受 究極の雨男
ムーンさんからの転載です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる