最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません

冨士原のもち

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第十二話 弱い心

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「変なミチハさんを放っておいて、アンタは楽しく暮らしてるわけですよね?」

あ、オレちょっと嘘ついてたんだ!やばい!

予想外の再会に浮かれていたミチハだが、その言葉を聞いてエンに弟子になってと交渉した時に自分がテキトーなことを言って納得させたのだと思い出した。
あまり覚えていないが、シタンのことを口実にエンを説得した気がする。
強すぎてバディ組んでいるのに飽きた、というミチハのわがままで解散したことは確実に伝えていない。

「いやー、それもこれも、ミチハが急に」
「いいじゃんそんな話!それよりせっかくシタンに会えたんだ。エンに魔法見せてやってよ」

せっかく楽しく飲んでいるのに、話がややこしくなって叱られたくない。その一心でミチハはすかさず話を逸らした。



【最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません~第十二話 弱い心~】



「エン、シタンは魔法がすごく上手なんだよ!」
「ミチハは魔法苦手だもんな」

ミチハの魔法は大味だ。ゲームの意識があるせいか、発動するのはカンタンなのだが常に最大出力なのだ。ゲーム上では不可能だった細かい威力調整なんかは大の苦手だ。
幸い魔力量はあるので発動直前まで持っていって消す、なんていう普通の人間は使ったりしないフェイントをするせいか魔法が得意なイメージが世間にはあるらしいのだけれど。
ちなみに、身体強化は魔力を使っているが身体から放出しないので得意だ。この辺のミチハの感覚については説明しても分かってもらえないのだがそういうもんなので仕方ない。

「うるさいなぁ、シタンは魔法に全振りな癖して」
「……そんなにすごいんですか?」

ミチハが話を逸らそうとしていることを察してくれたのかどうなのか。シタンもエンも魔法の話に乗ってくれたのでよしとする。

「そうだね。魔法に関しては敵わないなぁ」
「まあそういうこと、酒も飲んでるしまた今度でいいか?」

ふざけた様子でミチハの頭を撫でてくるシタンを軽く睨む。
シタンはニヤリと笑ってウインクしてきた。おそらく先程のやり取りで、ミチハがエンに都合のいいことを言っていてそれを誤魔化そうとしていると気付かれたのだろう。

まったく、察しが良くて助かるよ

ミチハはシタンとの無言のやり取りに気を取られ、この時エンがどんな顔をしているか全く視界に入っていなかった。

その後、飲みながら昔話やら近況やらを話していると、シタンはおもむろに席を外したかと思うとしばらく経ってからお色気美女の腰を抱いて「お先に失礼するぜ~」と去っていった。
当然のようにシタンの飲食代はこっち持ちだったが、門で助けてくれた恩もあるのでミチハは特に文句はない。
文句はなかったのだが、

「えー、あの女の人を口説くのに使った酒代も請求されるのかぁ」

どうやらシタンは美女を口説くのに高い酒を奢ったようなのだが、その料金も請求された。
酒場すぐ脇の宿屋に向けて短い帰路を歩きながらミチハの口からは珍しくため息が出た。だが、顔に浮かぶのは笑みだ。

「たかられてるのに嬉しそうですね」
「うん、元気そうなあいつ見れて嬉しいし」

ミチハにとってシタンは幼馴染で元バディだ。健在な姿を見て安心した。それに、ここでエンを紹介できたのもミチハにとっては楽しい出来事だ。
自分の信頼する二人が目の前で話しているという事実だけでテンションが上がっていた。

「あっちは心配性って聞いてた割に、ミチハさんのことだいぶ邪険にしてましたけど?」

二人きりになり場所も変わったことで、先ほどミチハが誤魔化した話に戻ってきてしまった。
シタンがバディを解消するときにとても心配していたのは事実だ。
だが、心配していた先はミチハではなく、ミチハが迷惑をかけるだろう周囲の人々だ。その筆頭がエン次のバディであり、話してみてミチハが無理やり連れ回しているわけではなさそうだと確認していたのは見てとれた。

「あー、いやまあ、そんなこともないんだけど」

えー、これってどこから説明したらいいんだろ?

ミチハの記憶では、まるっきり嘘を言ったわけでもなかったはずだ。だが、一年ほど前にエンになんと言ったかはっきり覚えていない。なので、どこから言い訳したらいいのか分からない。

「もしかして、二人って恋人だったんですか?」

痴情の縺れだと思ってる??
そんな話したっけ?……覚えてない
もしそうだとしたら、シタンにバレたときめちゃくちゃ怒られそうだなぁ

ミチハとエンは話しながらも宿にとった部屋に向けて歩いていたので、自分たちの部屋の前に着いてしまった。
まずお互いの認識から合わせないとならない。
ミチハは扉の前で足を止めてエンの方を向く。
立ち話では終わらない話だろうし、なんなら楽しい気分で眠りたいので弁明し終わったら少しお喋りしてから寝たい。

「違う違う、あいつは女しか無理なタイプだよ」
「じゃあ……」
「でも、お酒飲んでる途中に誰かと消えていっちゃうのは寂しいよねぇ。だから、」

オレ達は二人で部屋で飲み直しながら話さない?
と続けようとして、エンの顔を見て言葉が止まった。
エンは、グッと下唇を噛んでいた。見たことのない表情だった。

「そんなに大事ですか?あんなやつ」

わずかに声が震えて、握りしめた手の甲には血管が見える。たぶん、ミチハのために怒ってくれているのだ。
こんなにはっきりと感情を露わにするエンを初めて見た。
ミチハもエンがなんかピリピリしているなー、とは思っていた。だが、ミチハが多分ついたであろう嘘のせいもあって、シタンに対して強めの人見知りを発動しているくらいだと思っていた。

エンが、ミチハのために怒っている。
そのことは、ミチハの酔った頭の中に二つの感情をよぎらせた。
一つは、自分のために感情を揺らすエンを見た歓喜だ。
エンは出会った時から年齢に見合わないくらい落ち着いていた。誰かに親切にする時も、喧嘩を買う時も、大きく感情を揺らさないのだ。
それは基本的に他人に期待していないからなのだろうとミチハは思っていた。
ミチハとエンは一応師弟関係だが、エンにとってあくまで利害関係でしかないと思っていた。
だから、ミチハのことでこんなに感情を揺らすほど、エンの心の内側の大切なところに置いてもらえていたのだと知って、歓びの感情が体を駆け巡る。
このフワフワとした多幸感はお酒のせいではない。ミチハはどんなに酔ってもこんな幸せな気分になったことはなかった。
そして二つ目は、その嬉しさゆえの恐れだ。

えっと、これで嘘ついてましたって言ったら……

エンがこんなにミチハのために心を揺らしてくれているのに、その理由がミチハの嘘だったとなったら怒りの矛先が今度はミチハに向いても仕方ない。いや、怒ってくれるならまだいいが、呆れて関心の外に追いやられてしまうかもしれない。
ミチハはなぜエンが心の中にミチハの居場所を作ってくれたのか分からない。一度追い出されたらまた戻ってくることができないかもしれない。

酔いと、突然訪れた多幸感と、それを失うかもしれない恐怖。
ミチハはただ、直前に思っていたもう少し部屋で一緒に話したいという気持ちに沿って動いた。
それがどんな風に受け取られるかなどは考えていなかった。

ミチハは自身の部屋の扉を開けて部屋の中に入る。ワンルームの部屋は入ってすぐにベッドが見える。そこに腰掛けて扉を振り返った。

「エン、そんなところで怒ってないでさ」

開けたままの扉の向こう側でエンがミチハを見つめて立ち尽くしているのが視界に入る。

「寂しいんだ。一緒にいよ?」


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