最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません

冨士原のもち

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第十一話 昔の男

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「ギャーー!」

エンは急に大会というものに参加すると決めたミチハに連れられて開催地である街目前まで来ていた。街の門が視界に入ったその時、突然ミチハが悲鳴を上げた。
エンが驚いてミチハを見ると極大魔法をぶっ放していた。
街道脇の木が数本薙ぎ倒され、地面にはクレーターが出来ている。
基本的には無表情のエンだが、流石に今回は驚愕のあまり目を見開いて怒鳴る。

「な、なんて事するんですか!」


【最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません~第十一話 昔の男~】


幸い巻き込まれた人間はいないが、ここはすぐそこが街で人通りの多い道のど真ん中だ。
街への立ち入り拒否をされてもおかしくない所業だ。

「あの虫、あの虫は無理なんだよ!」

その言葉でエンは何が起こったか察した。
ミチハはクモが嫌いで、目に入ると首をプイっと背けてエンに殺すように頼む。最初はまた趣向の変わった訓練かいたずらかと思ったが、視界に入れたくないくらい嫌いなのは本当のようなのだ。

「ただのクモに特大魔獣殺せる魔法使うやつがありますか……」
「だって顔に、顔に降ってきたら無理だろ!理性保つなんて無理だろ!」

どうやら木から降ってきたクモが顔についていつも以上に取り乱したようだ。
というか、エンは最近知ったのだが、ミチハはそんなに魔法は得意ではないらしい。
発動は簡単にできるし、出せる威力もすごいのだが、細かい調整は苦手なんだそうだ。
この人が全力で魔法を放つと街一つは余裕で潰せる。なので、今目の前にできている直径10メートルほどのクレーターは動揺していた割にはマシなほうなのだ。だが、それで許してあげられるのはエンだけだ。社会は許してはくれない。

「あの街で大会があるんですよね?立ち入り拒否されたらどうするんですか?」

目的地である街の門番は遠目にもバタバタと大混乱なようだ。そんな中でもこちらをしっかり警戒しているのが見える。
しばらくすると奥からガタイの良い男が出てきた。
見事な上腕二頭筋が包まれているあの制服は魔獣役所スタッフだ。おそらく、たまたま近くにいて門番に応援を頼まれたのだろう。
魔獣役所スタッフは大抵がめちゃくちゃ強い。荒くれ者をコントロールする機関の職員だからだ。

「言い訳は自分で考えてくださいよ。虫にびっくりしたなんて誰も信じてくれませんよ」

ミチハとエンがスタッフ一人に戦って負けることは無いだろうが、ミチハがエンの大会参加を諦めていないのなら揉め事はできるだけ避けたい。
立ち入り拒否されたら不法侵入してでもやりたいことはやるのがミチハだからだ。エンの気苦労が増えるだけなのでできるだけ穏便にいきたい。

「ハハ、信じるよ。相変わらずだなあ、ミチハ」

気付けば近くまで来ていた魔獣役所スタッフの男の低い笑い声が響く。
かなり背の伸びたエンを上回る身長と、しっかりとついた筋肉。どっしりと落ち着いた雰囲気で深い紫の髪を靡かせた男は親しげに話しかけてきた。

「シタン、今はここの魔獣役所にいたんだ!」

その男にミチハは飛びつくと首に腕をまわす。急に抱きつかれても男はびくともせずにミチハを受け止めた。
大柄で精悍な男に抱き付き、華やかな笑顔見せるミチハ。
ミチハの様子に驚いて一瞬固まったエンだが、台詞から察するに二人が知り合いであることはわかった。

「えっと、この人は?」

男の首から手を離して地面に足をついたミチハがにっこりと笑顔で紹介する。

「こいつはシタン、元バディだよ!」
「へー、この坊主が噂の弟子ね」
「えへへ、可愛いだろ?」

可愛いという表現が気に食わない。だが、二人はエンにかまわず会話を進める。テンポよく交わす会話にエンが入れないでいるうちに話はついた。
おかげで無事街には入れた。
せっかく会えたのだから旧交をあたためようということで、二人が後ほど会う約束をして一旦解散した。
シタンとミチハの二人で飲めばいいと思って聞いていたエンだったが、宿をとった後当然のようにミチハはエンも連れていき街の飲み屋に三人は集まった。

「まったく、たまたま俺が門周辺にいて良かったな」
「本当にありがとうございます」

シタンが門番にいいように言い訳してくれたおかげで無事門を通り抜けられたのだ。
あのままだとエンは門破りか忍び込みの経験を積む羽目になる所だった。

「シタンはオレに迷惑かけられなれてるからこういうの得意なんだ」
「偉そうに言うことですか」

シタンに感謝を示すエンに、なぜかミチハが自慢げに答える。
全く誇らしげに言うことではないのだが、とエンは呆れると同時に心の隅にモヤっとした何かが浮かんだ気がした。

「いや~、ミチハがバディ組んでるって聞いてどんな化け物見つけたんだと驚いてたけど……案外まともそうな子だね」

モヤモヤが何か思い当たる前に、シタンが話し出した。チラッとエンを見たシタンの目線に何かしらの含みを感じる。
エンは家族に呪付きがいるため、こういった目線には敏感な方だ。

なんだコイツ、ムカつくな

シタンに対して、無事街に入れたことに対する感謝を不愉快な気持ちが上回る。
ミチハと一緒に行動しだしてからは機会がなかったが、エンは基本的に売られた喧嘩はキッチリ買い取るタイプだ。

「エンくんだっけ?よくコイツとやっていけてるね。遠くから観る分には綺麗だけど、一緒にいるとしんどくない?」
「なんだよそれー」

ミチハは気にせず笑っているが、ミチハの人間性を否定する言い方もいちいち癪に触る。
シタンだけでなくそれを平然と許容しているミチハも、どちらもエンは気に食わなかった。

「アンタだってバディだったんですよね?」
「ああ、俺はコイツとは幼馴染なんだ。だから俺は色々慣れてるけど、変なやつだろ?」

その言葉に、グツグツと煮込まれてきていた不快な気持ちの温度が一瞬冷える。
ミチハとエンは出会ってまだ一年程、幼馴染ということはこの二人はその何倍もの時間を一緒に過ごしているのだろう。
エンも子供ではないので、長い年月があってこその二人の空気感であるのだとはわかる。付き合いの短いエンが口出しすることじゃない。
そんな冷静な考えが浮かぶものの、不快な気持ちは止まらない。

ミチハさんは、いつもヘラヘラして俺に死にそうな修行を平然とするし、
クモ殺すのにとんでもない魔法使うし、
人間とは思えないぐらいガラシの実を食べるけど、

「ミチハさんが変なことは否定しませんよ」
「えー、ひどいー」

お酒が入っていることもあり、ミチハはエンの苛立った様子に気付かず楽しそうに茶化してくる。
いや、もしかして久しぶりに会ったシタンばかり見ていてエンのことは視界に入っていないのかもしれない。
そんなミチハを無視してエンは続ける。

「だけど、いまミチハさんのバディは俺です」

ミチハは人の機微に鈍い、というか気付いてもあえて無視するところもある。だが、思いやりのある人間だとエンは思う。
呪いのあるレイナを心から可愛がってくれる。エンを応援し成長を純粋に喜んでくれる。
きっかけはミチハからの割と強引な勧誘だったが、エンが今でもミチハと一緒にいるのはミチハの強さ故でも美しさ故でもない。

ミチハは滅多なことではわかりやすい優しさみたいなものは出さない。それは、規格外な強さと美しさを持っているがための処世術なのだろうとエンは思っている。
そんなミチハが出会ったばかりの頃、元バディシタンに幸せになってほしい、心配させたくないと言っていたのをエンは覚えていた。
破天荒さに隠れてしまいがちな、ミチハのまっすぐ気遣いが向かっている相手がシタンだ。
長い付き合いだかなんだか知らないが、その相手がこんな態度なのは正直に言ってムカついた。

「変なミチハさんを放っておいて、アンタは楽しく暮らしてるわけですよね?」


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