僕たちは無邪気に遊ぶ

balsamico

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旅立ち前夜

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 明日は16歳の誕生日だ。普通の誕生日前日なら嬉しくてそわそわするものの、今日の雰囲気はやけに湿っていた。

 マスターの家から迎えが来て、明日でここを引き払う。今日が全員揃う最後の日になる。

 最後の食事に普段からマナーに口うるさい寮監が泣いていた。癖の強い棗も、よく笑う容も泣いていた。泣いていないのは僕と密だけだった。


 部屋に戻る。すでに片付けられた部屋、トランクに詰められた最後の私物。残されたのは寝具と寮のパジャマを着た僕たちだけだった。


 密に泣いている様子は見られなかった。何も言わずに僕に背を向けてさっさと自分の寝床に入ってしまった。


 寮監が最後の見守りをしながら各所の電気を消していく。この光景も最後だと思うと感慨深い。
 巡回後にこっそり他の部屋を襲撃したり、ふざけあって見つかり怒られたことも度々あった。寮監が階下に遠のいていく足音が聞こえた。


 布ずれの音がした。ほどなく密が僕のベッドに忍び込んできた。密は何かがあるとよく僕のベッドにやってきていた。


 めくりあげられた布団の上、密は僕の上にまたがり僕の顔を見下ろしてきた。


 消灯されてわずかな時間、暗闇に目が慣れない。カーテンを照らす月光。微妙な暗さに目がなじんできたら密のきれいな顔が見えた。


 シミそばかすのない青白く透ける肌。筋の通った鼻。切れ長の目。薄い赤い唇。目を細め僕に近づいてくる。


 唇に触れる。そして僕も密の唇に触れる。柔らかな唇。感じた密の体熱はそっと離れていく。
 目を開けると瞳のきれいな密と目があった。もうこんな事は最後だ。お互い何も言わない。話す言葉はなかった。


 密のマスターは身なりの良い歳のいった人で優しそうに見えたが、それだけだった。


 僕らは明日からはマスターに属する何らかの身分を持つ。今後どこで顔を合わせても、僕らは見知らぬように振る舞う。各自が連絡を取り合ってはいけない。何故なら僕らは非合法な存在だから。


 密の目から涙がこぼれた。密は何らかの不安を感じている。不安なのは皆一緒だ。仲間から離れ、新しい暮らしや新しい家族の中に入るのだから。でも、密の不安は少し違っているように見えた。


 でも、僕は何もかける言葉を持ち合わせなくて指で密の涙を拭い、横に抱き寄せた。
 子どもの頃から寝つきの悪い時や慰める時には背中を等間隔で軽く叩く。ナニーの習慣づけだ。


 僕は声を殺して泣く密の背中をトントンとリズムを付けて叩く。しばらくすると密は静かになり、寝息が聞こえはじめた。


 僕の横で寝入る密。一緒で寝るのも最後。密は思い悩んだ時、どのように対処していくのだろう。もう僕らはいないのに。


 月の明かりは彼が頬に流した涙筋を、青く照らしていた。

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