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第十八話 割れ鍋に

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この三ヶ月、シタンはエンに魔法の指導として実践的なコツなどをレクチャーしてくれるが、討伐任務は一般的な討伐者と同じように任務ごとに様々な人とバディを組んでいる。
色々な討伐者の戦いを見た方が戦闘の引き出しが増えるだろうとシタンが言っていた。
そもそもシタンは魔獣役所スタッフとしての仕事があるので気軽に討伐にはいけない。代わりに、討伐後の魔獣を見てこうしてダメ出しをされる。
今日のダメ出しは、魔法の出力調整ミスについてだ。
エンも思い当たることなので憎まれ口を叩きながらも反省していた。

「ま、いつもより雑とはいえトラットの頭蓋骨を魔法でひと突きとはね。このレベルの操作できる人間はなかなかいないぞ」

トラットは手のひらサイズの小さな魔獣だが、すばしっこくて毒を持っているため難易度の高めな魔獣だ。
素材として価値の高い目を傷付けないことが大切で、最近は魔法での討伐も上手くできていた。
それが、今日のバディがエンに、ミチハとはどんな関係だとしつこく聞いてきて集中できずに手元が狂ったのだ。
そんな未熟さを痛感しているがゆえに、シタンの言葉を素直に受け止められず黙る。

「お互い仕事終わりだし、飯でも行こうか」

エンが誘いに返事をする前に、シタンはエンの肩に腕を回し歩き出した。



【最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません~第十八話 割れ鍋に~】



「やーん、シタンとエンじゃない」
「この後、うちのお店に遊びに来なよぉ」
「今日は坊や連れだからまた今度な」
「えー、坊やって感じしないわよ。エンとも遊びたいのにぃ」
「また今度行かせてもらうよ」

二人で酒も入りながら食事をしていると、賑やかな女性たちが声をかけてきた。
女性たちはシタンが今日は靡かなそうなのを察すると、気にした様子もなく去っていった。
シタンと一緒に行動しだしてから、こうした誘いが増えた。

「アンタって軽いよな」
「討伐者はこれくらい普通だよ」

シタンはエンの言葉を気にした風もなく切り返す。

「ミチハといると声かからないから知らないか。ミチハの隣にいる男になんて女は声かけれないから仕方ないわな。普通の美女程度じゃ気後れするんだろ」
「確かに、ミチハさんは綺麗ですけど」
「なんだよ。俺とアイツはお前が心配するような関係じゃないから拗ねるなって言ったろ」

少しムッとしたエンに、シタンが揶揄い半分呆れ半分に突っ込む。
エンはバディを組んで早々、シタンにミチハのことが好きであることを伝えてある。というか、聞かれたので素直に答えた。
その時のシタンのニヤニヤした笑い方が、ミチハに似ていてちょっとムカついた記憶がある。

「それは信じてますけど、ミチハさんにとってあんたが特別なのは事実でしょ」
「こえーこと言うなよ。せっかくバディ解消して覚醒派からの圧力から逃げたのに」

シタンはエンの前のミチハのバディだ。当然、覚醒派から目をつけられていたらしい。
強さを見せなきゃ人質として狙われるし、強けりゃ強いでミチハを殺せの圧がすごかったらしい。

「だから、ミチハさんはあんたが圧力かけられないようにバディの解消をしたんだろ?」
「バディ解消は俺と組んでるのがつまんなくなったからって言ってたぞ。あれは本気で言ってるやつだ」

あいつは人が傷つくかもとかあんまり考えずに本音言うだろ、とぼやくシタンにエンは無言で同意する。
ミチハはそういうデリカシーのない言い方を平気でする。良く言えば、嘘や誤魔化しのないさっぱりした性格だ。

「まあ、俺への圧力の存在自体は知ってたっぽいけどな。けど、あの感じは自分が滅世龍かもとか俺がミチハを殺すように言われてるとか、そういう詳細は知らないと思うぞ。あいつは興味無いことはマジで頭に入らないからな」

エンはまた少しムッとした。シタンのそういう、ミチハを理解しているような物言いが嫌なのだ。
だが、それを口に出すのはあまりに大人気ないとエンも分かっている。
シタンの方が付き合いが長いのだからそんなことに嫉妬しても仕方ない。そう分かっていてもモヤモヤはする。

「お前ってさ、ミチハのどこが好きなの?」
「……どこなんでしょうね。意外と優しいからかな」
「優しいからぁ?決闘で殺されかけといて、そんなことよく言えるな」
「まあ、そうですね」

決闘の時の極大魔法は確かに、あの至近距離であの威力は死んでもいいと思ってないと出さないだろう。
しかしエンの中であの時のことについては、自分が死にかけたという印象は薄い。それよりも、

「でもあの時、ミチハさんの瞳がすごく綺麗だったんですよね」

極限魔法を打つ瞬間、ミチハの顔が一瞬見えたのだ。
それは生まれてから見た全ての美しいものの中で一番かもしれない。
一瞬でもミチハを戦闘で本気にさせることができた喜びが、エンにとって一層ミチハのことを美しく見せたのだろうか。あの時エンは、空に浮かぶ月が自分だけのものになったような感覚だった。
ミチハの瞳の輝きを思い出していたエンはシタンの声で現実に引き戻される。

「いや、あのイッちゃってるミチハを見て綺麗とか怖いわ。普通に魔獣の何倍もヤベェだろ」

エンが隣のシタンの見ると、絵に描いたかのようにドン引きしていた。まるでゲテモノを食べさせられたような顔をしている。

「お前はさぁ、ミチハがお前のこと好きかもとか考えないの?」
「なんですか、今日は俺を尋問する日ですか?」
「いや、前から気になってたんだよ」
「あの人にそういう感情とかないと思うんで」

ミチハは、好きなタイプの話をしていて防御力とか言い出す人間だ。
ミチハが滅世龍だという与太話をエンは全く信じていないが、人間離れした性格ではあると思う。
ミチハの中に、目覚めていないだけで人に恋する機能があることを祈るばかりだ。

「……まあ、俺も似たようなことを思ってた・・・・な」

同意を示すシタンに、エンも気になっていたことを聞いてみることにした。

「アンタだって、実はミチハさんに片想いしてるのを隠してたりしないですか?」
「お前なあ、あれと一年も一緒にいて恋愛感情抱ける自分がちょっと異常だと気付けよ」

可能性は薄いとは思うが、全くありえないことではないとエンは思っていた。シタンはなんだかんだ悪態はつくが、ミチハをずっと気にしているのだから。
しかし、このリアクションからすると本当に違うのだろう。

「こえーだろ。酔った勢いでうっかり机叩き割るようなやつと付き合うなんて」
「机を叩き割ったのは見たことないですね。絡んできた男の頭蓋骨は割りそうになりましたけど」
「そっちの方がやべぇだろ」
「あの人、酒飲んでる時とか寝起きとか力加減バカになりますよね」
「ぼーっとしてる時の腕力やばいよな。お前も念願叶って結ばれたとして、初夜の翌朝に寝ぼけた勢いで殺されかけるとかあるぞ」
「だから、殺されないように強くなりますよ」

エンが初めて出会った時からミチハはそういう人だった。
そんな人を好きになったのだから、この気持ちを叶えたいなら自分も同じ位置にいかなければならない。
そんな気持ちを込めて呟くエンを、シタンが複雑そうに見ていることに気付いた。

「俺は三ヶ月一緒にいて、お前はミチハと似たようなもんだと思ってる」
「それ、悪口ですか?」
「ちげーよ。似てるって言われて悪口認定するとか、お前ほんとにミチハのこと好きなのか?」

ミチハのことは好きだがそれとこれとは別の話だ。
ミチハを目指すとはいえ、似てると言われて嬉しくはない。

「お前、正直吸収するの早すぎ。ちょっと教えるだけでめちゃ強くなるじゃん」
「そんなの、まだまだです」
「謙遜すんな。お前は間違いなく天才の類だよ」
「じゃあ俺は、ミチハさんに勝てますか?」

エンが目指すのは世界で一番強い人だ。
褒められて嬉しい気持ちもあるが、天才だろうとなんだろうと目標に届かなければ意味がない。

「……それは、分かんねぇな。お前は強くなったけど、ミチハが負けるとこも想像つかない」
「それじゃあ意味ないです」
「って言ってもなー。俺だってもう重箱の隅突くようなアドバイスしかできねーし」

シタンは頭を掻きながら酒をグビッと飲み切った。
空いたグラスを机に置いてからエンを見る。

「気分転換に一旦田舎にでも帰ってリフレッシュしてきたらどうだ?」

投げやりなシタンの言い方に眉を顰めながらも、エンは言われた内容は前向きに受け止めた。
確かに、そろそろお金を実家に入れた方がいい時期でもある。
エンはシタンの勧めに応じて、実家に帰ることにした。



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