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第七話 実家

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※念のため、微グロ注意



「……ちょっと実家に帰るので数日休みでもいいですか?」

エンの生活は基本的にミチハの意思によって決まっている。ミチハの選んだ任務を受け、ミチハの指示する訓練をしている。最近は難易度の高い任務をガンガン入れられるのだが、その分報酬も約束されているので文句はない。
明日が休日になるか、訓練になるか、任務になるかは直前までわからない。それに対して特に不満はないのだが、エンはそろそろ実家に寄らなければいけない時期だったので要望を伝えた。

「いいよー、実家って誰がいるの?親とか兄弟?」
「親は亡くなりました。兄たちは出稼ぎに行ったあと音信不通です。実家には妹が一人でいます」
「え……」

まずいこと聞いた?というような顔でミチハが固まった。
軽い気持ちで聞いたら思ったより重たい事情があって戸惑ったといったところだろうか。
ミチハは平気で地雷を踏み抜くタイプだが、他人の気持ちに鈍感なわけではないということにエンは最近気付いた。

「兄たちが何してるか知りませんけど、興味もないので気にしないでください」

エン個人としては、それほど気を遣ってもらうようなことでもなかった。
エンの態度が虚勢でないことが分かったのかミチハは話を続ける。

「えっと、妹さんとは仲良いんだ?」
「はい。生活費をある程度置いてきてるんですけど、そろそろ追加で渡したくて」
「妹さん、かわいい?」
「可愛いですよ」

ふむふむと頷くミチハがワクワクし出したのがすぐに分かった。
先ほどはまずいことを言ったかと気にしていたのに切り替えの早い人である。

ミチハがなんと言うか容易に想像がついてエンはため息がでそうになる。まあ無理だろうな、と思いながらもダメ元で牽制をする。

「楽しいことは何もないので、着いてこなくていいですよ。先の街で待ち合わせしましょう」
「えー、やだ!エンの可愛い妹に会いたい」

想像どおりミチハは牽制など気にとめず、笑顔で自分の要求を宣言した。



【最強の弟子を育てて尊敬されようと思ったのですが上手くいきません~第七話 実家~】



「すぐ終わるんで、やっぱり飯屋で待っててくれません?」

実家のある街についた。拠点にしている街からニ日ほどかければ到着する距離だ。
エンはもう一度だけ妹とミチハが会わないようにできないかと聞いてみた。

「やだよ。オレ、可愛い妹から『お兄ちゃんがお世話になってます』って挨拶されたい」
「挨拶したいんじゃなくて、されたいんですか。相変わらず変な人ですね」

エンはミチハの説得を諦めて小さくため息をついた。
ミチハと出会ってから確実にため息の量が増えている。

「分かりました。代わりに条件があります」
「なに?」
「あとで俺の質問に真剣に答えてください」
「それだけでいいの?」
「はい」

不思議そうにしながらエンの後を追うミチハは、家の前まで来て表情をあらためた。
なぜエンが付いてこられるのを嫌がったのか気がついたのだろう。

「これって……」
「そう、妹は呪付きなんですよ」

黒い旗が門の横ではためいている。
この忌々しい旗は、呪いにかかった子供がいる家には必ず掲げられる。



「レイナ、入るぞ」
「お兄ちゃん?来てくれたの?」

家の中に入り目的の部屋を開けるとエンの妹、レイナがゆったりと大きな椅子に小柄でほっそりとした肢体を預けて微睡んでいた。
エンの呼びかけにぱっと体を起こしたレイナは、兄の顔を見て破顔した。大きな垂れ目がそのまま落ちてしまうのではと心配してしまうほどの笑顔だ。

「実家だぞ。帰ってくるに決まってる」
「……うん、そうだね」

エンとレイナはあまり似ていない。
ミチハにレイナを妹だと説明したが、実際のところエンとレイナの血のつながりは遠い。
エンの実の両親は幼い頃に亡くなり、遠縁であるレイナの両親に引き取られたのだ。
それはまるっきりの善意からではない。呪いを持ったレイナの世話を押し付けるために引き取られたのだ。
レイナの両親たちが事故で亡くなる前後から、兄たちは次々家を飛び出して連絡もない。
便宜上兄と言っているが、彼らからしたら遠縁の子供であるエンは他人だ。彼らにエンの面倒を見る義理はないと思っている。
だが、レイナは本当に歴とした血の繋がりのある妹だ。
それなのに見捨てるような真似をしている彼らのことは許していない。

再会を喜ぶレイナは嬉しそうにエンを見つめていたが、後ろに立っていたミチハに気づいて目を見開く。

「お兄ちゃん、天使様を連れてきたの?」

驚いてミチハを見つめるレイナ。
そのレイナをミチハも見つめ返す。

「わあぁ!可愛い子だねぇ」

それまで黙って着いてきていたミチハが、はわわわっとよく分からない声を出しながら頬を抑えている。
エンはレイナを可愛いと思っているが、ミチハ自身が飛び抜けて綺麗なので一瞬嫌味かと思った。だが、表情を見るに本当に可愛いと思って言っているようだ。
レイナの呪いを気にした様子は無さそうだ。
エンはミチハの反応にホッと安心した。表には出さないようにしていたが緊張していたのだ。

レイナは今年十一歳なのだが、一人で歩けないこともあり発育が遅く小柄だ。ミチハからしたら子犬や子猫を見たような感覚なのかもしれない。
いずれにせよ、ミチハは弱者に厳しい一面があるので、好意的な態度を見てエンの心の中で張り詰めていた糸が緩む。

「この人は、ミチハさん。一応師匠で、色々お世話になってる人だ」
「はーい!ミチハさんです。レイナちゃんのお兄ちゃんの師匠で色々お世話してます!」
「は、はあ……」

ミチハを紹介したら元気いっぱいのお返事をしたのはレイナではなくミチハだった。
神々しい容姿に反するミチハのフレンドリーな態度にレイナは目をぱちくりさせていた。
ミチハをまともに相手をしていたら話が進まないので放っておいてレイナに話かける。

「調子はどうだ?」

戸惑いが落ち着いた様子のレイナは、チラッとミチハを見た後に思い切ったように足にかけていたブランケットを巻き上げた。

「レイナ!?」

驚いてエンはレイナの名を呼ぶが、レイナは取り払ったブランケットを見たまま黙っている。
膝下丈のスカートから覗く錆びた鉄のよう爛れた足。見るからに禍々しいオーラが漂っている。錆びついた足に模様のようなものが浮かんでおり、苦しんでいる老婆の顔のようにも見える。
エンは見慣れているが人によっては叫び出しそうなほど酷い様子だ。しかし、レイナの足を見たミチハは怯むことはなかった。

「これっていつから?」

ミチハは凪いだ、まるで顔見知りと世間話をするように落ち着いた様子でレイナに問う。

「六歳の時から」
「痛くはない?」
「痛くないよ。動かせないだけ」
「そっか」

ミチハもレイナもそこから言葉を重ねることはなく、自然とここで話は終わった。
エンも何も言えなかった。二人の間で言葉以上の何かがやりとりされたように感じたのだ。
数秒、空白のような沈黙が過ぎたタイミングで扉が開いた。

「あら、エンくん帰ってきてたの?」

扉から顔を覗かせたのはエンのよく知る中年女性だ。穏やかで、けれどもどこか疲れた雰囲気があるのは相変わらずだ。
彼女もエンの隣に立つミチハに気付いて固まった。ミチハに初めて会う人は大抵こうなるので、レイナにしたような紹介をして話を続ける。

「マアサさん、すみません連絡するのを忘れていました」
「いいのよ!ただ、困ったわ。エンくんの分も師匠さんの分もご飯がないわ。レイナちゃんのしか用意していないの」
「いいよ、外で食べてくる」

気を取り直したマアサが気遣ってくれたが、一旦外に出ることにした。

「お兄ちゃん、あとでお庭に連れていってくれる?」
「ああレイナ、またあとでな」

家から出て角を曲がったあたりでエンは足を止めた。エンの一歩後ろでミチハも立ち止まる。

「マアサさんは足が動かせないレイナの面倒を見てくれているんだ」
「そうなんだ」
「マアサさんの子供も呪付きだったんだ。助け合いというか傷の舐め合いみたいな関係」
「そっか」

エンはミチハに何かを伝えるというより、ただ口から言葉がこぼれ出ている感覚でいた。ミチハは独り言のような呟きに律儀に合槌を返してくれる。

エンは立ち止まった時のままだった目線を、体ごとミチハの方に向けた。まっすぐ見つめたミチハの顔はいつになく真面目な表情だった。

「さっき約束した、質問に真剣に答えるってやつ、今いいですか?」
「いいよ」

エンは軽く息を吸いこんでから、問いを吐き出した。

「レイナの呪いを解く方法を知りませんか?」



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