僕たちは無邪気に遊ぶ

balsamico

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ドラゴンの水差し

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 屋敷に来てから3日目が過ぎた。僕が出入り可能範囲の屋敷内や庭の探索は全て終わってしまった僕が行う娯楽は櫂さんの許可がいるらしく何も触らせてもらえない。

 やる事は特になく、ただ時間が過ぎゆくのを待つばかり。窓から外を眺めていると、吉田さんが陽当たりのよい庭を歩いているのが見えた。この部屋に向かっているようだった。

 あまりにも暇なので、何か屋敷内で手伝えることはないか、聞いてみようと思った。

 部屋の扉を叩く音がする。どうぞの掛け声で姿を現した吉田さん。少し日なたを歩いていただけなのに額に汗が浮かんでいる。

 吉田さんに手伝いの件を相談してみると、固辞されてしまった。やっぱり櫂さんの許可がいるそうだ。

 櫂さん、櫂さんの許可って一体何なんだろう。櫂さんの許可が無いと何も出来ないのなら、僕はただの木偶の坊じゃないか。僕だっていろんなアシスタントライセンスや資格を持っているのに。


 そもそもその櫂さんは、いつここに来るのだろう。僕の生活のクオリティは櫂さんの許可に掛かっている。


 吉田さんに聞いてもいつも同じことの繰り返し。

「近いうちに見えますよ」
「吉田さんは、そればかりだ」

 吉田さんは操りロボットみたいだ。僕が睨みつけても絡んでも表情を変えない。僕は今日も苛立ちを増幅させて吉田さんにぶつけてしまった。僕は後で一人反省会をして自己嫌悪になる。

 吉田さんは僕に用事があったらしいが、僕がいきなり話を始めたので落ち着くのを待っていたようだ。

「環さん、こちらをお持ちしました。就寝前にお飲みください」

 1週間分の青い錠剤を渡された。これを毎晩服用するとのこと。やっとやる事が出来たけれどそれはただ薬を飲む事だけだった。

 僕は就寝前にコップ一杯の水で青い錠剤を喉に流し込んだ。


 ***


 薬の効果はよくわからなかった。
 何となく頭がぼやっとして身体が熱いだけ。それとやたら眠い。
 僕にはやたら時間があったので、朝食を食べたらベッドで横になった。


 吉田さんからノートとえんぴつを貰うことが出来たので、部屋の備品の花瓶など色んなものを写し取った。僕には絵心はなかったけど、何もしないで過ごすよりはましだった。


 少し手を動かしているとトロンとまぶたが重くなってくる。重みに耐え切れなくなってえんぴつを手放した。

 とろりとした空間に僕はいた。身体にねっとりとまとわりつく空気。僕の鼻は圧力で押され呼吸が出来ず口が開いてしまう。


 口の中にもねっとりした空気が入り込み、口腔に溜まると喉奥へどろりとなだれ込んでくる。


 喉が詰まったような気がして、苦しくて目を覚ました。脈打つ鼓動は速く、息も浅い。身体も熱っぽくてやけに喉が渇いた。


 下の階の食堂に水を貰いにいくと、台所の年輩女性に顔が赤く熱っぽいと言われ心配されてしまった。


 こんな人間らしい優しい扱いをされたのは、久しぶりだ。優しくされて涙っぽくなる。この屋敷に来てまだ3日しか過ぎていないのに、僕は人の愛情に飢えていた。


 食堂の女性に呼ばれ現れた吉田さんが渡してきたのは体温計。測ると微熱が出ていた。温度を聞いたらよけいに背中がぞくぞくしてくる。

 屋敷で働いている人が出入りする食堂は、外から来た人が涼しくなるよう空調を低めに設定している。

「部屋に戻りましょう。ここは冷えます」

「疲れが出たのよー、お大事にね」

 台所から女性の声が聞こえた。僕は少し嬉しくなってぺこんと頭を下げた。


 水差しを手にした吉田さんに付き添われながら部屋に戻った。吉田さんが持ってきていた水差しにはドラゴンの模様が付いていた。

「必要なものがありましたら、これを押して下さい。直ぐに参りますから」

 ベッドに入ると吉田さんに大きなボタンのついた器具を渡された。僕はそれを枕元に置いて寝る。


 その晩、僕が見た夢。
 僕の身体の中をドラゴンがぐるぐると渦巻いて中で火を吹いている。
 それを水差しの水で消そうとする吉田さんがいた。   


 ドラゴンに掛けたはずの水は僕に直撃し、いつの間にか僕はびしょ濡れになっていた。
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