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第九話 欲求

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昨日からエンと出会った街の西にある街に拠点を移した。
この街にも魔獣役所があり、最初の街では依頼のかからない魔獣の討伐任務があるのだ。エンと出会ってからのこの半年ほどで最初の街で倒せる魔獣は大体倒したので経験を積むためだ。
そしてもう一つの大きな理由としては、この西の街は港町なので商会の出入りが多い。そのぶん入ってくる情報も多い。レイナの呪いを解く手がかりがあるかもしれないと思ったのだ。
ミチハは拠点を移す前にもう一度会いに行ったレイナの笑顔を思い出す。相変わらず可愛らしかった。

宿で荷物を整理したら、エンが剣の手入れ用の油を買い足したいと出かけて行った。
しばらくしても買い物に行ったエンがなかなか帰ってこないので、道にでも迷っているのかと外に出る。
少し歩いたらエンはすぐに見つかった。出会ってからもグングン伸びている身長のおかげで見つけやすくて良い。
近づいていくとエンの横には女の子がいることに気づいた。

「あれー?ナンパ?若いねぇ」
「ああ、ミチハさん」

エンがミチハの名前を呼ぶと、女の子はこちらを振り返った。
一瞬固まった後に「ミチハ……?ってまさか」と呟いたと思ったら次の瞬間、

「えっと私、そんなつもりなくて!」

そう早口に叫んで飛ぶように逃げていった。

「え?なに?」
「ミチハさんが怖いらしいですよ」
「えー!なんで!?女の子には優しいのに」
「まあ、レイナへの対応を見てればそうだろうと思いますけど……」

それていく話を軌道修正するように、エンはいつもと同じ無表情でサラッとミチハに告げた。

「俺、アンタの愛人扱いされてるんですよ」



【最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません~第九話 欲求~】


「あいじん?」

って、なんだっけ

疑問符を頭に浮かべながらきょとんと首を傾げるミチハに、エンは「知らなかったんですね」と小さくため息をついた。
ため息で幸福が逃げていくというのが本当なら、エンはミチハに会ってから大分幸せを減らしているだろう。

「油を部屋に置いてからいいですか?」

エンは立ち話を続けるつもりはなかったようで宿に向かう。無言で促されるままにエンの部屋に共に入る。

「それで、さっきの話なに?」
「剣の手入れしながらでいいなら話しますけど」

油を置いたエンはそのまま剣の手入れを始めた。
エンの剣の手入れは実用を兼ねているが、趣味みたいなものだと見ていて思う。
自分の剣を手に入れてからは特に、油にもこだわるし研ぎも鍛冶屋に任せず自分で行う。
ちなみに、ミチハの剣も頼んでみたら「え、いいんですか?」と喜ばれた。
いつもより口角がほんの少し上がり、目の奥もキラキラしていた。完全に楽しんでいる顔だった。

先程の件について説明してくれたが、たしかに趣味の片手間に話すような戯言ではあった。

「エンがオレの愛人って噂が合って、ちまたの女の子達は愛人であるエンに手を出されるとオレが怒ると思っているわけだ」
「まあ、そうですね。オレが噂のミチハさんの弟子だって気付いてたら声も掛けてこなかったと思いますよ」

さすが情報が行き交う街、来たばかりなのに以前から有名なミチハだけでなく最近弟子になったエンの噂もしっかり伝わっているらしい。
しかし、噂話とは得てして虚実の入り混じるものである。エンとミチハの関係は、師弟関係に加えて愛人関係として広まっているようだ。

「それって、前の街でも言われてたことなの?」
「そうですよ。ミチハさんは気づいてなかったんですね」

エンがモテそうなのに遊んでないから不思議には思っていた。だが、それはどうやら自分のせいだったと今わかった。
ミチハはコテンと首を傾げながら謝る。

「なんか、ごめん?」

謝ったはいいものの、そもそもミチハが謝るべきことなのだろうか。
初めて聞いた愛人の噂にミチハも若干戸惑っていた。

「別にいいです。女遊びとかあんま興味ないんで」
「えー、でも、お年頃じゃん?素人がオレを怖がるって言うなら、お店で遊ぶ?費用出すよ」
「マジで余計なお世話です」

ハアッとエンは大きなため息をついた。
またもやエンから幸せを放出させてしまった。

「お年頃とかいうのはアンタもでしょうが。二歳しか変わらないくせに。そもそも、アンタが女を相手にしないせいで俺が愛人みたいな噂が経ってるんですよ」

確かに、普通の討伐者は遊ぶ人が多い。戦闘すると興奮するものだし、金払いがいいから素人玄人問わず女性からの人気も高い。
そんな中、ミチハが遊ばない理由は明確だった。

「えー、だって勃たないんだもん」

その言葉を聞いてエンは、現実逃避のように続けていた剣の手入れをやめた。
ミチハのほうを見て、意外そうな顔をする。

「え、マジで男が恋愛対象なんすか?」
「えー、そういう難しいことはわかんないよ」
「はあ?何が難しいんですか?」

エンは少しだけ眉を顰めた。
ミチハが話を逸らそうとしていると思ったのだろうが、ミチハにとって難しい話なのは事実だ。

「男にモテるより女の子にモテた方が嬉しいけどさ、女の子って細くてちょっと力込めただけで壊れそうじゃん」

これが素直な気持ちだ。
女の子は見ていて可愛いし、男を可愛いと思った経験はない。
けれども、女の子はミチハにとってはヤりたい云々より怖いが勝つのだ。理性が飛んだ時に身体強化を使わない自信がない。
エンに集中力について偉そうに教えたが、ミチハは逆に熱中し過ぎてしまうタイプだ。普段は制御できているが、基本的には夢中になると力を込めすぎてしまうタイプなのだ。身体強化が自然体のものになっているミチハが力を込めると洒落にならない。
万が一快楽に夢中になった場合、無意識に身体強化使ったらその辺の女の子なんて木っ端微塵になる。繰り返しになるが、かといって強そうな男性に性的魅力を感じたこともない。
結果として、恋愛対象云々と聞かれるのは、ミチハにとってはなんと答えていいかわからない難しい問題なのだ。

これ以上突っ込まれて全部を赤裸々に説明するのは面倒臭さいし、少し恥ずかしい。そう思ったミチハは、今度は明確な意図を持って話を逸らすことにした。

「オレは女の子にそれほど人気ないんだよねぇ。キレーすぎて!」
「まあ、確かに。綺麗すぎて気後れされるような顔ですよね」
「えー、エンはこの顔タイプ?オレのこと、おかずにしても良いよ?」

ミチハがニタァっと笑うと、エンは嫌そうに眉を顰めて目線を逸らした。

「アンタは自分でシコられたらキモいとか思わないんですか?」
「へー、そういうもん?直接アタックしてくるのは鬱陶しいけど、妄想ぐらいどうでもいいかな。『ミチハ陵辱エロ絵姿』とか結構な売れ行きらしいし」
「……そんなもんあるんですか?」

娯楽の少ない世界なので、討伐者は向こうの世界でいうプロスポーツ選手みたいな扱いだ。
特に人気の討伐者は芸能人みたいな扱いを受けている。絵姿なんかは有名どころの討伐者のものは高確率で売られていたりする。
とはいえ、男の討伐者で男性向けエロ絵姿が売られているのはミチハぐらいなものではあるのだが。

「気色悪くないんすか?」
「どんな絵が出来るのか面白そうって思ってオッケーしちゃった」
「どんな絵だったんですか?」
「うーん、男の欲望丸出しって感じ。ただ、オレってことになってるだけで全然オレに似てなかったなぁ」

ちなみに販売元は魔獣役所、つまり国だ。
ミチハの名前を使っていいか聞かれたので許可を出しただけで、モデルはしていない。会ったこともない画家が想像で描いたものなので髪の色くらいしか似ていなかった。
グチャグチャにされている自分、ということになっている絵はもちろん見たが、ミチハには思ったほど面白くもなかったなという感想くらいしかない。
売上数パーセントの名前使用料は結構な額を定期的もらうのでそれなりに売れてはいるようだ。

「……アンタってもしかして童貞?」
「ち、違うわ!」

急に痛いところをつかれてミチハは動揺した。
実は実際のところ、この世界に来てからの経験はない。
では、前世で経験があるのかというと、それもはっきりわからない。
ミチハの前世の記憶とは、知識が主なもの。例えば、この世界に酷似したゲームの知識はあれど、どんなきっかけでそのゲームを始めたのかなどは覚えていない。
前世の自分についても、住んでいるのは日本という国だった、学生だった、ということは覚えていてもどんな学生生活を送っていたのかなどは覚えていないのだ。
だから、セックスについての知識・・はあるが、誰が相手かなど覚えていないので経験があると言っていいのかは分からないのだ。

「あまりにも無頓着だから、そもそも性欲自体ないのかと思いました」

ミチハの動揺をどう受け取ったのか、エンはスルーしてくれた。ミチハも藪蛇になるだけなので童貞云々を掘り下げることなく返答する。

「オレだって性欲はあるよ。ただ、ヤりたいと思う相手がいないだけで」
「どういう相手ならヤりたくなるんですか?」
「そりゃ、好きな相手でしょ……」

こんな照れ臭い話を誰かとしたことがなく、ミチハは柄にもなく動揺が止まらない。眼線を右下に逸らしながらボソボソと呟く。

「意外と純情なんですね」
「なんだよ、軽そーに見えてるってこと?」
「そういう訳でもないですけど。じゃあ、どんな人がタイプなんですか?」

エンは変わらず無表情だが、目が心なしかキラキラしている。恋バナが好きなんて可愛らしいところもあるな、と心を落ち着けたミチハは問いについて真剣に考えてみた。

でも言われてみれば、オレはどんな人がタイプなんだろう?
可愛いと好きは違うし、性欲わく相手が恋愛的に好きってことだよね……
ってなると、ヤルとき理性を飛ばしても大丈夫な相手?
そうなると……

「うーん、オレが思いっきり暴れても大丈夫なくらい強い人とか?」

たぶん、気持ちよくなって万が一力が制御できなくなっても大丈夫な相手じゃないとミチハは勃たない。
それが叶う相手となると、強い人しか無理だ。数は少ないが女性討伐者はいる。今までそんな目で見たことはないが、可能性があるとしたら彼女たちではないだろうか。

「防御力が強い人がいいな」
「戦いたいタイプの話になってませんか?」

エンはほんの少しだけがっかりした顔をして、その後呆れたように呟いた。

「アンタは色恋よりも、戦ってる方が楽しいみたいですね」




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