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第十六話 知らない話
しおりを挟むミチハは新しい世界にやってきたような気持ちになった。
知らないうちに死んでまた転生したんじゃないかと疑うくらいだ。
オレ、エンのことが好きなんだ。
恋を知っただけ、先ほどまでと世界は何も変わっていない。
なのに、空気が綺麗になったような、目に映る彩度が明るくなったような、今まで知らなかった世界の素晴らしさを知った気分だ。
「シタン、すごいね。オレ、恋愛感情を舐めてたよ。これすごいね!」
「お前の情緒が育って嬉しいよ。二十年も人間やってるとは思えない言葉だけどな」
そんな晴々とした気持ちでいられたのは短い間のことだった。シタンが続けた言葉で明るいだけでない現実に引き戻される。
「まあ、ショック療法ってやつ?早くに自覚できて良かったな」
「ショック……」
ミチハは恋を自覚する直前に、とてもショックなことが起こっていたのを忘れていた。
【最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません~第十六話 知らない話~】
今までずっと組んできたバディを突然解消したいと言う。
師匠に対して決闘を申し込んで、負けても「次は地面に這いつくばらせてやる」と宣言して立ち去る。
どう考えても決別のシーンだ。このタイミングで相手に恋する自分の方がおかしいと流石のミチハも思う。
「エンはオレのこと……、どう思ってるのかな?」
僅かな望みをかけて、別の見解を貰えないかと思いシタンに問いかける。シタンはあからさまに面倒くさそうな顔をした。
「さっきのセリフのまんまで言うと、お前のことぶっ潰したいと思ってるんじゃね?」
「そうだよね……。やっぱり嫌われちゃったんだ」
ミチハにははっきり原因は分からないが、おそらくタイミングからして嘘ついて師弟関係になったのがバレたからだろうか。
決闘が始まる前まで、「怒ってるのも嫌だけど、エンが自分のことを恋愛対象にしてたら困るなぁ」なんて悩んでいた呑気な自分を殴り飛ばしてやりたい気分だ。
「らしくねーなぁ。お前だって坊主のこと、好きだけどさっき殺しかけたろ?」
落ち込むミチハにシタンは慰めのような言葉を投げかけるが、ミチハにはもう響かない。
わーー!エンを殺しかけちゃってたの忘れてた!
仮に決闘前まで嫌われてなかったとしても、殺されかけたらやっぱ嫌いになるんじゃない!?
「気になるなら宿に帰って直接聞いたら?流石にまだ居るだろ」
「ど、どんな顔して会えばいいか分からないだろッ」
好きな人に嫌われている可能性が大なのだ。会って話せば、可能性が確定に変わってしまうかもしれない。
それに、ただでさえミチハは初めての恋に戸惑っているのだ。
ミチハは自分の頬が赤くなっているのを感じる。
目元も熱くなっている気がするので、瞳も潤んでいるかもしれない。
「その恋する乙女みたいな顔して会えばいいだろ。大抵の男はクラっとくるんじゃないか?オレは中身知ってるから若干キショいけど」
「エンだってオレの中身を知ってるんだよ!」
「もうどうでもいいから、いつまでもここで立ってないで帰ってくんない?」
うだうだと闘技場の控室に居座り帰らないミチハにシタンは冷たい。
なんとか粘ってシタンから有益な助言を引き出そうとするのだが、シタンはミチハの首に腕を回し引きずって外に出した。
「じゃ、俺は仕事があるから。またなー」
シタンが去っていくが、どうするべきかその場をぐるぐるしながら考える。
周囲の人間はミチハを不審人物を見る目で注目し、その顔を見てハッと見惚れ、次の瞬間この美しい不審者がミチハだとに気づいて足早に立ち去る。そうやって数人が通り過ぎた後、ミチハは動き出した。
「ぅうう、男は度胸!エンに会いに行く!」
ミチハがこうしている間にエンが街を出てしまったら、次にいつ会えるかも分からないのだ。
覚悟を決めたミチハが宿に向かっていると、人混みの向こうに荷物を持ったエンの姿が見えた。背が高いので頭が人の波から出ていてすぐにわかる。
この短時間で旅立つ用の荷物を持っているので、昨日のうちに準備をしていたようだ。
闘技場からの道、街の門に向かう道、宿に向かう道の三つが交差する場所なので、ギリギリ間に合ったのだろう。
ミチハがエンに近づこうとすると、人の波の隙間からエンの隣に魔獣役所スタッフの服を着た男がいるのが見えた。
会話は聞こえないがなんとなくシリアスな雰囲気で、いつものミチハなら気にせず話しかけるが、さっきの今なのもあって割り込みづらい。
どうしようかと迷いながら遠目に見ていると、シタンが現れて二人の間に割って入った。
少しして、シタンとエンは門に向かう道に向い、魔獣役所スタッフだけミチハのいる方向に歩いてきた。
「ねえ、さっきエンとシタンと何話してたの?」
話しかけると役所スタッフの男はミチハを見て一瞬驚いた後、キッとミチハを睨みつける。どうやら嫌われているらしい。
背はミチハと同じくらいで真正面から見る顔は、ハムスターっぽい可愛い感じだ。眉間に皺寄せている姿が威嚇する小動物っぽい印象に拍車をかけている。
「急に話しかけてきて失礼じゃないか?弟子に捨てられて未練タラタラなわけ?」
「う……」
このハムスター、可愛い顔をしているが歯は鋭い。的確にミチハの急所を噛んできた。
言い返せずに反射的に胸を抑える。ミチハは反射でやったことなのだが、傍から見ると大袈裟なリアクションで誤魔化しているようにも見える。
スタッフの男もそう解釈したようで、嫌そうな顔をした。
「お気に入りに振られたからって、シタンさんと元鞘に戻ろうとしたって無駄だから」
「元鞘って……」
オレがシタンと恋仲って噂の件か
それを信じちゃってるタイプね
「二人とも、あんたみたいなのには愛想が尽きてしまったんだ。関わらないであげろよ」
「ぅ……別に、シタンの時はオレから解消しようって言ったしぃ」
ハムスターの二撃目もミチハの心にクリーンヒットした。
他人から見てもエンがミチハに愛想が尽きてしまったように見えるのだ。エンへの恋心を自覚したばかりのミチハには辛すぎた。
ミチハは負け惜しみのつもりでシタンの時には自分からバディを解消したことを口にしたのだが、これが予想以上の反撃となった。
スタッフの男は元々嫌そうだった顔を憎々しげに歪めてミチハを睨む。
「魔獣の癖して」
「は?」
「あんたが魔獣だって言ってんだよ」
スタッフの男の言い方は、冗談や悪口としての比喩で言っている雰囲気ではない。
本気でミチハが魔獣だと思っているようだ。
「えー、オレが人外レベルで強くて美しいからって魔獣扱いはなくない?」
「アンタは滅世龍の子ですよ」
ミチハの軽口に、スタッフの男はどこか優越感を浮かべたような笑みを浮かべる。可愛らしい顔つきに似合わぬ嫌な笑い方で話を続けた。
二十年前、討伐された滅世龍の死体の中から赤子が見つかった。
当初は滅世龍に食べられたが奇跡的に助かった赤子として子供のいない夫婦に引き取られた。だが、成長していく赤子の言動はどうも可笑しい。夫婦が知り合いの兵士に相談して、様子を伺っていると成長したその赤子は人間とは思えない力を発揮した。
そして、疑念が確信に変わる。成長した赤子は滅世龍しか出せないはずの魔法攻撃を使えたのだ。
「それが、あんたの使う極大魔法だ。あんたは滅世龍の胎から生まれた赤子だよ」
到底信じられないようなこの話を、ミチハはどこか納得感を持って聞いていた。
確かに、極大魔法はその威力が知られているからフェイントで出しただけで恐れられるが、滅世龍の被害を体感している年配ほどその反応は顕著だ。見ただけで分かるくらい似ているのだろう。
滅世龍と同じ魔法攻撃が出せるだけで滅世龍の子とはならないだろう。だが、滅世龍の亡骸から取り上げられたという過去があれば話が別だ。
それに、今までずっとミチハは周囲の人間との感覚の差みたいなものを感じてはいた。それは前世の知識があるからかと思っていたが、魔獣だからなのかもしれない。
「邪悪な魔獣の子が『天界の住人』なんて呼ばせて、ふざけたものだな」
「うーん、そっかぁ」
ミチハはこの男の言う衝撃的な話について、本当なのだろうなぁと普通に受け入れてしまった。
今は思考がエン一色のミチハは、それよりも自分が魔獣だとエンに知られたらどんな反応をされるだろうかと考えていた。
案外びっくりせずに受け入れてくれそうな気もするが、扱いとしては恋愛対象外から更に人間扱い外にまで落ちそうだ。
そもそもがエンは女性の方が好きそうだったし、ミチハの美貌にも最初から揺らがなかった。そのうえ正体が人間でないとなれば、ただでさえ薄かった望みが完全に潰えたようなものだ。
人外とベッドを共にしたい奴はいないだろう。
そんなことをミチハは考えてひっそり落ち込んだ。
しかし男が期待するよりリアクションが薄かったようで、男はヒートアップしていった。
「上層部はあんたが滅世龍の自覚を持つのを恐れて何も言わないけどな、あんたなんか死んだ方が世のためなんだよ!」
上層部といえばミチハは昔、国の偉い人に呼び出されてそんなふうなことを言われたような気もする。
遠回しな会話すぎてミチハにはよくわからず、話が噛み合わなかった記憶しかない。
結局『放っておいてくれたら国に害なすことをしない、なんかやってたら言ってくれ』という約束になったのだった。
世のためって言われてもなー、別に人を襲ってるわけでもないし
オレが死んで得する人なんて……
はっ!
その時ミチハの脳裏に、レイナを心配そうに見ているエンの横顔が頭に浮かんだ。それは実際に数ヶ月前にミチハが見た光景だ。
そうだ!滅世龍を倒したらレイナちゃんが助かるって話があったんだ!
「その話、エンにもした?」
「したけど?なんか悪かったかなぁ?」
「やっぱりそうか!」
ニヤニヤ笑う男の肯定を受けて、今日のエンの言動の理由を見つけてミチハは得心がいった。
このスタッフの男がエンと接触したのはついさっきだが、ミチハはこの街に来てから今日までの間にエンがミチハは滅世龍だと知ったのだと勘違いした。
レイナの呪いを解く手がかりは、『滅世龍を倒す』の他にない。噂レベルの話ではあったのだが、他に全く手がかりがないのだから試す価値はある。
だが試そうにも滅世龍がいないのだからどうしようもない、という話だったのだ。その滅世龍は、実はずっとすぐそばにいたのだ。
エンは根が優しいから、ミチハに相談することなく全てを決めてしまったのだろう。
そもそもミチハは普通に受け入れてしまったが、『お前は実は滅世龍だ』と言われること自体、普通の人間はかなり辛い出来事だろう。
そのうえ、妹のために死んでくれませんか?なんて、エンがミチハに相談できるわけない。
エンもきっと色々考えて苦悩したのだろう。苦渋の決断に違いない。
それにエンがミチハをただ単に倒すことだけ考えるなら、バディを組んだまま隙を見て攻撃する方が可能性が高い。
だが、エンはそうではなく正々堂々とミチハを倒そうとしているのだろう。
ここでいう『倒す』とは、つまり『殺す』ということなのだが、ミチハは別に構わなかった。
この世界に生まれてほとんどの時間を討伐者として生きてきたミチハは弱い奴が死ぬのは仕方ないと言う価値観だ。戦いに負けて自分が死ぬということに抵抗が少なかった。大好きなエンが自分より強くなって倒してくれるというなら悔いはない。それに加えて、
オレ、エンに嫌われたんじゃなかったんだ!良かったぁ
この男に会うまで想定していた『面倒見のいいエンがミチハの嘘についに我慢の限界が訪れて嫌われた』という想像よりそちらの方が、嫌われてないだけミチハにとってはマシに感じた。
妹のために辛い決断をするエン、というのは今まで見てきたエンらしいとミチハは感じた。ミチハはそんなエンを好きになったのだから。
心の隅にチクッと刺すものがあったような気がするが、その痛みはミチハには些細なものだった。
「ハムスター、お前の言うことは正しいと思う!いいこと教えてくれてありがとう」
「はぁ!?僕の名前はグラハムだ!」
ミチハは有益な情報を与えてくれた恩人のハムスターにお礼を言う。
悪意故の行為のようだが、上層部の意向に逆らってまで教えてくれたのだ。ありがたいことだとミチハは思った。
戸惑う男を背にミチハは宿に向かい、すぐに旅立ちの準備をした。
エンに殺されることに前向きなミチハは、いつその時が来てもいいようにお世話になった人への挨拶の旅に出ることにしたのだ。
好きな人のために何か出来るって、すごくワクワクすることなんだねぇ
後にこの時の心情を語ったミチハは、シタンに「そういうところが人外っぽいんだよ」と呆れられる。
しかし、この時ミチハはシタンと会うことなくこの街を旅立ったのだった。
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